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一章 婚約破棄と断罪
07 森の中ひとりぼっち
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服が乾いたので移動したい。だがここは何処だろう。
私が落ちた川はマイン川だ。アシーンの森を流れる川でコルディエ王国の川沿いには大きな街もなく、そのまま小国群を通ってクレーフェ王国から海に注いでいる。
アシーンの森は広大だ。まだコルディエ王国からもアシーンの森からも出ていないのだろうか。この岸にいて兵士に見つかると不味い。森の中に入るしかない。
ここに居たことが分かってはいけないので、洗濯した物をすべて仕舞わなければいけない。
乾いたドレスが【救急箱】に入るのか?
これが入っちゃうんだ。
証書と全財産と宝石の入った小袋に、靴と衣類も袋に入れて詰め込んだ。
「このプラチナブロンドの長い髪は、ちょっと不味いかな」
【救急箱】に《散髪セット》と茶色の《ヘアカラーセット》と《折り畳みミラー》が入っていた。
「出来過ぎだわ」
四角いミラーを枝に吊るして、散髪セットのケープを首に巻き、肩のあたりでバッサリとハサミで切ると私の中のメリザンドが悲鳴を上げる。
(仕方ないのよ、私はもう平民なんだから)
自分で自分を宥めた。
ヘアカラーの箱に入っているビニールの手袋をしてチューブに入った茶色のヘアカラーで染める。
「石鹼かシャンプーは無いの?」
【救急箱】を漁る。もはや某ポケットだ。
「おお、石鹸があった。《オリーブ石鹸》か」
細長い木箱に入ったグリーンの石鹸が出て来た。一緒に針金の両端に小さな木の棒が括り付けられたソープカッターが入っていたので適当な大きさに切る。
しばらく時間を置いて石鹸で洗い流すと、プラチナブロンドの髪は茶色に染まった。安全圏に行くまではこれでいこう。
ヘアカラーと石鹸を一緒に纏めて【救急箱】に仕舞う。
ドレスとコルセット、下着や小物それに靴、ヘアカラーセットと散髪セットに石鹸、包んだ布と全財産と宝石の小袋と、中身を確認していると何かの小瓶が入っていた。取り出すと毒らしい何かの入った小瓶だった。
「本当に毒なのかな」
確かめた訳ではないし、ちょっと川に流してみたら、そこらに泳いでいた小さな魚が白い腹を見せてぷかぷか浮かんで来た。
「うわっ、毒なんだ」
残りを地面に捨てて、小瓶を石鹸で洗ってよっく洗い流して【救急箱】に戻す。後で何かの役に立つかもしれないと考える私は、捨てられない人だった。
私が居る所は地面がむき出しになっていて、すぐ草地が周りを囲い、その向こうは鬱蒼と樹木が生い茂る森になっている。軍手をして、ジャージが濡れないように雨具を着て行こう。
雨具は黒でフードと袖の付いたナイロン雨具だった。袖口が広がっていてローブに見えないこともない。懐中電灯をバックパックに下げて背負う。
こんな物を着ていて大丈夫だろうか?
魔法がある世界だし何とでも言えるか?
ここでぐずぐずしていても仕方がないし、フードを被って森の中に入った。
◇◇
眠れない──。
僅かな音にも目が覚めてしまう。音がしなくても、うつらうつらしていて何かの拍子にカクンと目が覚める。
メリザンドの肩を押さえ付けた騎士のゴツイ手、力が強くて動くことも、身動ぎさえ出来なかった。
人々の謂れのない嘲笑。父親の温度のない目。クロード殿下の断罪。
私は決して望んではいなかった。その場所に居ることを、その人の隣りにいることも地位も名誉も何もかも望んでいなかった。
理不尽で理不尽で理不尽で、でも何もできなくて無力で、虫のように踏み潰されて殺されるのが理不尽で、でも本当に何もできなくて。
忘れてしまえばいい、もう関係ないのだから。
でも消えない。何度も思い出す。消えてくれない。
眠れない。
膝を抱えて落ちてゆく。何処までも。
◇◇
最初に川と対角の方角に向かって歩きだした。しかし、森に入って三日経っても、誰にも会わなかった。もしかして森をぐるぐる回っているんじゃないだろうか。不安になったがもう確かめようもない。
魔物とか動物にも遭わない。鳥がたまに飛んで行くくらいだ。
いよいよこの世界に見捨てられたのだろうか?
ちょっと寂しい。誰とも話していない。こうなると憎い王子までも思い出すから重症だろうか。決して会いたい訳ではないが。たった三日で情けない。
溜め息を吐いて樹上を見上げる。森は薄暗く風の音もしない。
その時、遠く微かに馬のいななきが聞こえた。
騎馬だろうか、馬車だろうか、じっと耳を澄ます。
やがて蹄の音が聞こえて来た。そっちに向かって歩く。道があれば村か町に辿り着くことが出来るだろう。気が逸るけれど、城の兵士だったら殺されるのだ。十分気を付ける必要がある。
やがて馬車が通れるほどの道を見つけた。整備されていなくて雑草が生えた石と土のデコボコ道だ。蹄の音が近付いて来たので森に隠れた。騎馬は十人ほどの兵士たちで駈足で行ってしまった。
しばらく耳を澄ましてみたけれど、もう蹄の音は聞こえない。地面を見ると足跡は来た方角に帰って行ったようだ。
森から道に出て、兵士が行った方角と反対の方を見た。
煙が上がっている。前方に焼け焦げたような臭いと煙が見える。
ドキンと胸が嫌な音を立てた。
「山火事?」
分からない。分からないが身体がもうそちらに向かって歩き出していた。
私が落ちた川はマイン川だ。アシーンの森を流れる川でコルディエ王国の川沿いには大きな街もなく、そのまま小国群を通ってクレーフェ王国から海に注いでいる。
アシーンの森は広大だ。まだコルディエ王国からもアシーンの森からも出ていないのだろうか。この岸にいて兵士に見つかると不味い。森の中に入るしかない。
ここに居たことが分かってはいけないので、洗濯した物をすべて仕舞わなければいけない。
乾いたドレスが【救急箱】に入るのか?
