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それでも僕は魔道具を作る 二章
六話 魔窟
しおりを挟む「あの蜘蛛の後ろに大きなタペストリーが見えたんだ。宮殿は蜘蛛の糸で一杯だった。僕は怖くて何も出来なかった」
ウツボカズラは気分が悪かったけど、怖くなったのはアラクネの所為だ。
アラクネの織り込んだ物語で、ヴァンサン殿下はウツボカズラに飲み込まれて喰われてしまうのか。
そしてアラクネは魔王と同等の力を手に入れるのか。それとも次の世代に──。
「ねえ、もう物語は出来上がっているのかしら、まだかしら」
「エリク」
「神様でも勝てないんだ、どうすればいいの?」
そう言えば、大抵ここらで出てくる魔王様はどうしたんだろう。
帝国に来てから一度も会っていないけれど。
「魔境は今、反逆者が現れて手を焼いている。魔王が女性という事を反目材料に煽っている輩もいてな。思ったよりも早くバルテル王国が落ち着いたから、魔境もそうはかかるまいが、そうか、アラクネか」
腕を組んで考えこむ殿下。
「あの将軍が言ったこともあながち間違いではあるまい。帝国はバルテルだけでなく魔境も狙っていたと見える。飛んで火にいるとは私の事か」
「僕はこっちに来てたくさん学べて良かったと思う。王国の良さも再認識したし」
「だが、タペストリーはほとんど織り上がっているんだな」
「うん、多分……」
正直、ちょっと自信がないな。
『ワタシガ、見セテヤロウ』
大人しく僕の頭に乗っていたピコが不意に喋った。
「ピコ!」
「わっ」
ルーマンさんがびっくりして、ソファの上でひっくり返っている。
「ほう、もう喋れるのか。では見せてもらおうか」
殿下の言葉でピコが姿を現した。僕の頭の上で羽を広げる。
カッ!!
夜会の会場になった。
目の前にいるのは皇太子レオニー殿下。挨拶をして、扇を持ってテラスに行く。
途中で振り返ってレオニー殿下を見ると、
その横に蜘蛛が居たんだ──。
場面は夜景になって、ピンクの絨毯の上を歩いてくるカール君。
そして、皇帝陛下とメクレンブルク公爵がいる。最後の場面だな。
ヴァンサン殿下の陰に隠れて扇を広げて会場を探している。
そして、動きが止まる。レオニー殿下がいる。その後ろ──、
レンズの向こうに恐ろしいモノがいる。僕は蜘蛛が嫌いなんだ。ピコはどうしてこんなにくっきりはっきり見せてくれるんだ。
蜘蛛だ。蜘蛛の後ろに巨大なタペストリー。
上から下まで見た筈だ。
上は綺麗な縁飾りが出来上がっている。下もほとんど出来ているな。最後の仕上げをしているのだろうか、縁飾りまであと少し。
目を逸らせて夜会の広間を見回している。
蜘蛛の糸が張り巡らされた大広間が映し出される。
映像が終わる。
しばらくしてルーマンさんが掠れた声で聞いた。
「い、今のは……?」
「この前の宮廷の夜会の様子だな」
豪華な宮殿がまるで魔窟だ。しばらくは誰も口を開かない。
しばらくしてヴァンサン殿下がルーマンさんに問いかけた。
「ルーマンさん、その手紙を発売した商会は、どなたと組んでいるか分かりますか?」
「それが、なんとメクレンブルク公爵なんですね」
ルーマンさんが速攻で答える。頭の回転が速い人か、切り替えが早い人か。
「そうなんだ……」
やっぱり僕は向こうで排除されるのだろうか?
「その商会は向こうに支店があるか?」
「本店がありますよ。帝都は支店なんです」
殿下が帝国の地図を取り出して、ルーマンさんと位置を確認する。
メクレンブルク公領の東に領都がある。商会の本店はさらに東寄りにある大きな街にあるという。街の近くを大きな川が流れている。川の辺りは領地が入り組んでいて、帝国直轄の領地も小さな地方領主が治めている領地もある。
川の向こうはバルテル王国だった。僕の父親のシャトレンヌ公爵領だ。
シャトレンヌ公爵も巻き込む積もりか。この前のシュヴァルツ将軍の襲撃が成功していたら、どうなったろう。
僕が居なくて、マドレーヌがヴァンサン殿下とこちらに来るのか。
いや、考えても仕方がない。どっちにしても、もうこの国に来ている。
ルーマンさんは額の汗をハンカチで拭いながら考え込んでいる。
「我々と手を切らせようという魂胆ですかね」
ノイラート商会は大きい。帝国に大きな影響力を持っているのだろう。取り変わりたいとか、一部だけでもとか思う人はいるだろう。
帝国は近隣のあちこちの国を従えて大きくなった。内部は一枚岩ではないだろう。大きくてたくさんの人がいてエネルギーがあって、それは何処に向かうのだろう。誰が誰と組むのか、それは顕微鏡で見る小さな生き物の世界のようだ。
「アラクネの事を聞いてよかったですよ。疑うところでした。しかし、かなりうまく組んで編み上げていますね。物騒だが実に素晴らしい」
彼は商人だから商品の方に目が行くんだな。
「少しずつズレてはいるけど、大本は変わらないのかな。ずれをもっと起こせばどうにかなるんだろうか」
分からない。
この物語は続いているのか。どこから続いているのだろうか。そしてどこへ向かっているのだろうか。
アラクネが帝国の宮殿にいるのだから、結末はここだろうな。多分。
「このまま、あいつの織った織物の物語通りに行くのは嫌だ」
僕はこぶしを握って宣言する。
「また下手なシナリオを押し付けられるのか」
とても嫌そうな顔の殿下。
「アンタって、どうしてそういう役回りなんだよ」
「知らん」
「知っとけよ! その指輪外すなよ、もっといいものを作って見せるから」
ルーマンさんは喧嘩の仲裁をしないで考え込んでいる。
殿下に指輪を押し付けたけれど、外されたらどうしようもないな。僕も呪いが出来ないかしら。何かないかしら。
僕は蜘蛛が嫌いなんだ。
***
「ねえ、エリク君」
「はっ、なに?」
ぼんやりと思いに沈んでいた僕が浮上すると、目の前にはカール君がいた。
魔道具科の授業の終わった後の教室で、生徒の半分はいなくなっていた。
「これさ、ルーペ作ったんだ。このルーペ君にあげる」
それは蒼い皮で出来た四角い小さな箱のようで、角に留め金が付いていてレンズが引き出せるようになっている。
「この前のレンズを付けたらいいよ。あの糸でボクは導きの糸を作って付けた。君とお揃いにしたんだ」
カール君は嬉しそうに水色の皮のルーペを取り出して見せた。
僕は知らずに蜘蛛の糸に絡め捕られていたんだな。嫌いだ、嫌だ、で逃げているだけじゃ何も解決しないよな。
「ありがとう」
蒼い皮のルーペを受け取りながら僕は心からそう言った。
「男同士で気持ち悪いー」
「ねー、おかしいよねー」
レーヌが他の女の子と聞こえよがしに囁いている。
グライツ先生はカール君のルーペが気になるようだが、カール君はさっさとそれを懐にしまった。課題は何を提出したのかな。
僕は覗き込むと、中に入れたビーズが勝手にぐるぐると渦を巻く万華鏡を作ったんだ。目が回らないようなスピードにするのがとても面倒だったっけ。
「何だー、万華鏡なんてつまんないー」とレーヌは言ってくれたけど。
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