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3.セフレのルール

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 ふたりは早速、互いの連絡先を交換しあった。
 そして望月は、少し考えたように腕を組むと、指を一本立てて「提案」と真夜に言う。

「最低限のルールは作らない?」
「セフレのルール、ですか?」
「そう。これから先、何かあった時に、トラブルにならないように」

 トラブルとは具体的に何だろう。真夜は首を傾げたが、おそらく異性との交友においては望月のほうが馴れているだろう。それなら、彼の提案には乗るべきかもしれない、と思い直す。

「いいですよ。どんな取り決めをしますか?」
「そうだねえ。とりあえず俺が今考えたルールは三つだ」

 一つ、『セフレ』は一人だけ。つまり互いのパートナー以外に、複数のセフレを作らない事。
 二つ、どちらかが関係の解消を望んだら、望まれた方はただちに同意する事。
 三つ、解消後は互いに不可侵。決して自分たちの関係を他人に暴露したり、または脅したりしない事。 

「俺はこの三つでいいけど。他にルール、追加したい?」
「そうですね。あの、もし会社で鉢合わせしたら、どんな風にふるまったらいいんでしょう。営業部にはあまり用事はないのですが、もし会った時は、無視した方がいいですか?」
「はは、なんで無視? 真夜ちゃんは極端だねぇ。えっちを含むものの、友達なんでしょ。挨拶くらいはいいじゃん。ま、必要以上に仲良くしなくてもいいけどさ」
 
 真夜は「なるほど」と、こくこく頷いた。
 セックスという単語一つでどうにも背徳的な、疚しい事をしている気分になってしまうが、それさえなければ望月とは友達になったようなものだ。
 つまり、知り合いとしてふるまえば良い。
 やっと望月との付き合い方がわかった気がして、真夜はホッと胸をなで下ろしていると、望月が頬杖をついてくすくすと笑った。

「もしかして真夜ちゃん。ボーイフレンドはあまりいなかったタイプ?」
「そ、そうですね。あまり縁はなかったです。自分から合コンに参加したりサークルに入ったりとか、そういった積極性もなかったと思いますし」
「ふぅん。そんなのでよく俺にセフレになってくれーなんて言えたね?」

 おかしそうに笑われて、真夜は顔を赤くして俯いた。
 今更ではあるのだが、恥ずかしいことを口にしたのは誰よりも強く自覚している。
 それもしばらく悩んで、しかも言うタイミングが見出せずストーカーまがいの真似までしてしまった。
 たくさんの迷いはあった。こんな事を言っていいのかなという葛藤もあった。でも、もう自分には今しかないと思ったのだ。

「思い出を作りたかったのです」
「思い出?」
「はい。これから先、ずっと一人だったとしても、体だけは孤独じゃなかったという思い出……です」

 すっかり食べ終わったハンバーガーの包み紙とポテトの箱を丁寧に折りたたみつつ、真夜は呟く。

「私、男の人とつきあうのが下手なんです。さっきも言いましたけど、すごく面倒臭がりな性格をしていて、彼女だからと色々なことを強要されるのが辛かったんです。部屋の掃除くらい自分でしてよって思いますし、ご飯も、どうして作れないものを無理に作らせるんだろうって思っていて。メールも『今なにしてる?』とか、何て返せばいいのかわからなくて」

 特別綺麗好きという訳ではないが、汚いのは嫌だから自分の部屋位は掃除する。だけど、どうして人の部屋まで掃除しなければならないのか。自分は彼氏の母親ではないのに、どうして食事や洗濯といった世話までしなければならないのか。
 女友達の中には世話好きな子もいたのだが、やはりその幸福感は理解できなかった。
 そして辛かったのがメールやラインだ。日記みたいな会話がナンセンスで、やりとりが苦痛になる。『今なにしてる?』という質問なんて『テレビを見てる』とか『大学の講義に出てる』とか、そっけない返事しかできない。
 相手は怒った。真夜との会話が楽しくないと文句を言われた。
 真夜はすっかり萎縮してしまい、返信をするのが怖くなった。返すのに時間がかかって、それでまた怒られて。
 突然来る電話も出られる時は出るが、出られない時だってある。なのにすぐ出ないと、また……。
 とにかく毎日怒られる日々だった。
 そして、真夜がが処女だと知って「痛がるし鬱陶しい、重い女は嫌だ」と言われて、それ以降は無視、そして放置。関係は自然消滅した。
 自分に非があるのは分かっている。メールやラインにしても、もっと気の利いた事を書いて欲しかったのだろう。
 だけど自分はどうしてもいい返しが思いつかなかったのだ。
 そして真夜は痛感した。自分は、異性とつきあうに向いている性格ではないのだろうと。

