上 下
58 / 70
七章 コルベルク公国編

45 来襲ジジの弟

しおりを挟む
 そういう訳で炊き出しの用意を忙しくしていたら、そいつが現れたのだ。もうほとんど公都が目と鼻の先という町だった。

 腕を組んで長いシアンの髪を靡かせ、梨奈を見ている魔族がひとり。
「お前がリナか!」
 丁度炊き出しの大鍋の前で、ひとりになった梨奈の前に現れて、指を突きつけて問い質す。
 魔族だろうな、角と薄い紫の肌だし。でなけりゃ、こんな広場の真ん中にポンと出て来れない。周りは何人も人がいるけど、梨奈のいる所は丁度壁二つで遮られている。ジェリーが一緒に居るけれど。

「あなた誰?」と、梨奈は聞いたけれど、何だかあの女によく似ている。髪の色がマゼンタじゃなくて、シアンだけど。どっちもド派手な色合いだ。
「もしかして、ジジの弟?」
「そうだ。よく分かったな、人間風情が」
 ビンゴだった。

「姉がジジなら、あなたはババ?」
「さすが、何で分かるんだ」
(いや、ちょっと待って。てか、何で当たるのよ、冗談のつもりで言ったのに)
『食べる―?』
 無邪気にスライムが聞く。
「ダメよジェリー。何か用なの?」
 てか、梨奈は忙しいのだ。三脚に釣った大鍋のお湯が沸いている。お肉を入れようとすると、梨奈の手付きが危なっかしいと見たか魔族は「貸せ!」と、お肉を奪い取って鍋に沿って上手い具合に入れていく。
「よし、次は!?」
(何だろうコイツは)
 梨奈は首を捻りながら、ここらの農家が作っているイモやニンジンなんかの提供された食料を差し出す。
「何だこの切り方は」ババは文句を言いながらも鍋に入れる。
 そして梨奈を見て、思い出したようにキッと睨んでお玉を突き付けた。

「きさま、裏切りじゃなくて、恩返しじゃなくて、お礼参りに近い……」
(何? こいつ、こんなに若くて痴呆症なのか……)
「復讐とか報復とか目には目をとか仕返しとか……?」
「くっ、出来るな、きさま」
 魔族はしゃがんで鍋の様子を見ながら、上目遣いに梨奈を睨みつける。
「はい、味見してくれる?」
 梨奈がお皿を差し出すと「む」と皿を受け取り味見して「まあまあだな」と口角を上げた。ジジの弟というだけあって、魔族のなりをしていても顔は整っている。

「それでどうするの?」
 梨奈の言葉にハッと自分の目的を思い出したババは、立ち上がってビシッと梨奈を指さした。
「きさまを殺ろ──」
『食べる―!』
 しかし、きっちり全部言う前に、側に居たジェリーがガバァと伸び上がって、襲い掛かった。
「キャー!」
 ババは悲鳴を上げて蹲った。ジェリーは強い。てか、ジジと違ってこの弟は弱すぎる。梨奈は慌てて、魔族にどばぁと覆い被さったジェリーを掴んで引っ剥がした。
「ちょっと待ちなさいって、ジェリー」
「ゼイゼイ……」
 魔族ババはジェリーの消化液を少し喰らったのか、着ている服が少し穴あきになってしまった。

 丁度そこに、この前合流した魔族が二人、心配して駆け付けた。
「主殿、さっき一瞬殺気を感じたが、何事か」
「トニョ、アルタ。手当てしてあげて」
 そこに蹲っているババを見て、魔族は顔を顰める。

「何コイツ、どこかで見たような気がするケド」
「おめえ、ババじゃねえか。何しているんだ、主殿になんかしたら許さねえぞ」
 トニョがババの襟首を掴む。
「でも、この子弱いのよ」
「じゃが」
「ねえ、ババ。アンタなんか出来るの? 特技は?」
「オレの特技は魅了だ!」
 それはダメだ。
「やっぱり殺そう」
 トニョがババの襟首を持ち上げる。
「わわわ、待ってくれ。まだ修行中だ」
 慌てるババにアルタの口撃。
「そこまで育ットイテ、修行中はナイ」
 アルタのイントネーションは独特だ。しかし、顔は童顔で小中学生位にしか見えない。魔族の齢って分からないな。
「うっ、オレは出来損ないなんだ。一族で一番不出来なんだ。人になら勝てるかもと思ったが甘かった」
 泣き落としか。弱々魔族なのね。
「相手の実力も見れんで呆れたもんじゃ」
 トニョはまだババの襟首を掴んでいる。

