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九話 魔境

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「そっちが終わったら、こっちの話だわ。ちょっと場所を変えましょうか」
 元聖女が気軽に提案するから、僕はほんのすぐ近所に行くものと思ったんだ。
 でも彼女は行先も言わずにいきなり転移した。
 視界がグニャンと歪んで、思わずヴァンサン殿下にしがみ付く。


 しばらく目を閉じていると、ざわざわと大勢の話し声が聞こえて来た。
 目を開けると、見た事もないような素材が使われた豪勢な調度品の数々。広い立派な宮殿の広間にいる。一段高い所にいるようだが、何処だろうここは。

「「「お帰りなさいませ!」」」
 見ると目の前の広間に侍る人々が一斉に頭を下げる。角のある人も肌の色が赤っぽい人も青黒い人もいるようだ。大きさも体格も大小さまざまだし羽根がある人も飛んでいる人もいるし。
 中で白い羽根の生えた威厳のある人が前に進み出た。
「お帰りなさいませ。もうあちらのご用はお済ですか?」
「ええ、大体ね。この子がヴァンサン、そっちがヴァンサンの連れ合いのエリク。こっちが宰相のグッデンよ」
「「「ようこそ、ヴァンサン殿下。エリク殿。我々一同、お待ちしておりましたぞ!」」」

 ええと、殿下の陰に隠れてもいいかな。
 それにしても連れ合いって友人って意味かな?
「屋敷の用意は出来ているの?」
「はい、宮殿の東の宮にご用意いたしました」
「そう、ありがとう。少し三人で話をするから、そのあと宴会ね」
「「「かしこまりました」」」


 広間の奥に部屋がいくつか並んでいて、一番向こうの部屋に入った。
 そこは一番広くて大きな部屋で、広いテラスに豪華な装飾品の付いたデスク。テラスの間にある暖炉は大理石の彫刻を施されたマントルピースに飾られて、上に燭台や装飾品が乗せられている。部屋の中央に長いテーブルと椅子があって、片側にソファセットがあった。ソファに座ったヴァンサン殿下の側で聞く。
「あのう、ここは何処ですか?」
 元王妃とヴァンサン殿下は顔を見合わせた。

「母上から説明を」
「まあ、ヴァン。あなた何も言ってないの?」
「いや、結婚してここに連れて来るまで、黙っておこうと思っていましたからね。でも、ルイが厄介な事案を持って来たんで、早めに契約をした方がいいかと」
 結婚って、誰と? 婚約者と……か?
「けいやく……?」
 何となく殿下のあの時の黒い羽根が思い浮かぶんだが。

「あらその顔、見たの?」
 怖いその言い方。そしておもむろに羽根を出すなよ、二人してバサバサと。
「な、何者ですか?」
「案外落ち着いているわね」
「まあくそ度胸といいますか。よしよし」
 いや、落ち着いてなんかいない。僕は羽根の生えた殿下に、怯えた猫みたいにしがみ付いているんだけど。頭をポフポフして宥められているんだけど。
 これ以上何も生えないよな。角とか尻尾とか……。

「ふふ、可愛い」
「ダメですよ、私のですからね、母上。今日、契約お願いしますね」
「まあ、しょうがないわね。その代わり時々仕事を手伝ってちょうだい。休みの時は、こちらにちゃんと帰って来るのよ」
「仕方ないですね、エリクと一緒に帰れる時だけですよ」
「分かったわ」
 勝手に話しているけど契約って何だよ。

「さて、エリクちゃん、もう分かったと思うけどここは魔境なの」
 元王妃は僕に向き直り説明を始める。
 いや、分かれって、それは無理があるだろう?
「で、私は今代の魔王よ」
「聖女が王妃で魔王?」
 そんな訳の分からないこと言われても分からないよ。


  ***

 今を遡る事二十有余年前、まだ魔王になっていなかった元王妃は、魔術の小手調べというか力試しに各国を旅していた。やがて、バルテル王国魔術学院に転入してきて、時の王太子と恋に落ちた。
 二人は様々な障害を乗り越え結婚した。
 まるで物語のような話だ。

 しかし、ヴァンサン殿下が生まれると重臣にせっつかれ国王は側妃を娶った。
 元々窮屈な王家にうんざりしていた上に、魔境から魔王であった伯父上がそろそろ危ないから帰って来いと呼び出しがあって、王妃はヴァンサン殿下を置いて魔境に帰ったのだ。
 その時に王妃は死んだ事にするという密約が国王と王妃の間でなされたらしい。

 国王には側妃が何人かいて、王子が四人、王女が三人いる。国王はそのあと、誰も王妃にしなかったので、王妃の子供はヴァンサン殿下だけだ。
 ルイ王子の母親は最初の側妃だ。

