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47 王宮改革

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 夜になって離宮に帰って来たミハウを出迎える。
「それは闇魔法だ。君は闇魔法も覚えたんだね」
「そうなのですか、猫にしかなれませんが」
「上等だ。私の猫は今日は何処に行ったのかな」
 アストリは夜の寝物語にその日見たことを囁くのだった。

「彼はオギュルト・ボロウスキ公爵。内務卿だ」
 アストリは執務室に怒鳴り込んできた恰幅のよい髭を蓄えた男を思い出す。追いかけて彼の執務室に行ったら、ボロウスキ公爵の一門がいて恐ろしいことを言っていた。国王が病気になってこの半年間、国王になり代わり政務を取り仕切っていた。宰相他が嘆願書で早く帰れと言って来たのは、この男の所為でもあった。
 身辺が黒い男である。アストリから見ても真っ黒だった。

 アストリは浄化の石を作らなければと思った。細石で邪気を集め、光の魔石と巨人の欠片を使って浄化する。ちゃんと作動するように配置して仕上げるのは、魔道具士エリザの仕事である。
 しかし、この離宮には細石を各所に置いて、聖水で浄化したい。
「礼拝堂が欲しいのです」
 祈りを捧げる場所が欲しい。毎日祈りたいのだ。
「今、君の薬草園を作っている。調剤室もだ。そこに礼拝堂も置こう」
「嬉しいです。あと、これ、お祖父様にお渡ししていたお薬です。ミハウ様も飲んで下さい」
「ああ、ありがとう」
 ミハウは少しげんなりした顔で解毒薬の入った小瓶を受け取った。


 ボロウスキの取り巻き一門の仕事は早かった。ミハウは午後のお茶で早速、毒を盛られた。アストリのお陰で事なきを得たが、毒で血を吐けば執務室や外で警備している騎士にも被害が及ぶ。実行犯を逮捕する気も起きずミハウは放置した。
 命令した者が実行犯をどうするかは知ったこっちゃない。ミハウは忙しい。
 仕事が終わる頃には侍女が媚薬入りのお茶やお酒を持ち込んでうんざりした。
 さらには魅力的な女性が魅了グッズを持ち込んで回廊で大挙待ち構える。

 離宮に帰るとアストリが出迎えた。清浄な空気にホッとする。見回すと、壁のブラケットに細石が金具で美しく装飾されてぶら下がっていた。
「エリザ様に見本を頂きました」アストリが説明して「そうか」と頷くミハウ。
「私は君に守られているな」
「私もミハウ様に守られています」
「ここに放置しているだけだ」
「私が何をしても許して下さるでしょう? 何をしても見守って下さるでしょう? 私はミハウ様の腕の中で自由気ままに過ごしております」
「そうなのか」
「はい」
(このまま誰も知らない所に攫って行って、思いっきり愛し合いたい。くそう、チンタラしていられるか、サッサと片付けて逃げ出してやる!)

 暫らくしてミハウは王都の視察に出ることになった。
「何かあっても放置しろ。結界を張るから大丈夫だ。春風ぐらいに思っていろ」
 ミハウの言い草に護衛の者たちは呆れかえった。
 その日は、馬車の故障から始まって、殺し屋から、魔法攻撃から、落とし穴から選り取り見取りだった。もちろん視察先の接待も、女性攻撃と毒攻撃のセットが付いている。
 馬車の故障は見送りに出たアストリに、こっそり示唆されて直ぐに修理された。
 その後の攻撃は春風というような生易しいものではなかったが、馬車も警護の者たちも全く被害を受けなかった。毒攻撃は毒見の者に薬を与え、他は飲食を禁じた。吹き矢から弓矢、火炎攻撃に雷撃、落とし穴もあっさり躱されて何事もなく無事に王宮に帰ってきた者たちは、狐につままれたような気分であった。


 ボロウスキ公爵一門の計画はそこで終わった。
 エリザがアストリから渡された浄化石で早速魔道具を作って、マガリに託した。それでクルトが急ぎの場所から順に魔道具を設置していった。
「ボロウスキ公爵の執務室と他めぼしい方々の執務室と会議場に設置しました」
 クルトとマガリは離宮で報告した。
「悪人相手には効果覿面とまでは行きませんが、襲撃がことごとく失敗したのは打撃になると思います。相乗効果がありますよ」と言うのはマガリだ。

 ノヴァーク王国に他国から入国するには、山を越えるか湖を渡るか森を抜けるか、後は草原と砂地のほとんど砂漠のような不毛の地が広がっている。山越えは戦場の村を抜ける道である。体力勝負の道であった。
 森には強力な魔獣がいる。湖には魔獣と湖賊がいた。体力勝負であるが山越えが比較的安全であった。そういう事もあって、モンタニエ教授のような物好きな人間でもなければノヴァーク王国には来ない。
 ボロウスキ公爵の領地は王国の西に在り、その境界の湖に接している。無論他の貴族の領地も接しているが、公爵家の湖に接する面積が一番多い。無視できない。

 という訳でミハウはクルトとマガリに、その境界の湖、ルーク湖に転移の魔法陣の設置を頼んだ。
「頼んだとはいいませんよね」
「そうだな、命令だな」
「人使いの荒い」「まったくです」
 二人はぶつくさ言いながら出発した。
 ミハウの手元には、二人が接した人物の報告書が残った。芋ずる式に一人でも仲間が見つかればよい。


 クルトとマガリが魔法陣の設置を報告して来て、ミハウはボロウスキ公爵の領地と他の貴族の領地の境目付近にある、二人の設置した魔法陣に飛んだ。
 木々に囲まれて湖に面した何もない所だ。少し小高い場所にあって、下を見ればゴツゴツの岩が沢山突き出た湖面がある。波が打ち寄せて白く泡立っていた。

 一つ目の魔獣を出して飛ばすと、やがてルーク湖の主が現れた。波を蹴立てて、その波から機嫌の悪い顔がにゅっと覗くと、見る間に伸びて上から見下ろす。
 ヒレのある首長竜サーペントであった。

『何か用か』
「私と契約しないか」単刀直入に言うとフンとバカにしたように息を吐く。ミハウの肩に一つ目の魔獣が止まると呆れたように言う。
『お前は何でこんな小僧に従う』
『従ってなぞいない。私は自由だ。こ奴に子獣を貸して、広く世界を見て情報を手に入れるのだ』
『広い世界などどうでも良い。儂の居場所はこの湖。我らが失ってはならぬ』
「あんたは無駄な悪足掻きをしていると思う。我々同士で戦うから高みの見物をしていたらどうだ」
『なんじゃそれは』
「こちらには漁夫の利ということわざがある」
『フン、人間の考えることは分からぬわ。我らの利になるのなら契約にはやぶさかではないが、お前の言うままにはならぬぞ』
「それでいい」
 ミハウとサーペントの長は契約した。

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