「ふーん…。何だか面倒そうな男とつきあってたんだねぇ。二人ともそんな感じだったの?」
「あ、いえ。最初につきあった人は、高校時代で。どちらかというと、彼氏というより友達の延長みたいな感じだったんです。つきあいといっても登下校を一緒する程度で、卒業したら、それまででした」
「ふぅん。最初の恋人は高校生らしく清き青い仲だった、って訳だね。でも、どうして思い出作りなの? まだまだ若いのに、もう枯れちゃうつもりなの?」

 軽い口調で訊ねる望月にゆるい笑みを返し、真夜は静かに首を横に振った。

「どうせ、うまくいきませんから。前の彼氏に言われたんです。旨味のない女だって」

 努力はしたのだ。自分なりに。
 色々な所に連れて行かれた時も喜んではしゃいでみたり、料理だって頑張ってみた。掃除だって嫌な顔をしないでやったし、メールだって色々考えて返してみた。電話は可能な限り、すぐ出るようにした。
 でも、無理をしたつきあいは当然のように、後になって綻びが出た。

 あちこちと連れ回されると、どうしても疲れた顔をしてしまう。どこか行こうという提案にも、家でゆっくりしたいと答えてしまう。
 料理は段々辛くなってデリカ食品を買ってしまい、掃除を言いつけられたら、「またか」とげんなりした顔をしてしまう。
 メールの返事はだんだん文字数が減り、電話は出られない時もある。
 彼氏にとって、自分は役に立たない女だった。処女が面倒、重いと発言したのも八つ当たりで、本心はただ真夜を抱くのが嫌だったのかもしれない。
 だから大学時代に彼氏と自然消滅した時はホッとしたのだ。あの男が別の女を連れて仲良く歩いている所を見た時、心から安心した。……やっと解放されたと。
 そしてほとほと恋愛に懲りた。
 もういい。元々独りが好きな方だし、始終他人を気遣うよりは、一人の方がマシだった。

 しかし就職をして四年経ち、二十七になった時に、ふと不安を覚えた。
 ……自分はもしかして、一生このままなのだろうかと。
 セックスの一つも知らないまま、年だけ取っていくのかと。そう思うと、酷く寂しくなった。

「私、思ったんです。せめて三十までに、えっちはしておきたいって。変な望みですけど」
「ふぅん。それで俺に目をつけたんだ?」
「ハイ。先輩が、あのヤリ捨て男は頼めば誰とでもやるわよって言ってたので、じゃあ頼んだらしてくれるのかなって思ったんです」
「アハハ、またズバッと言うね~。でも俺、誰でもいいわけじゃないよ? お断りする時だってあるんだからね?」

 望月の分の紙くずも畳み、トレーを重ねる。そんな彼女の仕草をおかしそうに見つつ、彼は真っ直ぐに真夜を見つめた。

「君の事も、ちゃんと考えたよ。で、真夜ちゃんなら抱いてもいいかなって思ったんだ。……君、面白いし」
「おもしろい……?」
「あ、あと可愛いし」
「付けたし感……」

 抱いても良いはともかく面白いとはどういう事だろう。真夜が眉を潜めていると、「さて」と望月が椅子を引いて立ち上がった。
 腕時計を見る。つられて真夜も腕時計を見ると、丁度十時を指していた。

「じゃあ行こうか」
「行く、ですか?」
「うん。ホテル」

 ぶふっと吹き出した。早速も早速だ。自分からセフレになってくれと言ったけれど、この男は頭の切り替えが早すぎる。セフレと決まってまだ数分しか経っていないのに、もうヤる気なのだろうか。情緒も雰囲気もへったくれもない。
 ……否、そうお願いしたのは自分なのだが。
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