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一章 異世界に転移しました

07 クリス王子のお部屋で食事

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「私、軟禁されるんですか?」
 外に出られないのだろうか。折角の異世界なのに?
「安全が確認されるまではな」
 国王陛下との話の中で魔族という言葉が出て来た。どうなっているのだろうか、この世界は。魔族がいるのなら、梨奈は勇者とか聖女枠でこの世界に来たのだろうか。

「魔王がいるんですか?」
「いるぞ。今代の魔王は強いそうだ」
 強いのか。それだと勇者とか聖女だと大変そう。
「ええと、魔王を倒しに行ったり──」
「ノイジードル王国は魔族とは互いに不可侵の筈だが、対応を間違えると不味いことになりそうだ」
 それって、怒らせたら不味いって事だよね。
(これは、よわよわ王子だろうか)

「マリア!」
 国王の執務室を出て大広間の前まで歩くと黒髪の男が待っていた。
「シェルツ男爵」
 クリス殿下が梨奈を庇い気味にして男の名を言う。この着ぐるみの父親は、ちょっと嫌な目つきの中背のオジサンだった。この男からどうやったら、ピンクの髪の可愛い娘が出来るのだろうか。

「私の娘が大変ご無礼を。さあ帰るぞ」
 大仰に頭を下げて、梨奈の腕を掴もうとする。
 この男と一緒に帰るのは、とても不味い気がする。
 梨奈はクリス殿下の腕にしがみついた。男爵の方が呆気にとられた顔をする。

 その男爵の前に立ち塞がったのは、赤いというよりは赤銅色の髪をした、上背は殿下ぐらいで、引き結んだ口元の厳つい、筋肉たっぷりの男だった。
「シェルツ男爵。ご令嬢にはまだ伺いたいことがござる」
「ランツベルク将軍閣下」
 黒の軍服に黒いマントを羽織っている。彼が引き連れて来た近衛兵が、バラバラと男爵を囲む。
「丁重におもてなしいたしますので、ご心配は無用ですぞ」
 この男に睨まれたら、すごすごと引き下がるしかないだろう。
 男爵は唇を引きつらせ、梨奈を一睨みしてから帰って行った。

「ルパート、アンソニー」
 ランツベルク将軍が呼ぶと、黒髪と茶色の髪の男が出て敬礼をする。
「クリスティアン殿下の護衛をせよ」
「はっ」
 クリス殿下は鷹揚に頷いて、そのまま梨奈を連れて歩き出す。
 梨奈はチラリと将軍を見た。威厳に溢れた鋼のような男だ。王子に護衛を付けてくれたのだろうか。
 そういえば王子の取り巻きがいたけれど、この人みんなに帰れって言っていたな。物語では取り巻き共々ざまぁされるんだけど、この場合はどうなるのだろうか。

 回廊を王の執務室と反対側に進むと、向こうからクリスティアン殿下によく似た若い男が来た。
 金髪だが緑の瞳で印象が柔らかい。
「兄上」
「エアハルトか」
「まだそのような女を、いい加減目を覚ましてください」
 梨奈より年下の少年に見える。ちょっと真面目そうで頭が良さそうな所が梨奈の弟に似ている。梨奈がちょっとクリス殿下の腕にぶら下がって、胸を寄せてプルプルしてみると、まだ幼さの抜けきらない頬がさっと染まって梨奈を睨みつける。
 クリス殿下は嫌そうな顔をして「放っておいてくれ」と梨奈を引きずって弟から逃げた。


  * * *

 王子の私室に入ると、すぐに頭のファスナーを下された。
 梨奈の顔を見るとクリス殿下は先に「ふう……」と息を吐く。
 これは嫌いとかじゃなくて、苦しい的な何かみたいだ。

 侍女とか侍従とかいないのか、誰も出て来ない。護衛の騎士達は部屋の外で待機したようで護衛というよりは見張りみたいだ。
 国王の執務室程ではないが広い部屋の中はきれいに整えられているが誰もいない。テラスがあってその前にソファセット、テラスの横は暖炉、マントルピースの上の肖像画はこの国の王妃様らしき気品のある女性で、クリス殿下よりは先程の弟、エアハルト殿下に似ている。
 その横に書棚と大きなデスク、デスクの前に大きめのテーブル、壁にはソファや椅子が並べられて小さなテーブルセットもある。
 梨奈は部屋を見回して思う。何か足りないと。