これが入っちゃうんだ。
証書と全財産と宝石の入った小袋に、靴と衣類も袋に入れて詰め込んだ。
「このプラチナブロンドの長い髪は、ちょっと不味いかな」
【救急箱】に《散髪セット》と茶色の《ヘアカラーセット》と《折り畳みミラー》が入っていた。
「出来過ぎだわ」
四角いミラーを枝に吊るして、散髪セットのケープを首に巻き、肩のあたりでバッサリとハサミで切ると私の中のメリザンドが悲鳴を上げる。
(仕方ないのよ、私はもう平民なんだから)
自分で自分を宥めた。
ヘアカラーの箱に入っているビニールの手袋をしてチューブに入った茶色のヘアカラーで染める。
「石鹼かシャンプーは無いの?」
【救急箱】を漁る。もはや某ポケットだ。
「おお、石鹸があった。《オリーブ石鹸》か」
細長い木箱に入ったグリーンの石鹸が出て来た。一緒に針金の両端に小さな木の棒が括り付けられたソープカッターが入っていたので適当な大きさに切る。
しばらく時間を置いて石鹸で洗い流すと、プラチナブロンドの髪は茶色に染まった。安全圏に行くまではこれでいこう。
ヘアカラーと石鹸を一緒に纏めて【救急箱】に仕舞う。
ドレスとコルセット、下着や小物それに靴、ヘアカラーセットと散髪セットに石鹸、包んだ布と全財産と宝石の小袋と、中身を確認していると何かの小瓶が入っていた。取り出すと毒らしい何かの入った小瓶だった。
「本当に毒なのかな」
確かめた訳ではないし、ちょっと川に流してみたら、そこらに泳いでいた小さな魚が白い腹を見せてぷかぷか浮かんで来た。
「うわっ、毒なんだ」
残りを地面に捨てて、小瓶を石鹸で洗ってよっく洗い流して【救急箱】に戻す。後で何かの役に立つかもしれないと考える私は、捨てられない人だった。
私が居る所は地面がむき出しになっていて、すぐ草地が周りを囲い、その向こうは鬱蒼と樹木が生い茂る森になっている。軍手をして、ジャージが濡れないように雨具を着て行こう。
雨具は黒でフードと袖の付いたナイロン雨具だった。袖口が広がっていてローブに見えないこともない。懐中電灯をバックパックに下げて背負う。
こんな物を着ていて大丈夫だろうか?
魔法がある世界だし何とでも言えるか?
ここでぐずぐずしていても仕方がないし、フードを被って森の中に入った。
◇◇
眠れない──。
僅かな音にも目が覚めてしまう。音がしなくても、うつらうつらしていて何かの拍子にカクンと目が覚める。
メリザンドの肩を押さえ付けた騎士のゴツイ手、力が強くて動くことも、身動ぎさえ出来なかった。
人々の謂れのない嘲笑。父親の温度のない目。クロード殿下の断罪。
私は決して望んではいなかった。その場所に居ることを、その人の隣りにいることも地位も名誉も何もかも望んでいなかった。
理不尽で理不尽で理不尽で、でも何もできなくて無力で、虫のように踏み潰されて殺されるのが理不尽で、でも本当に何もできなくて。
忘れてしまえばいい、もう関係ないのだから。
でも消えない。何度も思い出す。消えてくれない。
眠れない。
膝を抱えて落ちてゆく。何処までも。
◇◇
最初に川と対角の方角に向かって歩きだした。しかし、森に入って三日経っても、誰にも会わなかった。もしかして森をぐるぐる回っているんじゃないだろうか。不安になったがもう確かめようもない。
魔物とか動物にも遭わない。鳥がたまに飛んで行くくらいだ。
いよいよこの世界に見捨てられたのだろうか?
ちょっと寂しい。誰とも話していない。こうなると憎い王子までも思い出すから重症だろうか。決して会いたい訳ではないが。たった三日で情けない。
溜め息を吐いて樹上を見上げる。森は薄暗く風の音もしない。
その時、遠く微かに馬のいななきが聞こえた。
騎馬だろうか、馬車だろうか、じっと耳を澄ます。
やがて蹄の音が聞こえて来た。そっちに向かって歩く。道があれば村か町に辿り着くことが出来るだろう。気が逸るけれど、城の兵士だったら殺されるのだ。十分気を付ける必要がある。
やがて馬車が通れるほどの道を見つけた。整備されていなくて雑草が生えた石と土のデコボコ道だ。蹄の音が近付いて来たので森に隠れた。騎馬は十人ほどの兵士たちで駈足で行ってしまった。
しばらく耳を澄ましてみたけれど、もう蹄の音は聞こえない。地面を見ると足跡は来た方角に帰って行ったようだ。
森から道に出て、兵士が行った方角と反対の方を見た。
煙が上がっている。前方に焼け焦げたような臭いと煙が見える。
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