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それでも僕は魔道具を作る 二章
十二話 魔境で決戦
しおりを挟むという訳で魔境に行きたいんだけど、どうすればいいんだろう。僕は一度魔王様に連れられて転移しただけで、魔王城しか行ったことはない。
魔族の侍女さんや騎士さんが案内してくれた。
魔族は一旦こちらの大陸のゲートに転移して、そこから魔境のゲートに行く。何かあるとゲートが封鎖されて往来が出来なくなる。大陸には契約を結んだ各国、魔境には二か所あるという。各ゲートには魔族の兵士が配備されている。
今、転移のゲートを通れるということはやっぱりあらかた片付いたんだろうな。転移のゲートは窓のない八角形の小さな建物の中で、二重に囲まれておりそこから扉を出て通路を歩いて行くと、3階建ての機能的な建物に着く。
僕たちを見ると兵士が敬礼をした。護衛の騎士さんが出て敬礼を返す。
「ご苦労様です」
「ご苦労様!」
「馬車の用意が出来ておりますが、こちらで休憩を取ってお出かけください」
「分かった」
護衛さんやら侍女さんやらは別室に行って、僕らは豪華な休憩室に案内されてお茶の時間になった。
出されたのはフルーツケーキとプリンアラモードだ。フルーツたっぷり。クリームたっぷり。コクのあるプリンに甘味と苦味のカラメルソースだ。
いつか殿下と帝国のお屋敷で食べたっけ。もうずいぶん昔の事みたいだ。
メロンも桃も苺も美味しい。アイスも乗っかっているし。
「これ美味しい」
「魔境って果物が濃厚で甘いな」
「甘いがむつこくなくて最高だ」
うん、好評だと嬉しい。
建物の中に馬車が用意されていて、魔族の騎士さんや侍女さんと一緒に乗る。
外に出ると馬車だまりみたいな広場があって、そこから各方面に街道が繋がっている。
魔境の馬車は空ウミウシが引く。空ウミウシは低空を飛ぶカラフルな奴で、海にいるのは毒があるが、空のは毒のない種類だという。
非常に低空、地上30センチ程をヒレをぴらぴらと動かして馬車位の速度で飛ぶのだ。魔素が無いと生存できなくて野生種は魔境の森にしか棲息していないとか。
このウミウシを馬車の車体の前後に取り付けたのが魔境の馬車だ。
魔族の侍従さんが行きたい方面を指示すると街道に沿って走り出した。
「なんか面白いなー」
「揺れないし楽だね」
「寝るなよー」
「殿下からの知らせでは強い奴はあらかた倒したそうなんだけど」
「どっちに行くんだ」
カール君が磁石を取り出して方向を示す。
「こっち」
「え、そっちは誰も」
「こちらには川と河原があるだけですが」
魔族さんたちが言う。石っころだらけの河原で真ん中を小さな川がくねくね曲がって流れていて辺りは低地が広がっている。雑木林がぽつぽつあって背の高い草がぼうぼう生えている、狩場には良さそうな場所だ。
「でもこっちなんだ」
「じゃあ行くしかないのか」
カール君の磁石は河原の方を指している。
普通の馬車は街道から逸れないようになっているそうだけど、この馬車は御者のいうことを聞く特別製だそうだ。
「行ける所まで行ってみますか」
「そだね」
「こっちに何かある筈だ」
「分かりました」
魔族の侍従が空ウミウシに命令を出した。4匹にちゃんと命令を聞かせなくてはいけなくて、かなり力のある人でないと出来ないらしい。
しばらく広い河原を進む。
「ねえ、あそこ。何かいない?」
「魔物?」
ざわっ。
羽のようなものが見える。動いているし。ちょっと弱々しいけど。
「あれって、アイツじゃない?」
「帝国の荒城に出て来た?」
「あのオカマっぽいへんな奴?」
それって気まぐれシルフとかいう奴じゃないだろうか。羽根も見えるし。
あのシルフを形容すると僕の頭の中の文脈が崩壊するので勘弁して欲しいが、一応説明を試みると、お化粧ゴテゴテでマッチョなオッサンシルフが、蜻蛉の羽みたいなのを背中でヒラヒラさせていて、何故か赤いハイヒールを履いている、と。
近付くとやっぱりシルフだった。結構ボロボロだけど大丈夫かな。
「腹立つわ、もうほんとに!」
口は達者なようだけど。ジュールがヒールレインを唱える。優しい雨がシルフの身体にキラキラと舞い落ちる。
「ふう……」
シルフは起き上がって座り込んだ。
「まあ、ありがと」
どうやら酷い怪我ではなかったようだ。
「飛ばされちゃったのよ。アタクシをよ?
