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十三話 デコルテ
しおりを挟む秋が終わりに近付いて、もうすぐ社交の季節になる。
この頃ヴァンサン殿下は僕の寮の部屋に直接飛んで迎えに来る。帰るときも部屋まで送ってくれる。一緒にいるのを見られるのはとても危険なのだと言う。
「エリク、君にとびきりの舞台を用意してあげよう」
王宮の夜会が開催されるそうだ。
「僕は平民だから、王宮に上がれないんじゃないの」
「大丈夫だ。シャトレンヌ公爵が君の身元を保証してくれる」
「公爵が……?」
何で?
「行くかい?」
「夜会?」
「ああ、ドレスを送ろう。私が君をエスコートしてやろう。胸を何とかしろよ」
「アンタ、僕にドレスを着ろと──」
「自分の実の親かもしれん。一応見ておくのも悪くないぞ」
そうか、最初で最後になるかもしれないんだ。だったらアレが欲しいよね。
「殿下、アフリマンが欲しいのです」
「アフリマン? え? 何でここにアフリマンが出て来るんだ」
「その、心に刻み付けても、人は忘れる生き物なのです」
どこかで読んだ本の中の言葉だ。
「だから刻み付ける道具をですね──」
「呼んだー?」
話の途中で出てくる人がいる。
「母上……」
「アフリマンよ、はいどうぞ」
バサバサと羽ばたくアフリマン。片手に乗るくらいの大きさで、目玉一個と羽足以外は赤い色だ。手を差し出すとちょこんと乗って「ぴや」と鳴いた。
「あの、これ生きて……」
「可愛がってちょうだい。ああ、人にはインコに見えるようにしたからね」
「インコ? いや、その」
どう見てもアフリマンだよな、丸くて目が一個で羽根があって。
「ぴゃ」
「ヴァン、願いを叶えたから少し仕事を手伝ってね」
「母上!」
「ぴょ」
ナニコレ、可愛い。
ヴァンサン殿下は魔王様と共にいなくなった。
「お送りします」
クレマンさんがサロンから寮まで飛んで送ってくれた。
ホントきっちり仕事をしてくれる人だなあ。尊敬しちゃう。
「ぴや」
僕の頭の上で鳴くアフリマン。取り敢えず名前を付けてやろうか。
「決めた、君はピコだ」
「びやっ!」
何かちょっと違うような気がするけどまあいいか。
***
「エリク、お前いつからインコ飼ってるんだ」
いつもの図書館でニコラが聞く。
「ここそういうの飼っていいの?」
ジュールもじっと怪訝な目でピコを見ながら聞く。
「さあ、でもコイツ大人しいし、悪さもしないよ。ほらニコラとジュールに挨拶して。コイツ、ピコって言うんだよ」
「びやびょびょ!」
僕の頭に乗っかっているだけだし。
「何か食べるの? こいつ」
「夜に狩りをしているみたいなんだよね。臭いから洗えって言ったらもう臭わなくなったし、頭いいんだよ」
「ぴっ」
僕のドヤ顔にピコも胸を張る。
「臭いって──」
「なに?」
「いやいい」
ジュールが首を横に振って引き止めて、ニコラは聞くのを止めた。
「それより見て欲しいものがあるんだ」
二人を僕の部屋に引っ張る。
「エリク、何を作っているんだ」
机の横に置いてあるのはトルソーだ。マネキンの上半身、首なし……、そういう風に表現すると何か怖いな。
「胸だ」
「胸?」
言われてニコラが作りかけの胸に触る。
「うわっ、これポヨンポヨン揺れる。やり過ぎじゃね」
「よく知っているな、ニコラ」
ジュールの冷たい声。
「俺四男で兄貴の嫁にからかわれまくったからな。お陰で女嫌いだ」
焦り気味のニコラの声。
「ジュールは何で女嫌いになったの?」
「わ、私は元々だ」
「なるほど」
何がなるほどなのだろうか、と二人が顔を見合わせる。
「なあ、見本が欲しいんだが」
トルソーにスライムジェルをまとわりつかせてデコルテを作る。色味を合わせて、これがなかなか難しい。少しは揺れた方がいいと思ったんだがニコラが違うというし。
「ふるいつきたくなるような胸にしてやるんだ」
「エリク、何に対して喧嘩を売っているんだ」
ジュールが聞く。
「殿下に言えよ」
ニコラが丸投げする。
「うーん」
それしかないかなあ。
いや、だからっていきなり娼館に連れて来る事は無いだろうに。
「さあ、より取り見取りだぞ」
ヴァンサン殿下は後ろで見物する気だ。認識阻害までつけているし。
くそう。
ずらりと並べられたキレイどころ。まあ、参考にするしかないな。
よし、まず色味から行こう。
「年頃とかこんくらい? すみません、ちょっと触りますね」
弾力ってこんなものか。スライムジェルをべたりとくっ付けて型を取る。二人くらいでいいか。ものの十分もかからなかった。
「分かりました。もういいです」
「もういいのか? じゃあ帰るか」
「横で睨んでいませんでしたか? 触りたかったんですか?」
馬車の中でヴァンサン殿下にふくれっ面で聞く。
「いや、どんな顔をしているか見ていただけだ。その、鼻の下伸ばしてないし、赤くなってないし、真剣な顔をしていた」
「へ? 僕デコルテ作るのに懸命なんですよ」
いきなり娼館に連れて行かれてびっくりしたんだぞ。緊張してそれどころじゃないし。ぷんぷん。
「わかった。君に一番似合うドレスを用意しよう。もちろんデコルテに似合う首飾りもね」
ニヤニヤして僕の顎を持ち上げて、ちゅぱちゅぱしながら言うんじゃない。
「うーん。僕ドレスを着て歩けるかしら」
「私がエスコートするから」
「でも、ドレスのすそを踏ん付けたりしたくないなあ」
「分かった、練習用のドレスを買ってやろう」
「いや、自分で買いますよ」
一応お金あるんだけれど、実家に素材とかお菓子とか送るくらいであまり使っていない。ドレスって高いのかしら。
「ダメだ。そうだな、この前ルイが使った離宮に運んでおこう。ついでにダンスの練習もしようか」
うお、どんどんハードルが上がるな。出来るかな貴婦人。
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