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17 ビエンヌ公国

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「昔来た神子は、無限に収容できるマジックボックスのようなモノを身の内に持っていた、という記録があります」
 ベッドの上でオレの頭を撫でてユベールが囁く。
「へ」
「この前、エルヴェ様は串焼き肉を私に下さいました。あれはそういうものでしょうか?」
 ああ、オレってホントに何も考えていない。
「宝石も下さいましたが、普通は何も持たないで召喚されて来るそうですので、何か悪い事でもなさったかと心配しました」
「オレ、何もしてないぞ。心配すんな!」
 思わず叫んでしまった。
「だからっ、召喚失敗しただろ、その後にオレ死んだんだ。それでこっちに呼ばれて、エルヴェの身体に入れられたんだ」
 ユベールを睨みつけながら言うと、頭をポフポフと宥めるように撫でる。
「そういうのの、お詫び方々くれたんだと思っているけど。素材沢山だし、鉱石やら宝石もたくさん入ってるんだ。名前が分からなくて出せないけどな」
 オレ、危機感全然ないし。こんな事ぶちまけて、こいつが極悪人だったらどうするの?

「ユベール、よく知っているな。何でそんなことまで知っているんだ?」
 背後からオレの身体に手を回した男が、耳に囁くように話す。
「昔、私が4つか5つくらいの時、誰かが一緒に住んでいて、その男が話好きで、今みたいに私を膝に抱えて、色んなことを話していたのです」
 身体を密着させ、足を絡めて、低い声が言う。
「その男が居なくなってしばらくして、母は私を孤児院に置き去りにしました。私はとても辛くて、辛いという感情を鎧で覆うように蓋をして生きて来ました」
 そうか、オレの『浄化』はユベールの鎧を無理に引き剥がして、辛い思いをさせたんだな。
「まるでおとぎ話みたいな話で、私は今まで忘れていたんですが、エルヴェ様とお会いして、ぽつりぽつりと思い出して来まして──」
 鎧が剥がれて、蓋をした記憶も甦って来たのか。

 オレは【収納庫】に収められたモノ達に日の目を見せてやりたい。使いたい。
「オレはこの前見た赤ゲダラみたいな奴の素材をたくさん持っているんだ」
 遭ってさえいなくて名前も知らない彼らに会いたい。一緒に見に行きたい。

「ユベール、一緒に遭いに行こう!?」
「そうですね、行きましょう」
 笑うと目が細くなって可愛くなる。

 そういう訳でぶちまけてしまった。素材の名前が分からないから出せないけど。
 ああそうか、だから出せないのか。オレを呼んでくれた存在も、よく考えているな。オレみたいなのじゃ苦労するよな。


 シェデト湿原のビエンヌ公国側船着き場に着いて、川船の船長たちに礼を言って別れた。川船は船着き場で荷物を積み降ろしして、逃げた仲間の半数とテゥアラン王国へと出発して行った。

 これからどんな旅になるかは分からない。
「オレは風呂に入れたらいい」
「エルヴェ様は欲が無いです」
「どっちが」
 相変わらず様付けをする男の薄青い瞳を見て言う。
「いい加減、様付けは止めてくれ」
「何故ですか? エルヴェ様はエルヴェ様です」
 分からない。やっぱりこいつが分からない。


  ***

 シェデト湿原の船着き場からエール川の支流を西に下ればビエンヌ公国だ。エール川の西の支流は東北からうねってエデッサ湾に流れ込む。港街エデッサは山を挟んですぐ向こうである。そしてその山には砦が築かれている。海と川両方を睨む、ビエンヌ公国防衛拠点のひとつである。

 シェデト湿原の船着き場から、荷運び用の川船に乗り変えて2日でビエンヌ公国の船着き場に着く。それから乗合馬車で2日でエデッサに着いた。
 乗合馬車は街の入り口で止まり、身分証を持っていない者は馬車を降ろされた。門の前には街に入る人の列が出来ていてオレ達も並ぶ。

 見ていると、門にいる兵士に紙きれやら四角いカードを見せて通っている者と、検問所のような建物に振り分けられる者がいる。
「通れるのか?」
「はい。名前と通行料を払えばいいと思います」
 しばらく待ってオレ達の番になった。ユベールが手を離さないので二人で一緒に検問所に入る。部屋は半分に仕切られ、窓口と椅子が置いてある。
 仕切りの奥の方に兵士がひとり立っていた。向こう側に椅子に座った男がいて、座るように促される。

「どちらからいらっしゃいました?」
「ヴィラーニ王国からです」
「此処にいらした理由と、この国で何をなさりたいかをお聞きしても?」
「向こうでは身分差があって結婚できないので、駆け落ちしてきました。こちらで仕事を探して働くつもりです」
 ユベールがシレッと言う。何だよ、その理由は聞いてないぞ。顔が真っ赤に染まるのが分かった。

「なるほど、分かりました。ではこちらにお名前を。そちらの水晶の上に手を置いて魔力を流して下さい」
 魔法陣が描いてある書類に名前を書いて渡すと、半球体の水晶の下に置いた。丸い方に手を置いて魔力を流すと、光が手と書類を往復する。
「お二人で入国費として、小金貨2枚または、銀貨20枚頂きます」
 名前を書いて小金貨2枚を渡すと「こちらは仮の証書です。7日間有効です。無くさないように」と2人の証書をくれた。

「こちらからどうぞ」と奥に立っていた兵士がドアを開けてくれる。外はもうエデッサの街の中だった。
「なあ、オレただのエルヴェになってる。伯爵家から除籍されてる?」
 証書を確かめると、書類にはエルヴェとしか書いてない。
「奴隷騒ぎの時でしょうか。良かったです」
「そうか、良かったのか」
 元のオレは平民だし、こちらに来てから貴族扱いされたことも無い。何かもう、どうでもいい感じだ。
 しばらく待つとレスリーとローランも出て来た。レスリーの顔が赤い。
 こそっと「駆け落ちだって言うんだもん」と嬉しそうだ。
 同じ理由なのに、検問をどんどん通していいのだろうか?

「宿を探そうか」
「その前に着替えが必要ですね」
 オレはユベールが買ってくれたシャツを着たまんまだ。神殿に居た時も着たきりだったな。この頃は陽気が良くなってきたから、シャツ1枚でもいけるが、着替えが欲しいよな。

 という訳で古着屋に寄って、着替えやら下着やらを買った。新品の既製服は無くて、古着か仕立てになるようだ。布も売っているので自分で仕立てる人も多いとか、仕立てた服を市場で売っている人もいるとか。
 オレ奴隷商人から奪ったズボンのままだった。神官の服はあるけど、着る気になれないし。
 ついでにディバッグを買ったら、おまけでタオルを付けてくれた。お陰で、ヴィラーニ王国での引ったくりを思い出して、こっちの人との違いに泣けた。

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