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それでも僕は魔道具を作る 二章

七話 ウツボカズラ掃討戦

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 学校が半日の日にニ限目からサボって、ニコラとジュールと一緒に帝都の南にあるリッベン湿地帯に行った。手前に大草原があって、小高い丘がある。そこまで乗り合い馬車が走っている。
 殿下には手紙を飛ばしたから大丈夫だ。うん、きっと。

 丘の下からずっと湿地が広がっている。
「広いな」
 どういう訳かカール君も一緒だ。大丈夫なんだろうか。
「執事とか侍従とか護衛とかいないの?」
「いるけど、引き留められるだろう」
 おや、なかなかのやんちゃ坊主だね。人のこと言えないけど。
「どうせボクなんか、居ても居なくても同じだ。成人したらさっさと臣下に下って出て行くんだ」
 ここにも拗らせた奴がいた。
 コホン。取り敢えず、黄色の防御玉を踏もう。グシャ。
「わっ!」
 約一名、びっくりした奴がいるけど最初はこんな反応だよね、みんな。

「これ、『回避』と『疾風』のタリスマン作ったんだ」
 小さい銅貨くらいの大きさのミスリル銀に魔石を二つ付けて、風の模様を巻き付けたペンダントトップをそこに居る三人に配る。
「ありがと、エリク」早速首のチェーンに付けるニコラ。
「綺麗だな」じっと見てから腕のブレスレットに付けるジュール。
「すごいな君は」カール君は両手でじっくり見ている。
 えへへ、そう言われるの、ものすごく嬉しいんだ。
 

 広くてどこまでも続く湿地帯。うねった川が湿地を縫うように流れ、浮島の様な足場の間には、足を踏み外せばどこまでも沈み込んでいく沼地がある。
 所々に木の生えた大きな浮き島があって、水際には葦のような背の高い草が生え、細い足の鳥が木の陰から不意にバサバサと羽音を立てて飛び上がる。長い棒を持って足場を確認しながら歩くけれど、注意がそれると危ない。

 どこにウツボカズラはいるのか。こんなんで見つけられるのか。
 ズルッ。おっと危ない。焦っている。
 いけない、心を落ち着けないと。
「向こうに何かいるぞ」
 ジュールの言葉に顔を上げたが攻撃が来たのは足元だった。

 ひゅんという音と共に蔓が伸びて足に巻き付いた。引っ張られる。
「わああーー!」
 持っていた棒で突っ張るが、向こうの方が力が強い。
「エリク―!」
「くそう、『風の刃』」
 しかし慌てて飛ばした僕の『風の刃』は蔓に当たりもせずに、ひゅんひゅんと空の向こうに飛んで行った。
「焦っていると当たらないや」
「エリク!」
 ニコラが手を伸ばして僕の手を掴んだ。それでもズリズリと引っ張られて行く。

「くらえ! 『雷撃』」
 カール君が雷の魔法を放つ。
「え、ちょっと待って、僕も焦げちゃう」
「止めろ! こっちまで黒焦げにする気か!」
 ジュールが叫ぶ。同時に結界を張った。
「狙ったんだよ」
 ドシャーン!! バチバチバチ。
 確かに僕の足を捕まえている株に雷撃が飛んで行って直撃した。僕は自由になった。でも株は焼け焦げた。そして、こっちにバチバチと水を伝って雷撃が来る。
 湿地だし水場だし。結界に跳ね返されてバチバチとどこかへ行ったけど。
 起き上がって濡れた上着を手早く風魔法で乾かした。

「ウツボカズラが真っ黒だ」
「はあ……」
「ここら一帯にいるみたいだね」
 見渡せば、ウツボカズラの群落があった。襲われたと認識したウツボカズラが、一斉にこちらに向けて蔓を伸ばす。
 コツコツと結界に蔓が当たる。これ、ちょっとやばいんじゃないか。

 臨戦態勢を整えようとしたところで、不意に恐ろしい声が降りて来た。
「きさまは、また黙って出て来て!」
 うへ、不味い。
「動きを止めるから切っていけ!『パライズ』」
『雷撃』によく似た魔法がバチバチと辺り一面に落ちた。ヴァンサン殿下の魔法でウツボカズラは痺れた。
「はいっ!」
 ニコラが真っ先に、結界を解除したジュールも後を追って、僕も追いかける。カール君が一番後からやってくる。
 びりびりと麻痺しているウツボカズラの袋をナイフで切って取り、蔓を切るとウツボカズラはへたりと大人しくなった。袋の中に入っているモノを畳んで絞り出してから、沼の水ですすいでもう一度ぎっちり畳む。よし、回収。
 ついでに蔓も頂いておこう。素材になる模様。
 ヴァンサン殿下が来ると早いなあ。途端になくなる緊張感。ズリッ!
「わっ」
 沼に落ちそうな所を引き上げられた。
「お前は」
「違うんだ―、これは」
 睨む瑠璃色の瞳が怖い。

