上 下
5 / 14

5.はじめての、致す部屋

しおりを挟む
 結局、部屋を決めろと言われても、ラブホテルが初めてだった真夜はよくわからず、全てを望月に任せる形になってしまった。
 彼は馴れたようにタッチパネルを操作して、エレベーターに乗って部屋に赴く。

「普通のホテルみたいに、鍵をもらったりしないんですね」
「そうだねえ、古いホテルはそういうシステムも残ってるみたいだけど、このあたりのホテルは新しめだから。さっきのパネルで操作すると、鍵が勝手に開くんだよ。使用者は、入室したあと鍵を掛けるんだ」
「へえ~……なるほど。さすが、詳しいですねえ」

 部屋に入って、ビジネスバッグをソファに置きながら、真夜は感心した。さすが社内でも有名な遊び人。ラブホテルの利用方法など、お茶の子さいさいで知っているのだろう。

「しかし、平日はすいてて良いね~」
「そうなのですか? こういう所もやはり、週末休日にお客さんが集中するのでしょうか」
「金曜日とかね、土曜日も多いな。逆に日曜の夜はそうでもないかも。クリスマスみたいなイベントデーは酷いものだよー。夕方までには入らないと、どこも満杯だね」

 望月がスーツの上着を脱ぎ、ハンガーにかけながらう。真夜は「勉強になります」と相槌を打ちながら、物珍しく部屋の内装を見渡した。
 床はフローリング。キングサイズのベッドの周りにはラグマットが敷かれていて、その横には二人用のソファとテレビ、カラオケ機材などがある。
 更に逆方向を見れば何故かスロットマシーンと、壁部分がガラス貼りになっている小さな屋内プールがあった。

「プール、ありますよ。この部屋」
「本当だね~」
「滑り台まである……。アレ、入れるんですかね」
「入れると思うけど、今は秋だし。そろそろ水は冷たいと思うよ? それにこういうホテルのプールって、いつ水替えたかもわからないから、入るのはおすすめしないね」
「うっ、そ、それは嫌ですね」

 ラブホテルの主な利用目的を思い出した真夜は、渋顔を浮かべた。しかしプールつき部屋というのはラブホテル業界では普通なのだろうか? こんな変な内装は初めて見る。

「ちなみに、あのスロットは遊ぶためにあるんでしょうか?」
「置いてあるんだし、そうなんじゃない?」
「……なんで……?」
「俺に聞かれてもな~。でもラブホって、意味不明なの置いてるトコ多いかも、そういえば」

 軽く笑いながら、望月はスタスタと歩いて手前のドアをガチャリと開ける。

「シャワー、先に使う?」
「あ!は、はい。………ってそうだ! 私、替えの下着がないんですけど」
「ブラはないけど、下の下着なら洗面所のアメニティグッズに入っているかも。確認してみたら? もし無くても、エレベータの角のところに自販機があったし、下着はそこで買えると思うよ」

 望月は、やたらラブホテルの仕様に詳しい。きっと日常のように使っているのだろう。
 人によっては、遊び人として非難するのだろうか。しかし真夜は心から感謝した。ラブホテルに慣れている人で、本当に良かったと思ったのだ。
 これなら、安心してコトに及ぶことができそうだ。
 真夜はビジネスバッグから化粧道具のポーチだけ持って脱衣所に入る。すると、望月は玄関に行き、ゴソゴソと靴を履き始めた。

「ちょっと買ってくるね」
「え、何をですか?」
「ゴム。さすがに用意してなかったから」

 ああ~、と納得したように拳をポンと打った後、真夜はみるみると顔を青ざめさせた。そして勢いよく頭を下げる。

「そうですよね! ごめんなさい! めちゃくちゃ必需品なのにすっかり忘れてて、私ったらっ! 考えが足りなくて本当にすみません。あの、お金払いますから。こんどーむって幾ら位するんでしょう? せんえんで足りますか?」

 慌ててソファまで戻り、ビジネスバッグから財布を取り出す。そんな真夜に望月がキョトンとした。
 そして突然おかしそうに笑う。

「あはははっ」
「……え? 今の、笑うところですか?」

 財布片手に戸惑った顔をすると、望月は茶目っ気のある目で、スラックスのポケットから長財布を出した。

「それくらい俺が買うよ。君から言って来たこととはいえ、俺はそれに頷いたんだから。その時点でこれは共同責任の行為でしょ?」
「で、でも、それなら余計に払わせてしまうのは申し訳ないです。ホテル代だってワリカンですし」
「んー? じゃあ、今日は俺が買うからさ。ソレが無くなったら次は真夜ちゃんが買ってよ。それでいいよね?」

 それなら納得できる。真夜が素直に頷くと望月はニッコリと笑い、部屋を後にした。
 一人になった真夜はとりあえずシャワーをしようと脱衣所に入る。アメニティグッズを確認すると、サテン生地のつやつやした紫色のショーツが入っていた。

「……趣味わるっ。なんかチョット透けてるし。まぁ、仕方ないか、ラブホだもんね」

 むしろこんなホテルで普通の綿ショーツが入っていたらそれはそれで嫌だったかもしれない。
 ゴソゴソとスーツを脱いで備え付けのハンガーにかけ、アメニティグッズからシャンプーやらボディソープやらを取り出して浴室に入った。
 中は思ったより広い。二人くらいならゆうに入れそうな浴槽に、洗い場も大きい。こういうところで、普通のビジネスホテルと全然違んだなあと真夜は思った。
 改めてこのホテルの使用目的を思い出す。恐らくは、風呂場で触れあう恋人同士もいるのだろう。
 ごしごし、ごしごし。
 いつもより丁寧に体を洗いながら、何となく真夜は物思いにふけた。

 今の状況。どこか現実感に欠けている気がする。
 自分は本当にこれからセックスをするのだろうか。……望月巽と。
 経験していない事だから仕方が無いのかもしれないが、全く想像できない。
 でも、一つだけ考えを改めるところがある。

「望月さんは、想像していたより優しい人だった」

 初対面なのに、何故か彼に対する恐怖感がないのだ。勿論嫌悪感もない。妙に気さくだからだろうか。それともセックスという行為に対してがっついた感じがしないからだろうか。
 じゃあ飲みに行こう。そんなノリでホテルに行こうと言われた。
 『セフレになって下さい』なんて、普通にドン引きされてもおかしくない事を告白したのに、彼は驚きはしたものの、態度は至って普通だった。
 それだけ慣れてる人なのかと思いきや、しかしセフレは作った事がないのだという。

「ふしぎな……人」

 シャワーで泡を流し、ぽつりと呟く。
 考えが読めない。一体望月は何を思って真夜の頼みを受け入れたのだろう。遊び? 暇つぶし? ……それとも、全く違う思惑?
 わからない。でも確実に言えることは、彼は決して自分を愛しているわけではないと言う事だ。初対面だから当然なのだが、望月はどこか、この状況を楽しんでいる感じがする。
 ……やはり、遊び半分なのだろうか。

 でも、それを真夜は望んでいる。
 恋をしたら皆、我侭になってしまうのだ。たくさんの事を求めてしまうのだ。
 だから、遊びでいい。スポーツ感覚で遊んでもらって、飽きたら捨ててくれたらいい。
 そうすれば自分は、顔の良い男に抱いてもらったという過去を宝物にして生きていける。独りでいるのは好きだから、やっていける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

ご褒美

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
彼にいじわるして。 いつも口から出る言葉を待つ。 「お仕置きだね」 毎回、されるお仕置きにわくわくして。 悪戯をするのだけれど、今日は……。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...