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5 弟は養子だった

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 その日学校に行くと、クラスで待ち構えていた石原と辻が、また俺を教室の隅に連れて行った。クラスの皆が興味津々といった顔で見ている。

「昨日は練習試合があったそうだな」
 目の前の壁が同時に聞いた。まさしくその通りなので俺はコクコクと頷いた。

「その言いにくいんだがな」
 何をもったいぶっているんだ。石原と辻は顔を見合わせてから思い切ったように言った。
「気を落とすんじゃないぞ」
「決して世を儚んだりするんじゃないぞ」
「何でだ?」
「いや、お前の気持ちはよく分かっている」
 二人はそう言って俺の肩に手を置いた。

(何が分かっていると言うんだ。男の俺が十五やそこらで借金の形に男の婚約者の家に引き取られて、あと少しで男の嫁にされるという気持ちが分るのか?)

「何があっても、俺たちがいるからな」
「そうだ。忘れないでくれ」
 石原と辻はどうも俺を励ましてくれているようだが、何で今さらそんな事をされなければならないんだ。しかし彼らはそこまで言うと、自分で勝手に納得して、俺を囲っていた垣根を解き行ってしまった。
 俺は一人取り残されて首を捻るばかりだった。


 昼休みには部活の松下部長が来た。
「来週、青陵高校に練習試合に行く事になったが、お前はどうする?」
「え? 部長、もちろん俺も行きます」

 何で聞くんだろう。自慢じゃないが俺は勉強はからきしだが、部活では五本の指に入る位の腕前なんだ。この前の青陵戦では負けたからお返しをしてやりたい。チラッと葉月さんの笑顔が浮かんだ。そうだ、あいつに褒められるぐらいには頑張らねば。

「そうか、無理しなくて良いんだぞ」
「はあ?」
「いや、じゃあ日程が詰まってから、また言うから」
 部長は溜め息を吐いて俺の頭にポンポンと手を置くと行ってしまった。部長の背の高い後姿を見送りながら、何が何だか訳が分からなくて、やっぱり首を捻るしかなかった。


 * * *

 その日の部活が終ってから、昴の言う事が本当かどうか確かめる為に、俺は実家に寄ることにした。

 家に戻ると俺より三つ年上で大学一年の武兄ちゃんがいた。
「よう、渉。元気か?」
 武兄ちゃんは出かける支度をしていた。お袋に似てチビな俺と違って兄ちゃんは親父に似てでかい。優しい目で俺を見下ろした。

「うん。兄ちゃんは」
「まあな。お前のお陰で大学を止めなくて済みそうだからさ、時間があるときは出来るだけ親父を手伝っているんだ。親父もお袋も必死だ」
「そうか。何とかなりそう?」
「何とかしなけりゃあな。お前も頑張れよ」

 そう言うと兄ちゃんはこれからバイトだと、もう出かけようとする。俺は武兄ちゃんを引き止めて聞いた。
「昴って俺たちと血が繋がってなかった?」
「お前、それを誰から」
「昴が」

「そうか。実は昔、俺はお前たちばかりが仲良いのに腹を立てて、昴にお前なんか兄弟じゃないやと喚いた事がある。つい口が滑ったんだな。昴はそれを憶えていて調べたんだろうな。昔から頭が良くて早熟な奴だったからな」

「じゃあ、本当のことなのか」
「まあな。顔見りゃ何となく見当付くだろう。あいつだけやたらと出来が良いし」
 そりゃ昴は出来が良いし、頭が良いし、顔も良いし、瓢箪から駒が出たなんて思っていたけど、そうそう自然の摂理に反してそんな事があるわけもないか。

「あいつの親は?」
「お前、憶えてないか?」
「……?」
「昴は近所の子でお前とよく遊んでいたんだ。親が事故で亡くなったとかで、どこかの施設に引き取られるって時、お前が一緒に居たいって泣いて離さなかったんじゃないか」
「全然、憶えてない」

「俺も小学生の頃だしうろ覚えなんだが」
 どうも俺の所為で昴はウチに引き取られたらしい。そこにドアを開いて当の昴が帰って来た。

「あれ、渉兄貴。戻ってきたのか?」
 嬉しそうに俺に駆け寄ってくる。
「いや、里帰りしてもいいって言われたから」
 昴が帰って来たので「じゃあ俺は行くぞ。渉、お前も修行を頑張れよ」と言って、武兄ちゃんは出かけて行った。
「うん」

 俺が兄ちゃんを見送っていると、後ろから昴が拗ねたように言った。
「呑気だよね、あんたの両親は。息子がどんな事になっているか知らないでさ」

 その言い方にカチンと来て言い返した。
「お前その言い方なんだよ。俺、ちゃんと修行に行ってんだぞ」
「嘘ばっかり。俺にはその藤原って男の魂胆が分かる」
 何でお前に藤原の魂胆が分るんだ。

「昴、お前変だぞ。普通の男はそういう風に考えないぞ」
「だって俺は渉が居たからここに引き取られてもいいって思ったのに。ずっと一緒に居たかったのに……」
 昴は悔しそうに唇を噛み締める。

「渉、もうあいつのモノになったの?」と、俺の方に迫ってきた。さっきから俺のこと呼び捨てじゃないかコイツ。
「だから、何でお前はそういう風に思うんだよ」

「俺は渉が好きなんだよ。あんなオヤジになんか渡すもんかっ!!」
 昴は叫ぶように言って俺の腕を掴み、そのまま床に押し倒そうとした。

「おい、こら」
 俺は昴の腕の中でジタバタと藻掻いた。小さな頃からこんな風にじゃれあって育ったのに、今さら好きだと言われても。大体、俺は男で昴も男なのに。

 俺が暴れるので昴は余計ムキになって俺を抱き締めてきた。コイツまだ中坊のクセして、俺よりでかくて、俺より力が強い。俺より何でもよく出来て、悔しかったけど、自慢でもあったのに。昴が褒められると自分の事のように嬉しかったのに。

 昴はキスしようと唇を狙ってきた。どういう訳かその時、俺の頭に葉月さんの顔がポンと浮かんで、俺は昴を突き飛ばしてしまった。悔しそうな昴の顔。ゼイゼイ息をつきながら睨み合っていると、ドアホンが鳴った。ドアが開いて迎えの車の運転手が遠慮なく家に入り、俺を車に乗せて屋敷に連れ帰った。
 昴のことが心配だったけれど、俺にはどうすれば良いのか分からない。

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