「ウツボカズラはもういいか?」
 ニコラもジュールもカール君もたくさん回収している。やっぱりマジックバッグ欲しいよね。僕も十個余りは回収したな。
「うん」
「ついでにこれからアプト山に行こう」
 何か予定があっただろうに申し訳ないが、そう言ってくれるのなら行くしかないな。ニコラとジュールを見ると頷いた。
「はい」

 後ろから来たカール君を見てヴァンサン殿下が問う。
「君は?」
「カール君。マドレーヌ嬢の従兄弟だって」
 カール君は軽く目礼をする。
「君が──。夜会の庭園にいた子だな」
「知っているの?」
「ああ、皇帝の、今は長男だな」
「今?」
「十四歳?」と聞く殿下に「十五歳になった」とむすけて答えるカール君。
「今はって、お兄さんは?」
 殿下の言葉から考えたら兄弟がいたんだよね。何気なく聞いてしまったけれど、
「亡くなった」返事は惨いものだった。
「うわあ」
「二人、毒殺と謀殺。姉も──」
「ごめんー、止めてー、うかつに聞いて悪かったー」
 血塗られた帝国とか勘弁して欲しい。頭を押さえて蹲りそう。陰謀とか、心の闇とかもういや、マドレーヌ嬢の死はかなりショックだった。でも縋るっていったら殿下しかいない訳で。
 殿下が脇から手を回して持ち上げて、湿地をそのまま渡ってくれた。
 うう、弱くてごめんよ。

 乗合馬車が止まった辺りに、クレマンさんが馬車で迎えに来ていた。
「お弁当はアプト山に景色の良い所がございます」
「ではそこで」
 使い物にならない僕を馬車に乗せて、「乗って」と皆を乗せて出発する。


 アプト山に連なる小さな小山に開けた場所があった。見晴らしがよくて向こうに広大な王都の街並みが広がっている。その真ん中あたりにそびえる宮殿がその栄光と威容を誇っている。縦横に流れる運河にかかる橋を渡ってここまで馬車で来た。湿原はすっかり遠くになって見えない。

「これって何?」
 カール君が黒い三角のものを両手に持ってじっと見つめている。
「おにぎりだよ。学食にもあるけど」
 三角のおにぎりに黒い海苔を巻いたものを食べている。
 テーブルに広げられた、たくさんのおにぎりに唐揚げなどの揚げ物、鳥と根菜の煮物、卵焼きなどのおかずと漬物。ミソスープとお茶。
 僕のおにぎりの中に入っているのは鮭だ。当りだ。
 帝国は沢山の国を併合してきた国だし、帝都の学校には各地から学生が集まってくるから、食堂には各国の郷土料理が並んでいるんだ。

「ボク食べたことない。この前のも初めて食べた」
「何処で食べてるんだよ」
 ニコラが遠慮なしに聞く。
「え、この前までサロンで」
 帝国の学校にも皇族用のサロンがあるんだな。
「もしかしてお毒見付きのヤツ?」
「ああ」

「カール君て皇子様なんだな」というジュールに、
「あまり馴れ馴れしくしたらいけないの?」と聞く僕。
「俺たち殿下って言った方がいいか?」とニコラ。

 カール君は顔を顰めて、さっき湿地の丘で言ったことを繰り返す。
「いや、呼び捨てでいいんだ。ボクは十六歳になったら臣下に下るんだ」
 だがそれに殿下のダメ出しが入る。
「それはなかなか簡単にはいかぬぞ」
 子供が十人以上いても難しいのか。いや既に何人か減って……。

 ヴァンサン殿下は帝国に来る前に臣下に下ると言っていて、すでに国王陛下にも了承されたと言っていたけど、まだ第一王子のままなんだよな。
「殿下も難しいの?」
「まあな」
 殿下は一番上の子供だし、出来はいいし、正妃の子供は殿下しかいない。
 でも、ルイ王子がいるしなあ。それに、魔界では魔王様の跡継ぎみたいに言われているけど、どうするのかな。
 結婚してよかったのかしら。帝国は自由だけど、バルテル王国は同性婚なんて認められていないし、もし帰国したらどうなるのかな。


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