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四章 帝国へ
33 皇帝陛下と面談
しおりを挟む皇帝と面会の日はすぐに訪れた。
ベルゲン帝国皇帝は私達を後回しにはしなかった。
一日置いて私たちは帝都の宮殿に揃って招かれた。
帝国の宮殿は非常に広い。私たちは宮殿の控えの間の一室に通された。
先に親子の対面があって、アルトはフッカー将軍に伴われて出て行った。そのアルトが戻って来る。
「小サロンの方で謁見をするそうだ。その後、夜会で披露すると」
小サロンといっても五十人程が晩餐会を開ける位に部屋は広い。
中央に大きな丸テーブルが置いてあり、真ん中にはストレリチアとか蘭とかユリそしてバラなどの花が活けてあった。
お茶が出された後、人払いされる。
部屋には皇帝陛下とフッカー将軍、部屋の入り口に護衛騎士が残り、私たちと対峙する。
皇帝陛下は背が高く肩幅が広く、手足が長くて、無駄なく筋肉の付いた均整の取れた体躯と、彫りの深い顔、細く高い鼻梁の非常にハンサムな40前の男性だった。
金髪碧眼ではなく、かっちりと後ろに撫で付けた髪はアルトと同じ藁色で、瞳の色も同じエメラルドグリーンだ。
アルトが鏡で見た面影はこの人のものだったのだろうか。
皇帝は一人一人ご存知であった。
「君はコルディエ王国のグーリエフ伯爵の次男オクターヴだね。こちらのグーリエフ侯爵の流れを汲む者だな」
「はい」
驚いた。オクターヴの一族は帝国の派生なのか。
「グーリエフ侯爵には君にちょうどよい姪御さんがいてね、今度会ってみてはどうか」
「君はノアといったか綺麗な子だね。魔獣使いだと聞いたが魔法省に魔獣のサンプルが沢山いる。きっと君の気に入ると思う」
「はあ」
「アデリナ・ド・フレンツェル。君は聖女見習いだったんだな。この帝都エルディングにも真教の大聖堂があるんだ。聖女見習いも何人かいる。行ってみたまえ」
「はい」
「スヴェン、君は騎士団に入ってはどうか。かなりの使い手だと聞いた。ゆくゆくは近衛騎士か聖騎士になれる」
「はい」
「アルトゥル」
「はい」
「君はまだ若い。学校に行って学びなさい」
「はい」
「さて、メリザンド・リュシール・マイエンヌ」
「はい」
「君は後宮に入るがよい」
「は?」
今、何と言ったのだこの男は。
「コルディエ王国のマイエンヌ領を取り戻してやろう。侯爵令嬢として我が許に来るがよい」
いや、何で?
みんなバラバラじゃない? 大体何でそんな事になるの。
それは一見完璧な解決法のように見えた。
しかし誰もが納得のいかない顔をしている。
不安が押し寄せる。
今のままじゃいけないの?
私、受け入れなきゃいけないの?
その方がいいの?
自問自答を繰り返す。
コルディエ王国の北東に広がる広大な領地。
北に白き山が聳え、蒼き水を湛える湖を抱く豊かなるマイエンヌ。
首に下がったペンダントを握る。
いつか帰りたい。帰りたいと思っていた。
でも、そんなこと望んでいない──。
「私はメリザンド嬢と結婚をしたいのです。お許しを下さい」
アルトは皇帝の言葉が聞こえていなかったかのように願った。
「夜会の前に、今ここで婚約したい」
しかし、皇帝の返事は型通りであった。
「お前はまだ若い、急ぐ必要も無いだろう」
「待つ必要もありません」
双方睨み合った。
私はどうすればいいんだろう。
アルトの願いを辞退するのが正解なのだろう。
私は年上で分別があって、弁えなくてはいけない。
「帝国は一枚岩ではない。それを統べるには血統は欠かせぬ」
アルトを駒に使う気か。その言葉で私の分別が音を立てて崩れた。
「お前には相応の令嬢を用意した」
貴族の婚姻は政略結婚だ。すべて周囲と親が決める。
国を統治する者の定め。国を安寧に導く為に。
でもそれが何だというのだ。国など積んでは崩れる石のようなもの。くっ付いては離れるアメーバのようなもの。特にこの国境がごちゃごちゃっと繋がった一跨ぎで移動できる国々においては。
「要りません」
「私の庇護を必要ないと」
今まで放置して庇護とか、笑わせる。
「僕はメリー以外と婚姻しません」
「お前に何が分かる」
分かる訳がない。結局、手頃な駒が舞い込んできただけの事か。
「お言葉ですが陛下、発言をお許し下さいますか?」
ああ、自分の発しているこの言葉からして、うざい。
