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44 王都へ
しおりを挟む「あのう、スミマセンけどー」
ミハウたちがシェジェルの屋敷で忙しく出発の準備をしていると、ジャンがおずおずと話しかけて来た。
「何だい」ミハウが気安く答えるとジャンは勢い込んで「オレ、オレ、この町で酒作りをしたいです!」と話し出す。
「鉱山の町で葡萄畑を見た。枝を剪定しているオヤジが居たので話しかけたらワインを飲ませてくれた。オレもアレを作りたい」
どうやらジャンも、ひとりでお出かけをしていたようだ。
「オレの求めていた味に近い!」
「そうか、鉱山の町なら鉱山の管理人もいるし、いいんじゃないか」
ミハウが軽々と言うと、横からセヴェリンが、俺もと言い出した。
「まだ洞窟があるかもしれないんだろ。それに管理人も護衛がいた方がいいんじゃないか」
「それじゃあ俺も残るしかないな。俺はこいつらを鍛えなきゃいけないからな」
何とエドガールまで残るという。
「実は帝国がどう出て来るか分からんから、あの町は張り込みにちょうどいい。俺は王都ノヴァ・スルには行ったことがあるしな」
ミハウは溜め息を吐いたが否とは言わなかった。
「王都の仕事が片付いたら私は戦場の村に行きたいから、まあ住み易い所になっていればいいな」
彼らが鉱山の町で住む屋敷の手配をクラウゼに頼んで送り出した。
やがて出発の準備が整い、雪が舞う中を馬車で王都に向けて出発する。
「どうかなさいましたか」
まだ浮かない顔で隣に座っているミハウにアストリが聞く。
「ずっと、お顔の色が優れませんが」
「そうか」
ミハウは顔を自分の手で摩ってアストリを見る。グレーの瞳が見返す。
「大聖堂に行くのが嫌なんだ。あれは前は王宮だった。私が殺した大勢の人間が葬られている。彼らが私を手招いているような気がする」
最後は口元を覆って、くぐもった声が漏れた。
「私、浄化いたします。巨人を呼び出します」
「そこまでしなくてもいいだろう」
アストリは唇をきゅっと引き締めて、両手を握り絞め懇願する。
「実は巨人の素材が必要なのです。でもあれは派手ですし、なかなか呼び出せません。大聖堂であれば、呼び出してもよいのではないかと考えました」
「そうなのか。それなら一石二鳥か三鳥になるな」
ミハウは頷いた。アストリには光属性の魔石を渡した。それに鉱山の町で細石もスレザークに頼んで手に入れていた。
「浄化の魔道具を作るのかな」
「はい、エリザ様に作って貰いますけれど、中身は私が作りますので」
「そうか、頼むよ」
ミハウが嬉しそうに笑うので、アストリはきっと良いものを作ろうと肩に力を入れるのだがミハウが抱き寄せて肩をポンポンと叩くので力を抜いて寄り掛かった。
同じ王都に向かう別の馬車にマリーはユスチナと乗っている。今までブルトン夫人と一緒だったので結構気詰まりだった。
「そうね、お酒もいいのよね」
マリーが呟くと、向かいに座ったユスチナはじっとその顔を見る。
「あの……」
「あなた、お針子だったのよね」
「あ、はい」
「どのくらい縫えるの?」
「お貴族様のドレスは縫えます。デザインも出来ます」と必死になって売り込む。
「そうなの、大きな所に居たのね」
「はい、でも、お客様の跡が絶えてしまって。来店された若い方に少しデザインを見て頂いたら、店主がお怒りになって追い出されました」
「跡継ぎが絶えたの、この国の王家みたいに?」
「はい、でもこちらは跡継ぎの方がいらっしゃるそうですので」
「そうなのよね、跡継ぎがいないと困るのよね」
マリーはそっと溜め息を吐く。
ネウストリア王国では前国王の跡継ぎを誰も生まなかった。それで国王の従兄弟が継いだのだ。あの国ではロクな事をしていない。マリーが生き残っても邪険にされるか殺されるか、死ななかったらセヴェリンやジャンみたいになるか、もっと酷いことになるか……、マリーは首を横に振って前向きに考える。
お酒とドレスと、どちらも願ってもいいのではないか。
街道は整備され、雪はまだ積もっていなかったが、一日余計にかかって王都ノヴァ・スルに着いた。馬車を何台も連ねた訳ではないし、護衛も多くはなかったが、王都では出迎えの人々が紙吹雪を撒いてくれた。
無事に王宮に着いて、病床の国王陛下に面会して引継ぎをする。国王は殆んどよろよろの爺さんで、この半年間、何もかも臣下に任せっきりだった。
前国王が退位のサインをしてミハウは王になる。
◇◇
王都ノヴァ・スルの大聖堂で礼拝し先祖に報告する。戴冠式は行わない。もちろんアストリも一緒である。その後、議会に出席して即位の祝福を受ける。そして、王宮までパレードして、王宮の広場前のベランダで二人で手を振って即位式は終わる予定だ。
ブルトン夫人とマリー、それにモンタニエ教授は、それぞれ役目を持って付き添ってくれる。クルトとマガリ、ロジェとエリザ、そしてユスチナも出席する。
ミハウはこの日、黒の軍服姿で金モールに勲章サッシュ、銀に近い青銀の髪を綺麗に撫で付け、アストリは全体に刺繍を施した白いドレスである。
王家の馬車で大聖堂に向かうと、沿道は手を振る人々で溢れていた。
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