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8 結婚式

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 お屋敷は広くて部屋数も多くて、とても覚えきれない。使用人の執事、従者、侍女、メイドもたくさんいて覚えられない。
 ナディーヌには威厳も自信も、あったものではなかった。

 それでも式の準備は着々と進んでいる。
 式はないと聞いたけれど、身内で顔合わせを兼ねて挙げることになったようだ。
 公爵夫人のウェディングドレスを手直しして、式に着ることになって、すぐに寸法合わせが始まる。

 その後、宝石商が来て、指輪やらネックレスを選んで、ドレスメーカーが来て、ドレスのデザインを見て、採寸をして、終わったら、エステに放り込まれて、磨き立てられて。
 毎日追い立てられて何を考える暇もなくバタバタと過ごした。
 心配したけれど、エドゥアールは床につくことも寝込むことも無く、毎日元気な顔を見せてくれた。


  ***


 気が付けば教会の赤い絨毯の上で、父親にエスコートされて立っていた。
 母親と兄、近しい親族、そして、フェリシテとジョゼットも来てくれた。
 そして公爵様と奥方様、お兄様とその奥方様。五十がらみの立派な紳士と公爵様によく似た威厳のある方と、お付きと護衛の方々。そして、エドゥアールの友人だと思われる方々。

 五十がらみの紳士はお医者様だとして、公爵様によく似た方は、何処かでお会いしたことがある。そしてナディーヌは、その方が国王陛下だと気が付いた時には声が漏れそうなほど驚いた。
 どうして、何故、と思う頃にはもう父の手を離れて、エドゥアールに引き渡されていた。

 祭壇の前で愛を誓って指輪を交換して、署名した後、エドゥアールとキスをする。
 式は無事に終わって、ナディーヌは公爵家の一員になってしまった。


 ご臨席を賜った国王陛下に、エドゥアールと共に最敬礼する。
「そなたは良い娘を娶った。果報者じゃ。二人の婚姻をここに許可する」
 国王陛下はそう仰って、王の印璽が押された封蝋のある羊皮紙を差し出した。エドゥアールがそれを恭しく受け取る。
「ありがとうございます」
 それを見ながら、ナディーヌの疑問はいよいよ深まっていく。

「先生」
 医者らしき人はやはりエドゥアールの主治医だった。
「やあ良かったな。私はしばらくモルヴァン研究所で研究するんだよ」
「そうですか」
「ナディーヌ、君の母上とはライバルなんだ」
「まあ、先生の足元にも及びませんわ」
 母はエドゥアールの主治医の先生と知り合いの様だ。
 父が少し嫌そうな顔をしている。

「エド、おめでとう」
 エドゥアールのお友達が何人か来てくれていた。
「可愛い子だね」
「よかったな」
 涙ぐんでいる方もいる。
「ありがとう」
 エドゥアールも嬉しそうだった。

「ナディ、おめでとう」
「とてもキラキラしい方ね」
「ありがとう。フェリシテ、ジョゼット。彼ってキラキラしいの?」
「まあ、ナディったら」
「相変わらずね」
 ドレスを着ていなければ、どつかれていたかもしれない。
 隣でエドゥアールはニコニコしている。

 手に持っていたブーケを二人に差し出す。
 フェリシテは何度か見た幼馴染の方と婚約するらしい。
 ジョゼットの隣には兄のセレスタンがいる。兄は心配性だけれど、これからはジョゼットの心配をするのだろうか。


  ***


 晩餐はエドゥアールの家族と、ナディーヌの家族も加わって、顔合わせもかねて和やかに行われた。
 誰も申し合わせたように余計なことは言わなかった。
 その後、またメイドに磨き上げられて、ナディーヌは寝室に放り込まれた。

 暫らくしてエドゥアールが来る。二人っきりになって、手を引かれてベッドに隣り合って座った。
 やっと気になっていたことを聞く。
「あのう、国王陛下に何を──?」
「ナディ、エドと言って」
「……エド」
「私には王位継承権があるんだ。病気でほとんど忘れられていたけれど」
「……」

 まさか今日国王陛下から頂いた羊皮紙は──。
 エドゥアールが頷く。
「儀礼称号を頂いた。ドフィネ・デュ・ヴィエノワだ」
 ナディーヌは息を呑む。

 この国の名はヴィエノワ王国。王家の法定推定相続人に授けられる称号だ。
 つまり、王太子……。

「病気は治ったし、ほかに適切な人がいないので──」
「王子様がいらっしゃるのでは……」
「生まれつきの病気なんだ」
 国王陛下には三人のお子がいる。王女殿下二人はすでに嫁し、王子殿下が一人であった。その王子は現在二十歳、心臓に欠陥を持ち安静にしなければならない。もちろん極秘事項であるし長く生きられるかもしれないが。
「お兄様が」
「子供が出来ないんだ」
「ほかに……」
「次が私だ。後は遠縁になる」

 この国は男系男子が継ぐ。直系の男子が途絶えると家系を遡って男系男子が継ぐ。男子が生まれないと王妃を離縁して再婚する王もあると聞くが。

 とんでもない話であった。
「その、エドの体力では国王というのは」
「ああ、補佐に頑張ってもらわないといけないな」
 何だか軽く答えてくれる。ご病気の王子とどっちが……。
 でも今日、儀礼称号を賜ったということは──。

「私は陛下に見返りに、君と結婚したいって言ったんだ」
「そんな」
(こんな事、公爵家だって、わたくしには荷が重いのに)

「婚約者とか、いらっしゃらなかったのですか?」
「病気になった時に、皆ご辞退していただいた」
「どうしてです? 待っていて下さる方も、いらしたでしょうに」
「君は、そんな人が私に居た方が良かったのか?」
 反論されてしまって言葉に詰まる。治らない不治の病と診断されたのだ。潮が引くように人が離れて行くのをどんな思いで見ていたのか。

 もう式は挙げてしまったのだ。今更何がどうなるというのだろう。
「でも考えれば考えるほど、君ほど私にぴったりの相手なんていない」
 そんな、考えれば考えるほど、空恐ろしくなってしまうのに。

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