上 下
47 / 57
アフター編

25.戦の果てに

しおりを挟む
 メイド喫茶でニャンニャンなひと時を過ごし終わったら、私は岸さんを連れて同人ショップへ、そして笹塚は宗像さんをアニメグッズ専門店へ連れていく予定なのだったが、二人とも相当ダメージが大きかったらしく、メイド喫茶を出たところで最初に宗像さんが「変わったわね、浩太……」と呟いて力なく去っていった。そして岸さんは「ごめん、僕、急用ができたから」と言って逃げていった。
 二人がいなくなって、私は小さく息をつく。もう、宗像さんも岸さんも、私達にちょっかいをかけてくることはないだろう。また手を出して来る事があれば、次は問答無用でコスプレしようと思っている。もちろんあの二人も巻き込むつもりだ。岸さんはともかく宗像さんは美人だから、どんなコスプレでも似合うだろうけど、どうやらそれは、想像で終わりそうである。
 ――悠真君による『二人にドン引きしてもらって諦めさせよう作戦』は大成功だった。
 心の中では、ほんの少し罪悪感がある。結局私は『オタク』と呼ばれる嗜好を使って、あの二人を撃退したのだ。
 それは自分自身も含め、大好きな趣味を貶める行為でもある。
 ……今回だけだからと、誰かに謝った。笹塚の言う通り、つくづく自分は小心者である。
 ちなみにそんな笹塚はと言うと。

「浩太さん。まだ、立ち直れない?」
「……あと1分」

 彼は余裕の笑みで宗像さんと岸さんを見送ってから、ずっと壁に向かって両手をついて、落ち込んでいるのである……。
 私が思うより、笹塚が食らったダメージは計り知れなかったらしい。
 時々私につきあってゲームしたり、アニメを見たりするとはいえ、彼は基本的にオタクの世界とはかけ離れた、どちらかというと宗像さんや岸さん側の人間だ。ポーズやセリフを練習してた時から不安そうな顔をしていたけど、本番のダメージは桁違いだったようである。

「悪い、由里。俺、大体は受け入れられる方だと思ってたけど、ちょっとお前の世界、舐めてたかも」
「だ、大丈夫だよ浩太さん! 私は引きはしないけど、あのっ、ここは、ちょっと特殊なんだと思う! だから落ち込まないでいいんだよー!」

 必死になって笹塚さんの背中を撫でて慰める。彼はきっかり一分落ち込んだ後、長いため息をついてようやく顔を上げた。

「……とりあえずこれで、さすがにもう宗像も岸も諦めるだろ。ものすごく凶悪な手だったが、これほど確実にトドメを刺す手もない。一安心、だな」
「そ、そうだね。うん、良かった。良かった……ね」

 笹塚にとってはまさに諸刃の剣だったが、私達は何とか平穏を取り戻したのだ。
 これがゲームだったら、今ごろエンディングの音楽と共にスタッフロールが流れてる所だろう。
 笹塚のダメージも鑑みて、切なく寂しげなメロディーを所望する。魔王は滅びた。しかし勇者もまた、心に多大なる傷を負ってしまったのだ――みたいなフレーズも乗せて。
 だが、私はかねてよりずっと、笹塚に対して企んでいた事があったのだ。今回の作戦に向けて練習している時から、私は彼にしてあげたいことがあったのである!

「よし、浩太さん。脅威も去ったことだし、今度のお休みにデートしよう。お祝いデートだ!」
「は? あ、デート? まぁ別にいいけど。でもどうしたんだ? そんな気合入れた顔をして」
「ふふふ。だって浩太さん、今回すごく頑張ったでしょ? 慣れない事いっぱいやって、落ち込む程、らしくない事までして。だから私、浩太さんを労おうってずっと思ってたんだ!」

 労う? と不思議そうな顔で首を傾げる笹塚に、私はにっこりと微笑む。
 笹塚が一杯不安を感じて悩んだり、苦しんだりした分、今度は私が彼を癒してあげるのだ。
 いつまでも笹塚からの提案を待ってるばかりの羽坂由里ではないのだぞ。

「今度のデート、楽しみにしててね! 浩太さんをものすごく幸せにしてあげる!」

 それこそ『はーとふるきゅんきゅん』並に。私は頑張るのだ!

