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三章 水車の町と先代女王

女王様は工房を見学なさる

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 職人ストガルドは不器用ながらも出迎えてくれた。
 奥にあるこじんまりとしたテーブルに案内され、席につく。

「ほら先生、次はお茶ですよ!」
「よっしゃ茶を出せばいいんだな。お嬢さんがた、ちょっと待ってく……待っててくだせえ」



 ストガルドは小柄な男に言われるまま、飲み物をもってきた。

「さあどうぞどうぞ」
「ありがとうございます……いただきます」

 出されたお茶を飲んでみる。
 すこし冷たい……

 陶磁器を焼くための窯はたいへんな高温になるという。今もそうだが、工房の中はとうぜん暑くなる。
 おそらく彼は、このように低温の水分を取ることで熱と戦っているのだ。

「先生、これすっかり冷めてるじゃないですか。『お茶はあつあつに限る』っていつも言ってるくせに!」
「あぁその……外から来た人にゃ、ここはちょいと暑いんじゃねえかと思ってよ」

 どうやら違ったらしい。
 しかし、精いっぱいもてなそうとする心意気をうれしく思った。

「お心づかい、身に染みわたります……おいしいです」



「……では先生、そろそろ時間になりますんで、これにて失礼しますよ」
「おい待ってくれよ。客人のもてなしはこれからなんだ、もう少しいてもらえねえか」
「ダメです。もらったお金のぶんしか働きません」
「なら追加料金を出すから、頼まれてくれよ!」
「そういうのは無し、との契約でしょ?」
「う、うぅむ……」

「ま……じゃあですね、お土産をお客さんに渡します。ここまでを特別にタダでやってあげましょう」

 男はそう言って棚から紙に包んだ『お土産』を出すと、テーブルの上にころりと転がす。

「記念品なんで、お代はけっこうですよ」

 包みを開けてみるとメルル焼きとおぼしきブローチが入っていた。
 よほど急ぎの用事があるのか、男はこちらが開けるのを見もせずに、そそくさと出ていってしまった。

 一人とりのこされたストガルドのほうは不安げだ。

「弱ったなぁ……」

 少しでも気を楽にさせたい。そう思って声をかけた。

「ストガルド殿、差し出がましいようですが……少々ご無理をなさっているように思います。どうぞ普段通りの言葉でお話しください」

「えっ? いやいやとんでもない! そんなことをしたら相手は何も買ってくれないと言われてるんで……」
「先ほど出ていかれた方にですか?」
「そうそう。あいつは金さえ払えば、客商売の指導をしてくれる奴で。あっしにとっては向こうが先生みたいなもんなんでさあ」

「先生ねえ……」

 ぼそっとつぶやいたヒノカは、お茶を一気に飲み干し、コップをテーブルに置いた。

「ま、ウチらは言葉使いで気を悪くしたりせえへんから、お嬢の言うとおりにして大丈夫やで」
「わたしからもお願いします。気楽にいきましょうよー」

「そこまで言われたら……断るわけにはいかねえな。普通にしゃべるとするか!」



 肩をぐるりと回しながらくだけた口調になったストガルド。表情も自然な形に見えた。
 大きく息をついたあと、何かに気づいたようにポンと手をたたいた。

「おおそうだ! すっかり後回しになっちまったが、お嬢さんがたはなんの用でここに?」
「宿屋で、先代女王をかたどったメルル焼きの人形を拝見しました。そこのご主人の話ではストガルド殿の作品だと」
「あれか! いやあ、あのころは俺もまだヒヨッコだった。懐かしいなあ」
「先代の女王様が町に来られたころに作られたと聞いております。当時のお話をうかがいたいのです」



 ストガルドは遠くを見るような目で語りはじめた。

「毎年この時期になるとメルル焼きの『品評会』がひらかれるんだ。ドーコー伯爵が出席してその年一番の作品を選ぶ。それがこの町の職人にとっちゃ最高の栄誉なんだ。当時の俺にとっちゃ雲の上の話だったぜ。出品しようとしても無名だってんで断られる……伯爵に見てもらうだけでも高い壁があるのさ」



「品評会か……去年は『当日および前後の日は露店・演芸の一切を禁止する!』って怒られたな。人が集まるからええ稼ぎ時と思ったんやけど……」
「ヒノさんが昨日すぐに仕事したのって、そのせいだったりします?」
「そう。なにせ『明日が開催日』やからな。今日じゃ、あんなふうにやれんのや」

「ストガルド殿、大事な催しがあるのなら、私たちが来てご迷惑だったのでは?」

「んなこたあねえって! 自慢じゃないが、今の俺はいつも最優秀賞を争うくれえの腕前でね……きっかけになったのが、あの先代様の人形なんだ。あれが俺にとっての壁をぶっ壊したんだよ」

 胸をドンとたたいた後、すこし視線を落としてつぶやく。そこには言い知れぬ執念が宿っているように思えた。

「今年はぜったいに負けねえ……シャルカン商店にはな……」



 つかの間の沈黙の中、かける言葉を思案していると、工房の奥から若い男の呼び声がした。

「お父ちゃん!」
「こ、こら! 仕事中は親方と呼べって言ってるだろ! 客がいるんだぞ客が!」
「え!? お客さんが!?」

 飛び出てきたのはストガルドに似た顔立ちをした壮年の男性だった。

「うわっ本当だ! ええっと、いらっしゃいませ!」
「こんにちは、お邪魔しております。どことなく面影を感じます……息子さんですか?」
「はい、親方の息子のザットといいます。どうぞお見知りおきを!」

 ザットはきちっとしたお辞儀をして挨拶をする。とてもまじめそうな印象だ。

「……で、何の用だ?」
「なんだっけ、ああそうだ! 窯出しできる温度になったよ」

「もうそんな時間か……おー、たった今ひらめいたぜ! お嬢さんがた、よかったら見てくか? これから今年の品評会に出すやつの仕上げに入るんだ。先代様のことは、やりながら話そうじゃないか」

「まあっ、見せていただけるのですか!」

 窯出し……作品にとって『誕生』への重要な一歩だ。そこに立ち会えるとはなんという幸運だろう。しかし、話しながらでも仕上げができるものなのか。

 『負けねえ』と言った彼から感じる『焦り』は相当根深いようだ。
 仕事の邪魔にならないよう注意を払わねばならないが、もう少し探ったほうがよさそうだ。

 ふと、手の中のブローチに目を落とす。
 この小さな作品も同じ窯の中から生まれた兄弟。そう、同じ窯の中から――



 ――そうでしょうか?
 女王はよく似た品物を知っている。まさに兄弟に見えるものを。

「……ルネ、これの出どころと、先ほどの殿方について調べてください」
「そう言うと思ってました。にししっ」



 窯出しの立ち合いには、ヒノカと二人で行くことにした。
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