上 下
13 / 30

十三話 デコルテ

しおりを挟む


 秋が終わりに近付いて、もうすぐ社交の季節になる。
 この頃ヴァンサン殿下は僕の寮の部屋に直接飛んで迎えに来る。帰るときも部屋まで送ってくれる。一緒にいるのを見られるのはとても危険なのだと言う。

「エリク、君にとびきりの舞台を用意してあげよう」
 王宮の夜会が開催されるそうだ。
「僕は平民だから、王宮に上がれないんじゃないの」
「大丈夫だ。シャトレンヌ公爵が君の身元を保証してくれる」
「公爵が……?」
 何で?
「行くかい?」
「夜会?」
「ああ、ドレスを送ろう。私が君をエスコートしてやろう。胸を何とかしろよ」
「アンタ、僕にドレスを着ろと──」
「自分の実の親かもしれん。一応見ておくのも悪くないぞ」

 そうか、最初で最後になるかもしれないんだ。だったらアレが欲しいよね。
「殿下、アフリマンが欲しいのです」
「アフリマン? え? 何でここにアフリマンが出て来るんだ」
「その、心に刻み付けても、人は忘れる生き物なのです」
 どこかで読んだ本の中の言葉だ。
「だから刻み付ける道具をですね──」
「呼んだー?」
 話の途中で出てくる人がいる。
「母上……」
「アフリマンよ、はいどうぞ」
 バサバサと羽ばたくアフリマン。片手に乗るくらいの大きさで、目玉一個と羽足以外は赤い色だ。手を差し出すとちょこんと乗って「ぴや」と鳴いた。
「あの、これ生きて……」
「可愛がってちょうだい。ああ、人にはインコに見えるようにしたからね」
「インコ? いや、その」
 どう見てもアフリマンだよな、丸くて目が一個で羽根があって。
「ぴゃ」
「ヴァン、願いを叶えたから少し仕事を手伝ってね」
「母上!」
「ぴょ」
 ナニコレ、可愛い。
 ヴァンサン殿下は魔王様と共にいなくなった。
「お送りします」
 クレマンさんがサロンから寮まで飛んで送ってくれた。
 ホントきっちり仕事をしてくれる人だなあ。尊敬しちゃう。

「ぴや」
 僕の頭の上で鳴くアフリマン。取り敢えず名前を付けてやろうか。
「決めた、君はピコだ」
「びやっ!」
 何かちょっと違うような気がするけどまあいいか。


  ***

「エリク、お前いつからインコ飼ってるんだ」
 いつもの図書館でニコラが聞く。
「ここそういうの飼っていいの?」
 ジュールもじっと怪訝な目でピコを見ながら聞く。
「さあ、でもコイツ大人しいし、悪さもしないよ。ほらニコラとジュールに挨拶して。コイツ、ピコって言うんだよ」
「びやびょびょ!」
 僕の頭に乗っかっているだけだし。
「何か食べるの? こいつ」
「夜に狩りをしているみたいなんだよね。臭いから洗えって言ったらもう臭わなくなったし、頭いいんだよ」
「ぴっ」
 僕のドヤ顔にピコも胸を張る。
「臭いって──」
「なに?」
「いやいい」
 ジュールが首を横に振って引き止めて、ニコラは聞くのを止めた。


「それより見て欲しいものがあるんだ」
 二人を僕の部屋に引っ張る。
「エリク、何を作っているんだ」
 机の横に置いてあるのはトルソーだ。マネキンの上半身、首なし……、そういう風に表現すると何か怖いな。
「胸だ」
「胸?」
 言われてニコラが作りかけの胸に触る。
「うわっ、これポヨンポヨン揺れる。やり過ぎじゃね」
「よく知っているな、ニコラ」
 ジュールの冷たい声。
「俺四男で兄貴の嫁にからかわれまくったからな。お陰で女嫌いだ」
 焦り気味のニコラの声。
「ジュールは何で女嫌いになったの?」
「わ、私は元々だ」
「なるほど」
 何がなるほどなのだろうか、と二人が顔を見合わせる。

「なあ、見本が欲しいんだが」
 トルソーにスライムジェルをまとわりつかせてデコルテを作る。色味を合わせて、これがなかなか難しい。少しは揺れた方がいいと思ったんだがニコラが違うというし。
「ふるいつきたくなるような胸にしてやるんだ」
「エリク、何に対して喧嘩を売っているんだ」
 ジュールが聞く。
「殿下に言えよ」
 ニコラが丸投げする。
「うーん」
 それしかないかなあ。


 いや、だからっていきなり娼館に連れて来る事は無いだろうに。
「さあ、より取り見取りだぞ」
 ヴァンサン殿下は後ろで見物する気だ。認識阻害までつけているし。
 くそう。
 ずらりと並べられたキレイどころ。まあ、参考にするしかないな。
 よし、まず色味から行こう。
「年頃とかこんくらい? すみません、ちょっと触りますね」
 弾力ってこんなものか。スライムジェルをべたりとくっ付けて型を取る。二人くらいでいいか。ものの十分もかからなかった。
「分かりました。もういいです」
「もういいのか? じゃあ帰るか」

「横で睨んでいませんでしたか? 触りたかったんですか?」
 馬車の中でヴァンサン殿下にふくれっ面で聞く。
「いや、どんな顔をしているか見ていただけだ。その、鼻の下伸ばしてないし、赤くなってないし、真剣な顔をしていた」
「へ? 僕デコルテ作るのに懸命なんですよ」
 いきなり娼館に連れて行かれてびっくりしたんだぞ。緊張してそれどころじゃないし。ぷんぷん。

「わかった。君に一番似合うドレスを用意しよう。もちろんデコルテに似合う首飾りもね」
 ニヤニヤして僕の顎を持ち上げて、ちゅぱちゅぱしながら言うんじゃない。
「うーん。僕ドレスを着て歩けるかしら」
「私がエスコートするから」
「でも、ドレスのすそを踏ん付けたりしたくないなあ」
「分かった、練習用のドレスを買ってやろう」
「いや、自分で買いますよ」
 一応お金あるんだけれど、実家に素材とかお菓子とか送るくらいであまり使っていない。ドレスって高いのかしら。
「ダメだ。そうだな、この前ルイが使った離宮に運んでおこう。ついでにダンスの練習もしようか」
 うお、どんどんハードルが上がるな。出来るかな貴婦人。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

処理中です...