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04 ラッジ(仮)

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 次の日の昼過ぎ、仕事から帰って来た父のモーリスと一緒にレニーは馬車に乗ってデルマスの漁港に向かった。父の執事とエリアスも一緒だ。
 また塩垂れてしまったレニーを見て、父もエリアスも元に戻ったと思った。

 レニーの父モーリスは、デルマスの漁業の網元ロベール・ブレッソンに、北の海で穫れる干物や燻製にする大きな魚を獲る船団を委ねて、ついでに魚の加工をする会社も立ち上げた。ロベールは沿岸の漁をする漁民たちを束ねていて、モーリスの片腕でもある。

 商会の事務所にまだ若い漁師と付き添いの男を呼んで、父のモーリスが礼を言う。レニーも「ありがとうございました」と頭を下げると、助けてくれた少年は姿勢の良い姿そのままの気負いのない声で答える。
「いえ、坊ちゃん。お元気になられて良かったです」
「たまに身体が不自由になる人がいるからねえ。最近は危ないし」
 付き添いの男が言う。こちらは太い腕を組んでガラガラ声の海の男だ。多分船に引き上げてくれた男だろう。
「おかげさまで体調もすっかり良くなりました」
 二人を見てそう言った。

 目の前にいるのは、あの時レニーを助けてくれた少年だった。少し眩しそうな目でレニーを見る。エリアスと同じくらいの若い漁師はグレーの髪に緑の瞳、浅黒い肌はなめらかで何となくネコ科の動物を連想した。洗いざらしの生成りのシャツに濃いグレーのズボン、腰に皮ベルトをしていてナイフを差して、編み上げのサンダルを履いている。

 お礼の品の金一袋とポーション三点セットを渡すと、網元のロベールと父モーリスは少し話があるからと別の部屋に移った。レニーとエリアスは一足先に帰る事になって、漁師らと一緒に事務所の外に出る。


  * * *


 別室に移った元締めのロベールは開口一番モーリスに言った。
「アンタの坊ちゃんはお綺麗になりましたね。俺でもくらくらする」
「あれでまだ三割減なんだ。困ったものだ」

 今日はまだ萎れていて大人しいレニーだが、最近の溌剌とした時の顔は光輝くようで、モーリスの新たな頭痛の種になりそうであった。今日来た漁師にしても、目の前にいるロベールにしても、襲い掛からんばかりである。

 ロベールが口笛を吹くと、モーリスが嫌そうな顔をして溜息を吐く。
「実は伯爵様が、一度見てみたいと仰せになって」
「領主様か……、断れないのか?」

 モーリスは、デルマスを含むこの地方一帯の領主であるシノン伯爵と、反りが合わないのかあまり懇意にしていない。
「早いとこ手を回そうと他の貴族に当たったのが裏目に出た。先に寄越せと──」
「アンタの奥さんにそっくりだからな」

 レニーの母レオノーラは侯爵家の娘だった。美しかったレオノーラは第三王子の婚約者に選ばれた。しかし、第三王子は少々冷たい感じのレオノーラより、可愛げのある男爵令嬢に心を移して、とうとうレオノーラは婚約破棄されてしまった。

 父の怒りに触れたレオノーラは貴族籍を除籍され、実家を追い出された。それを手際よく引き取って、妻にしたのが商人のモーリス・ルヴェルだ。
 まるでよくある悪役令嬢の話のようである。

 もう二十年以上前の話だ。今なら女性が少ないしどう転んだか分からない。モーリスは運が良かったのだ。
 夫婦仲はいいようで子供は三人。彼は妾も持たずレオノーラ一筋である。二人で力を合わせてこの商会を発展させたのだ。
 それ故、レオノーラの顔は売れている。その美しい彼女に似た子供となったら。

 レニーに従僕を雇いたいが滅多な者では務まらない。レオノーラが伝手でやっとエリアスを雇ったのだが、レニーは見張りの目を躱すのが上手かった。するりと抜け出していなくなって、この度の騒ぎとなってしまった。


  * * *

 エリアスが馬車を呼んでくる間、レニーは海を見ながらぼんやりと考え込んでいた。少し元気のないレニーを気遣ったのか、そばに居た少年がレニーの頭に手を置いてポンポンと撫でた。
「海の方にふらふらと歩いて行くから、ちょっと気になって見てたんだ。本当、無事で良かった」

 スキル『鑑定』を習得しました。

「え」
 びっくりしてそばの男を見上げる。男もびっくりした目で見ている。

 少年がレニーの頭に手を乗せた時、彼のステータスが頭に入って来た。自分のレベルが低いのでそんなに大した情報ではないが。

 名前 ラッジ(仮) 性別 男 年齢 十五歳
 職業 漁師 冒険者
 スキル 泳ぎ、潜り、剣術、槍術
     魔法 土、水、風

(僕のレベルが低いのでこれだけだが、名前の(仮)ってナニ?)
 彼は冒険者をしているらしい。これは見逃せない。

「あなたは冒険者をしているの?」
「はっ? ああ、はい」
「この街に冒険者ギルドがあるの? 今度いつ行くんですか?」
 拳を握って前のめりになって聞く。
「あ、明後日ですね」
 レニーの食い気味の問いに、彼は目を瞬いて口元に手を置いて答えた。

 まだ聞きたい、もっと聞きたい、色々な事を。冒険者ギルドとか異世界の醍醐味そのものではないか。

「坊ちゃん」
 戻って来たエリアスに制止されて、はっと気が付く。レニーはお屋敷の箱入りのお坊ちゃまであった、自分の立場をすっかり忘れていた。
 誰にお願いしても冒険者など許されそうもなかった。握っていた拳を降ろして、仕方なくその場をあとにする。
 
「坊ちゃん、冒険者ギルドなんか荒くれ者の集まりですよ」
 エリアスが忠告の様なお小言を零す。睨みつけられて首を竦めた。今日明日は大人しくしていようと決めた。


 レニーは当然のことながら冒険者ギルドに行くことにした。
 異世界の醍醐味その三は、もちろん冒険者ギルドに行って冒険者になる事だ。王都の学校が望み薄なので、冒険者になるという選択肢を用意したい。ギルドの場所を調べて、従僕のエリアスが忙しくしている朝一番で家を抜け出した。

 家は広くて警固の者もたくさんいる。テラスからそろっと外に出て、誰も居なさそうな生垣の側に行くと「坊ちゃん、何をしているんですか?」とのんびりした声がした。庭師が重そうな袋を担いで立っている。
(ヤバイ、どうしよう)

 そういえばスキル『隠蔽』が、あったんだった。すっかり忘れていたな。
 その時、庭師が下働きの召使に呼ばれて行ってしまった。

 今のうちに──。
 レニーはそっと木の陰に隠れて周りを見回した。『隠蔽』と呟く。
 ステータスを見ると状態の所に隠蔽中とある。何となく自分の手が半透明になっているような気がする。そっと生垣に沿って歩き出した。なるべく警固の者に近づかないようにして屋敷を出て、そのまま冒険者ギルドに向けて走った。

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