「どうしたんだい」
 そこにダールグレン教授がやって来た。面白そうな事には首を突っ込む人だ。
「この子、ジジの弟でババっていうの」
 教授が来てやっとトニョに手を離されて、ババはそこにへたり込んで涙目だ。
「ふうん、何か出来るの?」
「うっ、お、オレの特技は……、菓子……作り……」
「マー、戦闘魔族の一族で料理作りとか、恥ずかしイ」
 アルタが恥ずかしそうな顔をする。クリクリの黒髪に蒼い瞳がちょっと染まって紫っぽい。何か可愛い……。
 しかし、それよりもだ。梨奈はその言葉を聞き逃さなかった。

「まあ、お菓子作りって、ステキじゃない。何か作って──。ミランダ」
 教授の後から来たミランダを見つけて早速相談する。
「はい」
「この子、菓子作りが得意なんだって、料理長に鍛えて貰ったらどうかしら」
「そうですわね」
 ミランダが品定めするように目を細めてジッとババを見た。

「戦闘魔族のオレが、菓子作りなんぞー」
 まだ抵抗している。
「何言ってんのよ! 菓子作りの大変さを知らないの? お菓子作りこそ、体力なしでは出来ないのよ」
 梨奈は滾々と自分が菓子作りで格闘した時のことを語った。
「泡立てやら、ダイコンやゴマのすりおろし、材料を捏ね回す力とか、パンだって何度もバンバン叩いて捏ねるのよ。その絶妙な力加減、戦闘と何が違うの!」
 全然違うと誰も言わないで、皆微妙な顔で聞いている。

「更には材料よ! 雉鳥の巣を探して、こそっと卵を採って来て、ミツバチの巣を見つけて蜂と格闘し、高い木に登って木の実を採って来て、サトウキビを採って砂糖を作って、そしてオーロックスからミルクを搾って──」
 ちょこちょこ聞いた、適当な料理の材料の知識をひけらかす。
「一体どれだけの労力がかかると思っているの!」
「そうか!」
「そうよ!」
 ババは単純に目をキラキラさせたが、梨奈だって負けずに単純だった。ただ美味しいお菓子が食べたいだけだ。

「目指すのよ! あのパティシェへの道を! パティシェの星になるのよ!」
『なるのだー、お菓子―』
 梨奈とジェリーに乗せられて、頑張るババの物語ここに開幕。
『ウィンウィン』
 能天気なスライム音頭に送られて、ババはミランダに引き摺られた。
 ミランダにあっさり引き摺られて行くババを、みんな呆然と見ている。ミランダ恐るべしと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

乙女ゲーム?悪役令嬢?王子なんて喜んで差し上げます!ストーカーな婚約者など要りません!

愛早さくら
恋愛
リジーは公爵令嬢だ。当然のように幼い頃から、同じ年の王太子スペリアの婚約者だった。 よくある政略結婚。 しかしリジーは出来ればスペリアから逃れたいと思っていた。何故なら……――スペリアがリジーの、とんでもないストーカーだったからだった……。 愛が重いを通り越して明確にストーカーな婚約者スペリアから逃れたいリジーの的外れな暗躍と、それを凌駕するスペリアのストーカー力! 勝つのはどっちか? 今、滑稽な戦いが幕を開ける……! ・キャプションには語弊があります。 ・基本的にはコメディベースの明るい印象のお話にするつもりです! ・地味に他の異世界話と同じ世界観。 ・魔法とかある異世界が舞台。 ・CPは固定です。他のキャラとくっつくことはありません。 ・当て馬イッパイぱらだいす。 ・主人公は結局ストーカーからは逃れられませんが多分ハッピーエンド。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...