◆◇◆◇

 週が空けて会社に出社すると、朝の掃除中に岸さんとばったり出会った。
 私の隣には水沢。彼女にはすでにメールで「ミッションコンプリート」と伝えてある。
 おはようございます、と挨拶すると彼は「おはよ」と短く返事して決まり悪げに眼をそらす。
 岸さんは、ちゃんと私を諦めてるだろうか?
 確認のために、少し彼をつついてみる。

「岸さん。先日は楽しかったですね。あ、そうそう。お近づきのおしるしに、私からプレゼントを贈ろうと思ってるんですよ」
「……プレゼント?」

 不審げな顔をする岸さんに、私はにっこりと笑ってみせた。

「前に蒼き輪廻の話、してたでしょう?私、あのゲームの同人誌をいっぱい持ってるんです。お奨めの本を何冊か差し上げようかなって――」
「ちょっ! そういう事、なんで会社で言うの!? 俺までそういう風に見られるじゃない。お願いだから少しは場所を考えて!」

 口早にそう言って、岸さんがドン引きの表情で走り去っていく。
 うむ、いい感じのヒキ方だ。にわかにオタクだからこそ、同人などの意味を知っており、公共の場でそんな話題を出してくる女が信じられないのだ。
 私だって普段はこんな話題など会社でするわけない。けれど岸さん限定で、私が「そういう人間」だと思ってくれれば良い。どうせ出張期間が終われば、彼は分室工場へと帰るのだから。
 ちなみに、もし岸さんが嫌がらせとして会社の人に「羽坂がオタクだ」とばらしたとしても全く困らない。
 だって私は、ゲームが好きな『普通の人』なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。ゲームオタクとバレても、何を恐れる必要があるだろう。

「あれは絶対、後で製造部の人間に愚痴ってバラすパターンね」
「言いそうだね。でもきっと皆「だから?」って顔すると思うから、ちょっと見ものだね」

 くすくすと水沢と笑いあう。
 人はそれぞれ、多種に渉った趣味を持っているもの。
 でも、趣味に特別なものなんてない。中には理解できない趣味を持っている人もいるだろうけど、個人で楽しみ、人に迷惑をかけない分には構わないと思う。
 でも世の中には、他人に言いやすい趣味と、言いにくい趣味がある。
 ……考えてみれば、それが私と笹塚の違いだったのだ。
 人に言いにくいから、私は自分の趣味を『暗い』と感じ、『言えない趣味』だと思い込んでいた。
 逆に笹塚の趣味は『明るい』と感じ、『公言できる趣味』だと思った。
 私が不安を感じ、苦悩したのはまさにその部分。
 だけど今は――少し、違う風に考えている。

 確かに私のオタクな部分は他人には言いづらい。理解してくれない人間相手には、決して口に出せない趣味だろうと自覚している。
 だけど後ろめたさを感じる必要もないのだ。頑なに秘匿しようと隠れなくていい。
 大切な人や心を許す人達さえ、私の本当の姿を知ってくれたら、それだけでいいのだ。
 所詮私が守れるものは、自分の身の回りだけという小さな世界だけなのだから。

「何はともあれ一件落着して良かったわね」
「うん。浩太さんの所も、宗像さんは一切来なくなったみたいだし。浩太さんがオタクになってしまったーって、宗像さんがOB仲間に愚痴ってたらしいけど」

 あはは、と笑う。
 でも笹塚に関して言えば、彼は被害者みたいなものだ。大学の友達にオタクとして見られてしまうのは辛くない? と聞いてみたら、もう滅多にOB会なんて行かないし、かつての仲間とも大分と疎遠になってるからいいんだ、と笑っていた。
 それに園部さんのような仲のいい友人も数人いるし、その人達は自分を知っているから、宗像さんが何を言おうと関係ないとのことで。
 私は自分の恋のために宗像さんを撃退した。だけど彼女は彼女で、いつかスポーツを楽しめる男性と出会えるといいな、と思った。
 スポーツインストラクターなんてどうだろう? 格好の相手だと思うんだけどな。
 全てが終わった後ではそんな事も暢気に思う。

「そういえば、あの悠真君の友達。例のメイド喫茶で働いてた子に、お礼は言ったの?」
「うん。ちゃんと言ったよ。でも楽しかったよ~って笑ってくれた」

 あのリッカという女の子。本当に助かった。彼女がノリノリでやってくれたからこそ、あの二人に多大なるダメージを与える事ができたのだ。
 20歳で学生。社会にまだ出ていないからか、何だか爽やかな若さを持っている明るい女の子だった。
 なんかこんな事言ってると、自分がどんだけオバさん思考なんだと思ってしまうが……。
 でもやっぱり、学生って若いなぁ。まだ4歳差なんだけど。
 ちなみに、悠真君のお母さんがぽろっと零した、彼の家に遊びにきた女学生。それはリッカちゃんではなかった。
 他にいるのである、女の子が。悠真君……まさか君は社会復帰して、いきなり女をたらしまくっているのではなかろうな。
 でも、それは誤解らしくて、軽く聞いた所によると純粋に勉強会をするために呼んだのだとか。
 ……しかし、そんなの大学でもできるんじゃないかなあ。
 そんな事もチラリと思ったが、この先は悠真君の領域(プライベート)だ。私がとやかく口にする事ではない。
 少し寂しい気持ちもあるけど、それが友人とのつきあいというやつだ。
 もし悠真君に彼女ができる、なんて事になったら、きっと彼は私に報告してくれるはず。
 だから今は、彼の言葉を待つつもりでいる。

 そんな風に私の周りでは何も変わらないように見えて、少しずつ何かが、変わり始めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。