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39 色事師(4)

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 連れ帰った葵を前に甚五郎さんは聞いた。
「で、お前はどうしいたんでぇ」
「俺は……」
 葵は絶句した。男は葵に楽器になれとか何とか囁いたが、自分の事を何も教えずに葵を帰したのだ。自分の立場を考えれば二度と男に会ってはいけない。
「畜生、あのチビの所為で俺は男に……」
 こんな目に遭ったのも、もとはといえば全部あのチビの所為だと葵は思った。あのチビさえいなければ俺は──。
「情けは人のためならずって言うだろうが」
「そうだ、あんなチビに情けなんかかけるもんじゃないぜ」
「あほう!!」
 温厚な父親の意外な剣幕にあって葵は驚いた。
「親父……」
「情けは人のためならずってえのは、人様に情けをかけたら廻り廻って自分のところに帰って来るってえ意味よ。お前がああやって邪魔ばっかりするから、お前の為になんて誰もこれっぽちも思いやしねえぞ」
「親父……」
 日頃は温厚で余計なことは言わない甚五郎さんも、ここぞという時には黙ってはいなかった。
「今回のことは俺の顔に免じて許してもらえたが、早々甘くは行かねえぞ。お前も性根を入れて勉強しろ」
「じゃあ、俺はどうなるんだ」
「跡取りの問題もあるしなあ……。まあ、どうしてもというなら相手のことを教えてやらんでもねえ。というのも、先ごろお前に弟がいるのが分ってな」
「えっ?」
「まだ中学生なんだがなかなかな面構えだった」
 甚五郎さんはそう言って、腕組みをした顔を逸らし顎を撫でて相好を崩した。
「いや、本当に情けは人の為ならずだ」
「……」
 そういう訳で葵はあの色事師との再会を許される事になったが、男の方では義純に対する競争心から端を発した事なのでどうなるかは予断を許さない。
 頑張れ葵。負けるな葵。希代の色事師をお前が落とすんだ。
 おしまい。


(……)
「おい、この終わり方は何だ。俺に恨みでもあるのか」
 葵はどこか虚空を睨んで喚いた。



 滝伽耶人(かやと)はご機嫌だった。明るい色のドレスシャツにスラックス姿で広いリビングの大きな鏡の前に立ちチェックを入れる。
「完璧だ。完璧に美しい」
 そして椅子にかけてあったジャケットをぱっと広げて一回転しながら羽織り、もう一度鏡の前でポーズを決めてにっこり笑った。
 くるくると巻いて額に落ちる黒髪も、彫りの深い顔を際立たせる。少々たれ目だが、この瞳に見つめられて落ちなかった女はいない。
 綺麗な女は大好きだ。自分を引き立たせ飾る道具として。
 赤いバラも白いバラもピンクのバラも黄色いバラもみんな好きだ。たまには撫子も桔梗もいい。そして、この前抱いた男とのコトを思い出した。

 男というのは今までと少々勝手が違った。それに花になるのかな。この美しい自分に傷を付けられては困るから、ベッドに縛り付けるという野蛮な行為をしてしまったがあれはあれでまた一興だった。伽耶人は鏡の前で今度はにんまりと笑った。
 アレを落として自分の意のままになるようにするのだ。葵が義純の男ではなかったということはある意味伽耶人の心を楽にしていた。

 葵の事を調べた結果、伽耶人は願ってもないことを仕入れた。葵は本人が言うように義純の跡を継ぐらしい。つまり葵の父親は義純が勤めている如月工務店の社長だったのだ。義純は男と一緒になったから、その後を継ぐのは葵だった。つまり葵を意のままにすれば、義純が作り上げた財産を意のままに出来るということだ。
「勝った!!」と、伽耶人はこぶしを握り締める。

 あの時、義純の股間を見て受けたショックは忘れられない。アレは大きさといい形といい申し分なかった。伽耶人の自信を打ち砕くモノだったのだ。勝負するべき自分の武器が見劣るというのはいかんともしがたい。伽耶人は負けまいとテクニックを磨く事に精を出したが、アレは何度も伽耶人の脳裏を横切りどん底に突き落とした。
「しかし、これでもう終わりだ」
 伽耶人は日をあけて、さりげなく葵の出入りしそうなところで接触して葵にアプローチした。そして呼び出すことに成功したのだ。伽耶人はチェックを済ますと意気揚々と待ち合わせ場所に出向いて行った。

 * * *

 待ち合わせ場所の高級ホテルのラウンジで待っていたのは葵一人ではなかった。葵とよく似た背格好の少年が一緒である。

(これが義純の……?)
 伽耶人はその少年を何食わぬ顔でジロジロと品定めした。
 非常に綺麗な少年である。男は花とはいわないと思っていたが、この少年はまさしく花だった。それもバラとかユリとか芍薬とかすぐに枯れる花ではなく、高貴な香りと強靭な花びらを持った蘭だと思った。

 伽耶人はどういう訳かその少年に対して敵愾心を持った。色事師にとって容貌というものは非常に大事なものである。伽耶人はダンススタジオやらジムに通ってその肉体に磨きをかけていた。大事な顔の手入れもせっせとやっている。
 そこまでして手に入れた美しい自分は何処でも中心にいるべきだと思っている。花は自分を囲んで引き立たせる為にあるのであって、花のほうが目立つのは筋違いというものだ。

 少年は伽耶人の思惑なんぞ知らぬげに、にっこり笑って自己紹介した。
「はじめまして、如月家にお世話になっている如月暖斗と申します」
 名前の最後に同じ字が来るのも気に食わないと思った。何よりあの義純の稚児である。坊主憎けりゃ袈裟までというではないか。

「はじめまして。暖斗クン。一体何の用ですか」
 はじめは暖斗を誘惑するつもりだったくせに、もっと手頃な相手を見つけたものだから、魅力はあるけれど冷たい瞳で言った。暖斗はその瞳を真直ぐ見返して聞く。

「あなたは葵さんをどう思っているんですか?」
 明るい綺麗な瞳である。怒気も探りも何もない。ただ単に興味津々と行った体であった。
「君には関係ないネ」
「だって、俺を攫おうとしたんだろう?」
「ああ、そうでしたネ。何なら君も一緒に楽しみますか?」
 どういう訳で付いて来たか知らないが、相手はガキだ。少々脅してやれば引っ込むだろうと伽耶人は思ったのだが。

「えっ? いいの?」
 どういう訳か暖斗は喜んだ。伽耶人のほうが少し引いた。
「あんた上手いんだって? 俺さ、義さんの大砲しか知らないからさ、あんたみたいな男にすごく興味があるんだよね。でも浮気は許されないしさ」
「大砲──」
 伽耶人の脳裏に義純の巨大な一物が蘇った。

「葵さんがね、もうすっごくよかったって言うしさ、俺もアレよりすごいのにお目にかかりたくてさ」
 これはどういう風の吹き回しだろう。一度葵に手伝わせて誘き出そうとか思っていた。思っていたがまだ葵を手懐けた訳ではない。幸運なのかどうなのか伽耶人は判断しかねた。


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