いけないわ、どうも自由な時間が長過ぎて元に戻れない。
考え方からして戻れない。
人の上下がはかれるものか。
尊大に許すと言われると鼻で笑いたくなるのをどうすればいいの。
私は異物、この世界の人間じゃない。
「時間はあるようでありませんの。人の命は短いもの、人の心の移ろい易さ、心変わりは当たり前の事。ならば、今ここで婚約しても何の問題もございますまいに」
ああ、余計な事を言ってしまいそうになる。
「君はまだ若く力もない。私の庇護の許であれば望むままの暮らしが出来よう」
ありがたい言葉だけれど私の中を素通りして行くわ。
望むままの暮らしって、何。
「僕はメリーと結婚してあの侯爵領に行きたいのです。それだけが望み」
ああ、アルト……。
「帝国とて、いつまでも平穏安泰でもございますまいに」
歴史が証明する。
「何もかもが崩れ去ってしまいます前に、ひと時の愛と安寧と安らぎを求めてどうしていけないのでしょう」
「きさま」
私は睨み返したりしない。虚しくて。
どうして皆同じなの。ステレオタイプで、あの商会頭とこの方とどう違うの。
ギョッとした顔をしてアルトが私を見る。
「メリー、どうしてそんな顔を──、こっちを見て」
私の両腕を掴んで揺さぶる。
「うん? アルト、どうしたの?」
「恐ろしい顔をしていた。君は──、
ごっそりと表情が抜け落ちて、
白い顔の中で瞳だけが無機質に光って──」
恐ろしい……? 私が……?
溜め息を吐く。私はダメね。自由が欲しい。羽ばたく羽が欲しい。
こんな所で引き据えられて、冷たく一人ぼっちで処刑の場に引き摺られるのはもうたくさん。終わってしまいたい。
【救急箱】が呼んでる────。
何が入っているの? ついいつもの癖で見てしまう。
入っていたのは《終焉の卵》だった。
「卵……?」
「メリー! ダメだ! 仕舞って!」
アルトが叫んだけれど、
「でも、勝手に出ちゃった」
私は【救急箱】を覗いただけなのに。
それはノアの卵より大きく人の背丈ほどあって、グレーっぽい地に赤と黒のちょっと禍々しい模様がある。
卵は勝手に転がって、部屋にあった立派な丸テーブルの真ん中にデンと居を構えた。綺麗に飾られた花々が卵の下敷きになる。
「私、もう終わりにしたいの」
「ダメだ。僕は君と生きたい」
抱き締められる。
「アルト……」
「何だ、それは!」
皇帝陛下と将軍様が喚く。ドアを開いて帝国の騎士たちが入って来る。
「うーん、コイツ何だろう?」
ノアが目の前の卵に手を当てて首を傾げる。
「ドラゴンか魔王かなあ」
皆がギョッと卵の方を見る。
「何と! そんなモノが孵ったら、何もかもお仕舞いではないか」
バラバラと騎士たちが私たちを取り囲む。
「そうね、何もかも。あなたも私も、この城も、この街も、この国も、多分この星も、綺麗に無くなるわ」
終焉の鐘が鳴る。
終わってしまえと誰かが囁く。
私の内なる声か──。
終わってしまえばいい、何もかも──。
「私、何処かで失敗したのかしら……」
「何度でも失敗すればいいんだ、このバカたれ!」
オクターヴが叱ってくれる。
「そうだよ、おいらたちの卵をどうすんのさ。もうすぐ孵るよ」
そうねノア、私たちの卵があったわ。
「わたくしも一緒にやり直しますわ」
ええアデリナ、一緒にやり直しましょう。
「いくらでもお手伝いします」
スヴェンは大人で優しい。
「メリーは疲れているんだ。しばらく静養しよう」
うん、アルト。迷惑ばっかしかけてごめんね。
みんな──、どうしてこんなに優しいの?
私、最低なのに、
関係ない人を巻き込んで、破滅してしまおうなんて思ったのに。
騎士たちが私たちを拘束しようとしてバチンと弾き返される。
「わっ! 何だコレは!」
「きさま! 何をした!」
別に何もしていないけど、アデリナの結界なの?
しかし、アデリナは首を横に振る。
「父上、僕は出直します」
私を抱きしめたままアルトが立ち上がる。
「待てい、卵を持って行け!」
将軍が引き留めたけど、
「うーん、この子ここが気に入ったって」
ノアはかぶりを振る。
「何だと!」
「攻撃すると危ないよ」
ノアはそう言って私たちを集めた。
「こんな所に魔王とかドラゴンとか!」
まだ何か言ってるけれど、
私たちは飛んだ。
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