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01 異世界に投げ込まれる
しおりを挟む落ちる──!!
ドボンッ!!
気が付いたら海の中、しょっぱい水が口と言わず鼻と言わず押し寄せて来た。
高い所から落ちたらかなり沈むんだ、上も下も横も分からない。
うげっ! がぼっ! ぐっ! じぬ!! ぐっぐっぐるじ~~~!!
(いやだ、死にたくない、誰かっ!!)
必死で明るい方に水をかいた。その手を誰かががっしと掴んでぐいぐいと海面に向かって引っ張ってゆく。ザバッと海面に出た。助けてくれた手は、頭を抱えてそのまま海を少し泳いだ。
「無事か!」
目の前に、にょっと手が出て船の上に引き上げられる。
「ぐえー!! がぼっ、ぐえ……」
船の中に転がって海水を吐き出した。
誰か知らない手が背中をさすってくれる。濡れた衣類が気持ち悪い。
「坊ちゃん、大丈夫ですか」
(坊ちゃんて誰? ていうか、ここ何処?)
木造の船にいるようだが。
船に引き上げてくれた男はシャツに半ズボン姿だ。船に二、三人いて、櫂で船を漕いでいる。
ザバッと音がして、助けてくれた男が船に上がって来た。浅黒い肌にグレーっぽい髪、ポタポタ落ちる雫を顔を上げて振り払って、髪を後ろに手櫛でかき上げながら覗き込んだ瞳は綺麗な緑色だった。
「大丈夫か?」
ぐるりと周りを見れば、日に焼けた肌の男たちは皆、髪が長くて口の周りはひげだらけ。そのひげとか髪とかが茶色とか金色とか赤色とか、目の色が茶とか青とか緑とかで、彫りの深い顔立ちも身体のごつさも見知ったものと全然違う。
(全然大丈夫じゃない。もう一度言おう。ここは何処? 僕は誰?)
ああ、目が回る。そして、気を失った。
◇◇
目が覚めるとベッドに寝かされていた。肌触りの良い寝間着に着替えていて身体もすっきりしている。広い部屋には天井から小型のシャンデリアがぶら下がっているけれど、部屋は明るくて明かりは灯っていない。
(ここは何処だろう……。
僕が住んでいた狭いボロアパートと全然違う)
(僕は大学生だった)
ひとりでアパート住まいで、バイトに明け暮れる日々だった。
久しぶりにお金と時間に余裕が出来たのか、何かのコンパに呼ばれて行ったんだった。出されたお酒を勧められるままに飲んでいたら、急に気分が悪くなって会場の片隅で寝込んで、あと覚えていない。
(もしかして僕は、あの時死んだのだろうか?)
自分の名前も思い出せないが──。
ゆっくりと自分の手を見た。白くて細い子供の手だ。握って開いて、白い手が握って開くを繰り返す。「ふう……」と、小さく息を吐いた。
これは小説で読んだ、流行りの異世界転生というやつだろうか。
神も女神も何も出なくて、いきなり、この世界に文字通り放り込まれたけれど、神がいるのなら文句を言いたい。転生前の記憶が戻るのが、海に落ちる直前とか、やめて欲しい。何のために転生したというのか。魚のエサになる為とか嫌すぎる。魔物の前でも嫌だけど。
コンコンとノックの音がして黒髪の少年が入ってきた。
「坊ちゃま!」
ベッドを見て彼は驚いて外に出て行った。
(今のは誰だ?)
(僕は知っている。さっきのは僕の従僕のエリアスだ)
子供付きの召使いがいるとか、この家はお金持ちなんだな。もしかして貴族だったりするのかな。
ぼんやりと考えていると、またドアをノックして先程の少年がドアを開いた。先にベッドに来たのは栗色の髪の壮年の男だ。後ろに、顎髭を生やし眼鏡をかけた五十がらみの男と、執事らしき黒服の男を従えている。
「レニー、気が付いたか」
(この男は誰だろう。レニーとは誰だ?)
(レニーは僕の名前だ。この男は父親のモーリス・ルヴェルだ)
頭の中の記憶が答えをくれる。
(父は貴族……? いや、商人だな)
「失礼します」
眼鏡に顎髭の男がベッド脇に来て、診察し始める。この男は医者のようだ。
「ご自分のお名前が分かりますか?」
医者が聞いてくる。
(僕の名前……)
「僕はレニー・ルヴェル……」
自分の口から出た言葉が頭の中にゆっくりと浸透する。
「もう大丈夫でしょう」
医者がレニーの様子を見て頷いた。父がホッとした顔をレニーに向ける。
ベッドの周りにいた者たちも、一様に表情を緩ませる。
「しばらくは安静になさった方がよろしいでしょう。お薬を出しておきますので、毎食後に飲むようにしてください」
「分かりました」
父のモーリスはレニーの頭をぽんぽんと撫でると、医者と一緒に出て行った。
従僕のエリアスが部屋に残ってレニーの世話をする。
「坊ちゃま、お水を」
「うん……、ありがとう」
海水を飲んだので喉がイガイガだった。エリアスがレニーの上半身を支えて起こし、水の入ったコップを口に持って来る。
ゆっくりと少しずつ飲ませた。乾いた喉を水が潤す。
「坊ちゃまが海に落ちて、三日三晩、昏睡状態で私は気が気ではなかったです」
従僕はそう言ってやつれた顔を向ける。
(そんなに寝ていたのか!)
記憶を取り戻して錯乱して、一時的に意識を閉じたのだろうか。
思い出した前世の記憶と今世の意識が、三日かけてゆっくりと融合して、混乱が抑えられたのか。相性が悪かったら分裂するだろうし、混じり合って溶け合ったら、それが一個の人格として機能するのだろうか。
「お気が付かれて本当にようございました」
「うん、エリアス。心配かけたね」
その言葉を聞いてエリアスは少し首を傾げた。
(何か変な事を言っただろうか?)
前世の記憶を思い出したから、今までとまるで同じという訳じゃないだろう。
まあ変なことを言ったとしても、今なら海に落ちて一時的に混乱しているという事で誤魔化せてしまえるだろうか。
「お腹がお空きでございましょう。後でスープをお持ちしますね」
エリアスはレニー付きの従僕で歳は十五歳。海辺の街ではよく見かける黒髪蒼瞳の少年だ。
(しかし、僕は何で海に落ちたんだったっけ?)
海の上に飛ばされたような気がする。周りに誰もいなかったし、何もなかったような気もするが。
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