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それでも僕は魔道具を作る 二章
五話 ピコ
しおりを挟む学校に行ってニコラとジュールに相談して、ウツボカズラとシルフに行く日を決めた。
今日の昼食はピラフにポテトサラダ、コンソメスープ。隣でカール君が同じものを食べている。ニコラは唐揚げ定食、ジュールはオムライス定食だ。
「ジュールのオムライス美味しそうだな」というと少し分けてくれる。
僕もピラフをジュールの皿に乗せた。隣のカール君がじっと見るのでオムライスを一口分皿に置いてやったら嬉しそうに食べて「デザートは任せて」と、宣った。
「何でカール君なの?」
ジュールが聞くので「何となく」というと「ふうん」と今度はカール君を見る。不敬なのかもしれないが、まあいいや。カール君は別に咎める気もなさそうだし。
「カール君はアラクネをどう思う?」
宮廷に巣くっている蜘蛛について聞くと眉を顰める。
「ボクは答えられないんだ」
「そうなの、じゃあ僕はどこまで組み込まれているのかな」
あのタペストリーはどこまで織り上がっているのか。
「君はマドレーヌの代わりだ」
イヤな言葉を言うのね。ここまで来てまだマドレーヌの代わりだと?
「何処で退場するのかな」
「……、北に行ってから」
北……、確かメクレンブルク公爵の領地が北の方角だったよな。
マドレーヌ嬢はメクレンブルク公爵と血の繋がりはないから、そこで処分されるのかな。
「ありがとう」
カール君は言えることは言ってくれるんだな。事実かどうかはすぐ分かるし、準備を進めておいて損はない。
明るい春の日差しの中、ここだけどんよりと重い空気が満ちている。のだが、デザートは別腹だ。おごりだし。
「カール君、僕イチゴショートとミルクティー」
「俺はチーズスフレとコーヒー」
「私はアップルパイとレモンティー」
ニコラとジュールは涼しい顔をして注文する。カール君はちょっと拗ねた顔をして立ち上がった。
***
整備された帝国の街並みは整然とした黒と灰色であまり色味は無い。しかし住宅街に入ると様子が変わって、街路樹が明るい緑に芽吹き、花壇にとりどりの可愛い小花が溢れている。
学校でも宮廷でもピコは大人しくしていた。僕はピコに話しかけなかった。魔道具科で苦情が出たんだから、他でも出るだろう。気配を気付かれたら困る。
でも、あんなアラクネみたいな大物だとどうなんだろう。
帰りの馬車の中でピコに話しかける。
「ピコはアラクネに気付かれなかった?」
『大丈夫ダ。三重ニ隠シタ』
「そっか、よかった」
『回避ト疾風モ付ケルガ良イ。モウ少シ練ルノダ』
「分かったよ、師匠」
『師匠デハナイ』
「はいはい」
あれ? 今、ピコと普通に話していないか? いつレベルアップしたんだろう。
『真実ノ瞳デ、レベルアップシタノダ』
ああ、あのレンズを作った時にね。そう言えば帝国に来てからステータスを見ていないな。ステータスを念じて開くとレベルがかなり上がっている。バルテル王国でめちゃくちゃ暴れたからかなあ。
「ピコって、もうちょっと可愛いイメージだったのに」
喋ると声がもそもそと重たい感じで戸惑う。もっとレベルが上がったらくっきりはっきりした声になるんだろうか。
『可愛イダロウ』
ピコは僕の頭から降りて羽を広げて抗議する。うん、手のひらに乗るインコくらいの大きさで、一つ目でコウモリの羽だけどピコは可愛い。
撫でてやると嬉しそうに目を閉じる。ああ、頬ずりもしよう。すりすり。
『眠イ』
ピコは僕が堪能するまで撫でさせた後、頭に戻って大人しくなった。
ピコは夜行性で、殿下が戻ると知らぬ間に居なくなって、朝になると戻っている。夜に狩をしているとかで、何を狩っているのかは、知らないったら知らない。
***
僕は心配になって殿下へ『回避』と『疾風』の指輪を贈ろうとしていたんだけど『回避』にイッチの葉のエキスで作った成分を凝縮して混ぜ込む感じで乗せてみようかな。気分の問題だけど。僕のレベルで最強の『回避』と『疾風』を付けるんだ。
ピコの足輪の『エアシールド』と『コノハガクレ』も、もっと練って、ご要望の『回避』と『疾風』を練り上げるだけ練って付けてやろう。ピコにはイッチのエキスはいらないよね。
今日は家庭教師が来る日だけど、宿題があるからと時間を短縮して貰った。いつも真面目だと、こういう時に我が儘を通せるな。
ヴァンサン殿下が帰って来たので指輪を渡そうとしたら、来客があるという。
ノイラート商会のヘルミク・ルーマンさんがバルテル王国から来ていたのだ。どうしようかと思っていたらヴァンサン殿下が僕を呼んだ。
応接室に入ってソファに腰を下ろすと早速ルーマンさんが切り出した。
「あの手紙なのですが、既にほかの商会から発売されているのです」
ルーマンさんが眉を顰めている。
「そうですか」
同じことを考える奴は何処にでもいるんだなと思った。
「どうも腑に落ちなくて来てしまったのですが」
「はあ」
しかし、話は違うようだ。
「あれを作られたのはいつですか?」
つまり僕が学校で作って、魔法陣を魔道具科のみんなで協力して作って、その後すぐに発売されたらしいのだ。
手紙を殿下に渡したのはいつだっけ。二、三日後だったような気がするけど。
「ほかに何か作る予定がおありですか?」
「マジックバッグを」
「それは、しばらくは内密にしていただけませんか」
ルーマンさんは気がかりな様子で言う。
「いいけど、友達にあげようと思っているんだけど」
「あのお二人くらいならいいですが」
僕はこくこくと頷いた。マジックバッグは自分の為に作るんだ。欲しいから。
「ヴァンサン殿下、これ」
どうしようかと思ったけれど忙しそうだし、もうここで渡してしまおう。
「おや、指輪ですか」
「うん、『回避』と『疾風』が付いているの」
ルーマンさんに仕様を説明して殿下に渡す。高価なミスリル銀を奮発して作った。『回避』と『疾風』付与、イッチの特別エキス入りだ。
「宮廷に怖い人がいるから心配なんだ」
「誰の事だ」
指輪をじっと見ながら不審そうに聞く殿下。
「皇太子の奥さん……」
「皇太子じゃないのか」
「あの人は見た目通りの人だよ」
「ウツボカズラか」
ルーマンさんは冷めた殿下の言葉に驚いた後、拳骨で口元を押さえた。笑うのを我慢しているのか、噴き出すのを我慢しているのか。
「奥様とはルーチェ妃殿下の事ですか」
言ってもいいのだろうか。言う機会はまだあるだろうか。でもこういう場合、僕は言ってしまう人間なんだ。
「あの人はアラクネなんだ」
「アラクネ……」
アラクネの織った物語は誰にも負けない。神でさえも負けてしまうのだ。
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