アタクシ、風のシルフよ。それなのに──」
憤懣やるかたない調子で喋る。
「誰にやられたんだ?」
「アラクネに決まっているじゃない、あの蜘蛛がっ!!」
「あいつ何処に居るの?」
「その川の上流にある城に棲んでいるのよ」
何とこんな近くに居るとは。ゲートが近いから逃げ出しやすいのかしら。
「そっか、行かなくちゃ」
「待ちなさいよ、そのまま行ったらあいつの餌食よ」
シルフは逸る僕らを引き留める。
「鏡を出すわ。アレを付けて」
「何を?」
「真実が見える糸よ」
そう言ってシルフが出したのは姿見に出来るような鏡板三面だった。
「この大きな鏡三面に付けるのか?」
「ええ、早くおやんなさいよ」
相変わらず人使いが荒いシルフだ。
「わ、分かった」
カール君にも手伝って貰ってやっと大きな三面鏡は真実の鏡になった。
「これでお返ししてやれる、ふっふっふ」
鏡を仕舞いながらニタリと嗤うシルフ。
だからそんな顔で笑うと怖いって。
***
「何処に行くのよ、こっちよ」
シルフがアラクネの居場所に案内するという。
パタパタと飛ぶシルフの後を空ウミウシの馬車に乗ってついて行く。
やがて川の向こうに古い土塁があってその中に平城が見えた。煌びやかなお城じゃないけど蜘蛛だからいいのか? 土塁はちょっと高くなっていて、ウミウシの馬車で行けるのかと思ったがシルフが風を送ってくれて、ひょんと土塁の中の広場の真ん中に降り立った。
広場は蜘蛛の糸で一杯だ。
「ここよ」
上からシルフがパタパタと飛びながら腕を組んで周りを見回している。
「エリク!」
魔王様とヴァンサン殿下が翼を広げて飛んで来た。後ろから魔王城で見た魔族がついて来る。殿下は僕たちの馬車の側に降り立った。
わーい、本物の殿下だ。
僕を抱き寄せて、羽で隠してキスの雨を降らせてくれる。
「ヴァン、後になさい!」
魔王様の叱責が飛んで殿下は嫌々僕を離した。
アラクネと魔王様に謀反を起こした魔族は、追い詰められて土塁の城に逃げ込んだのだ。ヴァンサン殿下は母親と一緒にお城を包囲していたが、エリクが来たので土塁に敵が隠れているのが分かった。
どうもこそっと逃亡しようとしていたらしい。
「ふははは……、貴様らここで死にたいのか!」
大仰な哄笑と共に、白い髪と赤い瞳のすかした男がブルーの長いドレスを纏ったダークブロンドの美しい女と土塁の櫓から出て来た。女はデカい胸の深い谷間を晒している。こいつらが今回の事件の張本人だろうか。
その時、上空にいたシルフが出て来て鏡を取り出した。女の周りに鏡をパタパタと立てて囲む。
「真実の鏡よ、その女の本当の姿を映し出せ!」
「きゃああ!!」
女の悲鳴が響いた。
「気まぐれシルフじゃないか」
「河原で倒れていたんだ」
殿下が呆れ顔で言う。僕が説明すると成る程と頷いた。
「さあこの女を見て!」
シルフが鏡をサッと上空に取り上げる。
「真実を見るのよ!」
「きゃああぁぁーー!! 見ないでえぇぇぇーーー!!」
何と、そこには腰から下に巨大で醜悪な蜘蛛の足がにょきにょきと生えた魔物がいたのだった。
「な、何だお前はバケモノじゃないか!」
隣にいた男は女、いや蜘蛛からパッと離れた。
「何を言うやら、この身体を何度も愛でたくせに、愛していると囁いたくせに」
「うるさーい!」
喧嘩になった。
「いい加減にせよ。魔王になりたくば、先に私を倒してみよ」
「殿下」
ヴァンサン殿下が二人の前に出る。
「へえ、いいのかい?」
すかした男がニヤリと笑う。
「禍根は除かねばな」
うへ。殿下、凄みのある笑いだな。
「よかろう」
こいつも強そうだけど。
……、と思ったのも束の間、殿下と戦ってあっさり負けそうになるすかした男。見掛け倒しだった。
「くそう」
だがそいつは卑怯で姑息で悪だくみをしては逃げてばかりな奴だったのだ。
「さあ、コイツの命が欲しければ降参しろ」
(僕に向かって来るかー?)
殿下が腕を組んで見ているから頑張ってもいいよね。
「えい」
「ぎゃ」
拘束具改良版だ。よし、グローブも改良版だ。きゅこきゅこ。
今回は父上に鍛えてもらったから、少し力も上がっているんだぞ。
ぼかっ、ぐしゃッ!!
「よくも魔界を自分のものにしようとしたな。お前なんか、こんなに弱くって魔王になんかなれるもんか。卑怯な手ばかり使いやがって」
グシャ、ボカッ。
「さあ謝れ、殿下に謝れ、魔王様に謝れ、魔界の皆に謝れ。土下座だー!!」
「エリク……」
殿下に抱き上げられて、魔王様が魔族の騎士達を呼ぶ。
「拘束しなさい」
彼は捕まって魔界の鉱山送りになった。終身刑だそうだ。
蜘蛛は……、
蜘蛛って怖いんだよ、子供がばっと散らばって……。ぱあって広がってさ、でも、殿下が結界を張って散らばらない内に一網打尽にしたんだ。そして親も一緒に焼き払われた。ヘルファイア(地獄の業火)なんて怖いよね。
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