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それでも僕は魔道具を作る 二章
九話 メクレンブルク公爵
しおりを挟むマジックバッグは沢山作った。ニコラとジュール、それにカール君に二つずつ。殿下に三つ、僕も三つ。ルーマンさんに見本を一つ、そして魔道具科のグライツ先生に見せると言った。
マジックバッグってお高いから、それを作れる僕を殺しちゃうってもったいないとか思わないかなあ、という姑息な事を考えているんだ。
「「「ありがとう! すごいなエリクは」」」
お昼休みの食堂で、三人が異口同音に言う。ニコラとジュール、それにカール君に渡すマジックバッグは、軽いナップサック型のものとポシェット型のものを作ったんだ。色はとりどり、好みで選んでもらった。
「あんまり容量は無いんだ。大きなカバン一個分くらい」
「十分だよ」
重さを感じないし、個人認証を付けたから盗難に遭っても戻ってくれば大丈夫。
「どうしよう、俺なんも返せないな。せめて護衛をさせてくれ」
「私も、きっと何かの役に立つ」
ニコラとジュールが僕のメクレンブルク公爵領行きに同行を申し出てくれた。
「危険なんだよ」そう断ろうとしたけど「ボクも行く」と、カール君まで申し出てくれて結局「殿下に聞いてみる」と返事した。
僕はメクレンブルク公爵領に行ったら退場するらしい。それって殺されるってことだよね。僕はもう必要ないだろ? 彼らの目的はヴァンサン殿下なんだから。
どういう風に殿下が攫われて、どういう風に僕が始末されるか分からないんだ。
午後の六限で魔道具科の選択授業があった。
「先生、ここんとこが上手く行かないんですが」
僕は出来損ないのマジックバッグをグライツ先生に見せて教えを請うた。
「これは凄いね。しかし、これは分からないな。私が預かってもいいかな」
「はい」
シルフの羽の中に虫の羽をごく少量混ぜたんだ。材料がもったいないけど仕方がない。もう一度きっちり練り直せば、容量の少ないものが出来るだろうけど。
これで少しは寿命が延びたかしら。
***
僕が学校から帰ると、ルーマンさんが来ていた。応接室にはヘンなものが置いてあった。人形みたいな、これ、ホムンクルスって言わないかな。
「ええと、これが髪ですね」
ルーマンさんはプラチナブロンドのカツラを寄越す。
「目は付けておりますので、後は色と位置を調整してただけたら。皮膚はジェルで調整してください。音声はこちらです」
殿下はルーマンさんから変なものを購入した。そして僕に言うんだ。
「私に瓜二つにしてくれ」
どうしてこんなものを作るんだろう。
「私は魔境に行かねばならん」
ルーマンさんが帰ってから、おもむろに殿下は話しだした。
殿下は魔王様の為に、魔境に戦いに行くことにした。僕を置いて。
「アラクネ本体はどうも魔境にいるらしい」
あの夜会の時、僕が見たのは大きな蜘蛛だった。アラクネっていうのは蜘蛛に女性の胴体が付いたものらしい。あのタペストリーが後ろにあったからアラクネだと思ったけれど、アレは替え玉なのか、子分なのか。
「魔境の魔獣は強いし、魔境の住人も強い。
お前が行ったら一撃でやられてしまうだろう。
私にはお前を守る余裕も無いだろう」
僕は足手まといだから置いて行かれるんだ。殿下に見捨てられてしまった。
どうしよう。心のどこかでずっと殿下は僕を見捨てないって思っていた。とんだ思い上がりだよね。口惜しくて悲しい。そしてみっともない。
「エリク、そんな風に考えるんじゃない」
殿下は立ち上がって僕の前に跪いて、真摯に話しかける。
「幸いな事に、お前には水の守りと風の守りがある。私との契約もあるし、滅多な事では死なん。そうだな──」
殿下は少し考えて次の言葉を紡いだ。
「お前は行くべき所に行ってなすべきことをなせ。つまり、やりたいようにやれ」
ええと、やりたいようにやっていいのか?
それって、僕はやっぱり殿下と一緒に居たいんだけど。
明日の朝まだ暗い内にヴァンサン殿下は出て行くんだ。
夜のベッドで殿下の求めに精いっぱい答えたけれど、
キスして、殿下の身体中にキスして。
「エリク」
「ええとね、東方の怖いお話にあったの。昔、男の人が女の人と恋仲になったんだけど、その女の人はもう死んでいたんだ」
髪の毛の先までも指先も足のつま先まで全部──。
「男は後でそれを知って、その女が迎えに来るという日に、身体全体に死霊除けの魔法陣を描いて貰ったんだ。だけど耳だけ忘れて、死霊に持って行かれるの」
余すところなくアソコもココも全部。
「とっても怖いんだよ。僕はその魔法陣は知らないから、キスに魔力を込めるからね」
目も鼻も耳も口も、頭の天辺から足の裏まで全部、余すところなく。
「私もお前に魔力を込めよう」
「うん」
そうやってお互いに魔力を通わせて、一晩頑張った。
長くて短い夜が終わる。
「行ってくるぞ」
「うん……」
もう動けない。殿下が僕の髪を撫でてキスをして部屋を出て行く。
僕の側には殿下モドキの人形が残った。
***
メクレンブルク公爵家に一緒に行くのはホムンクルスの殿下モドキだ。僕はここから退場するまでこの子のお守りをするんだ。そう言えば殿下に、ここで僕が退場するってカール君が言ったことを話していなかったな。
まあいいか、好きなようにしていいって言ったもんな。
嫌がらせに殿下モドキの人形の中に、イッチの濃縮エキスをボールに詰めてグニャンと伸ばしたものを入れておこう。衝撃を受けたら弾ける仕様だ。
調べたら、蜘蛛が嫌いなのは柑橘系の香りとかシナモンとか、イッチの葉のミント系も嫌いなんだ。
「ピコ、全部持っていてね」
『分カッタ』
小さなマジックバッグを作って、その中に入りそうなものを全部詰めて、ピコの足輪に付ける。外側の大きさは変わっても中の容量は同じだ。馬車一台分とか、一部屋分とかいつになったら作れるのかな。
僕はイレギュラーだ。きっとアラクネのタペストリーに登場しない人物。死んだはずの、いない筈の人間。それが僕だ。
僕が頑張れば頑張るほど、物語はひずんで、ほつれて、歪んでいくだろう。どのくらい邪魔できるか分からないけれど、それでも神より勝る筈の完成品にはきっと劣るだろう。
***
メクレンブルク公爵家から迎えの馬車が来た。乗っていたのは公爵の侍従で護衛が二人ついていた。
「友達も一緒なんだけどいいよね」
ほとんど決めつけ気味に聞いた。
「いいですとも」
ニコラとジュールとカール君を学校で拾って、僕たちの馬車に乗せる。もう一つの馬車には侍従と侍女が乗っている。
帝都からメクレンブルク公爵領の領都ヒルデスハイムまで五日の旅だ。街道は整備されていると聞く。
馬車が三台、護衛が六人でお忍びの旅といった感じだ。
殿下モドキの人形はちゃんと殿下の真似をしている。まあ大抵は馬車の中だし、宿屋の食事はお部屋の中だけど、僕がそばに居るとちょっと表情が嬉しそうだし、「エリクが可愛い」とか「お前は私が守ってやる」とか言いやがる。
懐きそうだよ、殿下モドキに。
帝都から馬車に乗って五日、メクレンブルク公爵領の領都ヒルデスハイムに着いた。公爵の両親は領都の外れの別荘にお住まいだそうで、次の日、殿下モドキと僕だけが別荘に向かうという。
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