「あの、お聞きしても?」
「ああ」
「侍女とか侍従とかいないのですか?」
 この王子がアホでも何でも王族だろう? 世話する人はいないのか?
「私がおかしくなる前に、離宮の方に避難して貰ったのだ」
「避難ですか」
「お腹が空いたのか? すぐに食事が来ると思うが、リナの着替えもいるな、頼んでおこう。顔を見られないよう奥の部屋に行っていてくれ」
「はい」
 やっぱりバカ王子じゃなくて気配り王子だろうか。

 そう思いながら行った奥の部屋はベッドルームであった。天蓋付きの大きなベッドは定番として、ベッドの横にスタンドとライティングデスクがあって、その奥にドアがある。足元の側にはテーブルセットがあって壁際にはカウチが置かれていて、その向こう側にもドアがある。

 王族の部屋だから豪勢で豪奢な部屋をイメージしたが、割と機能的という感じで無駄な装飾がない。空調は滞りなく、リネンはきっちりと、照明は寝室に程よい間接照明で部屋の隅に置かれたフロアライトと壁のブラケットが暖かな光を投げかける。
 ロウソクとか獣脂とかじゃないようだ。魔導具だろうか。

 部屋を見回すと鏡があった。首元までのピンクの彩りから、茶色の髪、榛色のきりっとした少女の顔が覗く。昨日までの自分と変わっていない。
 やはり異世界転移なのか、梨奈は梨奈のままであった。

 軽くドアをノックしてクリス王子が顔を出す。
「こちらに食事の用意が出来たから、その前に着替えるか?」
「はーい」
 殿下が渡してくれた箱にはドロワーズとかいうパンツにシュミーズ、そして胸の下で少し絞ったゆったりした部屋着と大判の軽やかなショールが入っていた。室内履きも一緒にあって至れり尽くせりだ。

 着替えて、脱いだ着ぐるみを畳んで持ってショールを羽織って部屋から出て行くと、王子は白い騎士服を脱いでシャツにトラウザー姿であった。
(くっ!)
 実は梨奈はきっちりスーツとか制服を着た男が、その後でこんな風にラフな姿になるのが落差があってギャップ萌えするのだ。
(刺さるーー!)

 クリス殿下は肩幅があるけれど、細マッチョでしなやかな若木のイメージだ。着替えた梨奈を見て「似合うよ」とにこやかに手を差し出した。
 先に褒めるとか、やはり気配り王子だろうか。

 テーブルの上にはすでにハムやらチーズやら野菜を挟んだサンドイッチとミートパイ、インゲンのスープ、飲み物はワインだろうか、それにフルーツ盛り盛りのバスケットが並べられていた。

 梨奈をエスコートして壁際のカウチソファに座らせ、王子は向かいの椅子に座る。梨奈は持っていた着ぐるみを片側の背もたれやクッションのある方に置いた。

 かなりお腹が空いていたし、目の前で健啖家が綺麗に気持ちよく食べるので梨奈も遠慮なく頂いた。
「このサンドイッチのハムは何のお肉ですか?」
「オーク肉の燻製ハムだな」
「このパイ美味しいです。お肉が柔らかくて甘味があって」
「それは角ウサギとキノコのパイだ」
 素材に魔物の名前らしきものが出たが、サンドイッチもパイもスープも美味しくて、材料をあれこれ聞きながら楽しく食事は終わる。お腹が落ち着いてワインも頂くと口が滑らかになった。

「夜食として軽くしたが食事は足りるか?」
「はい、十分頂きました」
「そうか、異界人の口に合ったか?」
「美味しかったです。あの、異界人ってよくこちらの世界に来るのですか?」
「そうだな、百年から二百年に一度くらいと聞いた。リナは私の前に現れて私を救ってくれた。感謝している」
 その言葉を聞いて、梨奈は自分がこの世界に来た意味が少しはあったのだと思った。しかし、百年とか二百年前じゃ同じ異世界人と会うこともない。

「ご兄弟は、あの方の他にいらっしゃるのでしょうか」
 立ち入ったことを聞いたが殿下はあっさり答えた。
「姉上がいたが、嫁いだ他国でお亡くなりになった。生き残っているのは私とエアハルトだけだ」
 クリス殿下はちょっと辛そうに目を伏せる。
「あの、殿下が王太子様ですか?」
「いや、父上に学校を卒業するまで、待ってもらった」
「??」
 話が見えない。
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