「母上。あなたがクレマンを私につけてくれたので、事情は聞いています」
「お前を置いて帰って悪かったわね」
「いえ、父上にもよく事情を聞きましたし」
「そうなの。あの人相変わらずなの?」
 魔王様の少し刺のある言い方を横目に、殿下はしれっとして答える。
「それは、私からは何とも。向こうで聞かれませんでしたか?」
「いえ、こう見えても私は忙しいのよ。お前が煮え切らなくて困っていたの」
「でも結構のんびりペットを探していましたよね」
「うっ」
「私も遊びで引き連れられて、いい迷惑をしました」
「親孝行ぐらいするものよ」
「孝行出来て良かったとは思っていますよ。出来の悪い台本に付き合って、でも婚約破棄まで行きませんでしたね」
「お前が真実の愛を見つけるからよ」
「止めて下さい。私の愛をそんな安っぽい言葉で愚弄するのは」
 親子喧嘩のとばっちりは受けたくないなあ。

「あのう、ヴァンサン殿下が第一王子だから、バルテル王家の跡を継がなきゃいけないんじゃ。圧倒的魔力があって剣技も強いのですよね?」
 うらやましい限りだけど。
 でも、さっきの広間の様子じゃ、殿下は魔境に帰って来たことになっているし。
「継がないよ、どうせ出て行くから」
「出て行くって?」
「私は第一王子なんだ」
「うん」
「王太子じゃないんだ、跡継ぎじゃない。まあ、コレが母親なので後ろ盾はないというか、なられても困るし、だから王位継承権は放棄するし、臣下に下る。国王陛下にはもう申し上げて了承された」
「まだ内緒だけど」って、そんなん聞きたくないよ。

「なんで、僕にそんな事ばらすんだよ、王家の秘密だろ」
 僕が聞いていいもんじゃない。殺される。
「もう喋った。君は知り過ぎている。さあどうする?」
 コイツは……。もう、何とも言えない顔になる。
「どうすればいいんだよ」


「じゃあ儀式をやっちゃいましょうか」
 元王妃改め魔王様は気軽に言って立ち上がる。
「その儀式はどういう趣旨で……?」
「君の身が危ないから、死なないように契約をする」
「神殿でやるからね」
 魔王様のあとをヴァンサン殿下は僕の手を取って、そのまま手を繋いで行く。
 イヤと言う選択肢は無いのか。そりゃあ死にたくはないけど。

 広間から出て宮殿の階段を下りたあと、右に曲がって左に曲がって、回廊をぐるぐる歩き回って階段を上がったらそこが神殿だった。
 煌びやかな長い衣を着て冠を被った白髭の男が恭しく迎えに出る。後ろに女官を何人か従えていた。

「あちらの殿舎でお召し替えを」
 女官に案内されてヴァンサン殿下と違う場所に連れて行かれる。
 そのまま広い浴場に放り込まれて、身体の隅々まで綺麗に磨き上げられた。
 いやもう恥ずかしいのなんの、だって僕は立派な男子だし。

 そのあと寝転がって、クリームを塗りたくられてマッサージやら何やら。やっと椅子に座ったと思ったら、化粧水をはたかれて眉と口紅だけの化粧をした。髪は綺麗に結われて、簪やらリボンやらで飾られる。
 それから衣装を着せられる。白い下重ねに水色の着物、上に瑠璃色の袖なしの着物を重ねて帯を巻かれ、薄物の羽織を羽織り裳をつけて終わりだ。
 王国の衣裳じゃないな。

 やっと終わって殿舎の入り口に出ると、ヴァンサン殿下が待っていた。
 僕と似たような格好だけど、殿下は袴というズボンをはいていた。こっちの衣裳は女性用だろうか。にっこりと笑って「綺麗だ」と囁いてエスコートしてくれる。

 そのまま殿下に連れられて神殿の奥に進んだ。

 シンとして空気が冷たい。
 奥に白い翼の像と黒い翼の像が並んで立っていた。
 真ん中に立っているのは魔王様だ。白い下重ねに黒い上掛けを着て、綾錦の帯を締め、薄い紗にとりどりの色の宝石を縫い付けた豪奢な上掛けを羽織っている。片側に先程の白髭の男が控え、厳かに呪文を唱えると床に魔法陣が浮かび上がった。

 殿下に手を取られて魔法陣の真ん中に進んだ。
 女官が三方を運んでくる。上には赤い液体の入ったグラスが二つと大きな針が二つ。殿下が針を取って、薬指の先に刺す。盛り上がった血をグラスに一滴ずつ注ぎ、魔法陣に一滴落とした。真似をして僕も薬指の先に針を刺し、グラスに一滴ずつ、そして魔法陣に一滴落とした。グラスのお酒を掲げて飲み干す。魔法陣が眩く輝く。

 ヴァンサン殿下が僕の身体を抱き寄せた。見上げると真面目な顔をしていて、顎を持ち上げてキスを寄越す。魔法陣の輝きが二人の身体を包んでひときわ輝いた。光はゆっくりと僕たちの身体の中に収束して消えた。
「儀式は滞りなく終了いたしました」
 白髪の男が厳かに宣誓する。
 魔王様が先に退出し、そのあとを追って僕たちも神殿を退出した。


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