上 下
43 / 45
番外編 あの世トラブルツアー 

三話

しおりを挟む

 ウキンは俺に近付いて小さな声で囁いた。
「お前、あの浮気者の天帝のガキだろ。さっさと天国に逝け」
 俺は何も言い返せなくてウキンを睨んだ。
 確かに、俺の父親かもしれない天帝は、かなりの浮気者みたいだ。天国にあった彼の神殿には美女がずらりと居たもんな。
 でも父親が浮気者だからって、俺がその形質を受け継いでいるとは限らないよな。でも、アロウに抱かれて、あっさりアロウを好きになってしまったし……。
 アロウの兄はアロウに向かって小言を言っている。
「大事な親族会議を突然抜け出したかと思ったら、こんな所で何をしている」
 背の高さでいうと、兄貴の方が少し低いようだ。顔もアロウよりもっと無表情で、どこか白面の鬼といった感じ。この鬼の事を知らないからそう思うんだろうか。
 アロウはそんな兄に、普段よりも低い冷たい声で答えている。
「あんたが跡を継がないと言い出すから、こっちが迷惑をする」
「私はお前のようないい加減な鬼ではない。仕事を放り出して遊び惚けることなど出来ん」
 抑揚のない兄の声。アロウの方が情感があると思ったりするのも、俺の惚れた欲目なんだろうな。
「さっさと仕事に戻って、手頃な女を見繕い、よい跡継ぎを作って冥王の気を安んじてくれ」
 え…? もしかして、地上勤務っていうのはその為にあるのか?
 ウキンがふふんと長い髪を掻き上げている。俺にはアロウの横顔しか見えなくて、鬼になるとアロウは少し表情が出るんだけれど、今見えるのはへの字に結んだ口元と、キッと上がった眉尻と。
「ごめんだな」
「我が儘はいい加減にしろ」
「あんたの所為で、こっちまでとばっちりが来る。元々は長男であるあんたが跡を継がないからではないか。私だって、譲歩して地上勤に就いたのに」
 二人の鬼が睨み合う。背の高い銀の髪の鬼同士が睨み合っているとスゴイ迫力だ。ふと顔をこちらに向けたアロウの兄が、俺を見て首を傾げた。
「ウキン。何だ、そいつは」
「いや、ヴァルファのとこの死神だろ」
 何故かウキンは、俺のことをはっきり説明しなかった。
 アロウの兄貴はアロウよりキッと眉を上げ、赤い目を怒らせて、ツカツカと俺に向かって来た。アロウで慣れているとはいってもそこはそれ、恋する鬼とそうでない鬼とは違う。はっきり、きっぱり怖かった。
 でもそう思ったら、アロウがスイッと俺を庇った。
「今日ここに来たのは、あんたに会う為じゃない。跡継ぎ問題に関しては、私はもう自分の意見は言ってある。仕事が済んだらさっさと帰るから、邪魔をするな」
 すかさずウキンが「もう、お時間です」と兄貴を急かせた。
「ふん。そのような奴に現を抜かしているから──。ブツブツブツ」
 アロウの兄貴はまだ文句を言い足りなさそうにぶつぶつ言いながら、ウキンを連れてその場を後にした。
「何か怖そうな人…、いや、鬼だね」
「頭が固いんだ」
 溜め息を吐いてアロウが言った。跡を継ぐのは自分か弟でなくてはいけないと思っていると。
「ふうん…」
「行くぞ」
 アロウが振り返った。ロクは岸辺に下りて、成り行きを見ていたようだ。アロウの兄が居なくなると、渡邊さんを小脇に抱きかかえて飛んで来た。
「怖かったわねー」
 と長いカールさせた睫をパチパチさせて、肩を竦めた。


  * * *

 俺たちはまた、本来の目的地に向かって飛んだ。
 やがてアロウは一つの岸辺に下りて、そこで例の懐中時計のような名簿を持って、魂を振り分けている鬼に聞いた。
 鬼が岸辺の奥にある建物を差して教えてくれる。真っ黒い建物で分りにくかったんだが、近付くに連れて見えてきた。何と公団みたいなマンションが、幾つも軒を連ねて建っているんだ。

「冥界に来る魂は多いし、冥界に来た魂はなかなか高みに行けないのよね」
 親切な鬼のロクが説明してくれる。
「そ、そうなのか…」
 とりあえず渡邊さんを連れて、俺たちは権田さんが居るという棟に行ったんだ。
 各棟には管理人の鬼がいて、作業部屋を教えてくれた。
 権田さんは広い体育館みたいな部屋で、他の魂と一緒に作業をしていた。
 その部屋にも鬼が何人かいて、人々の間を見回り、説明をしたり、指図をしたりしている。
 ロクが懐かしいわーと呟いた。
 そうか、ロクはこんな仕事をしていたのか。

 一人の男を指して「あの男か?」とアロウが渡邊さんに聞いた。渡邊さんはハッとしたようにその男の側に行って、しばらくじっと見ていたが、やがて頷いた。
「は、はい。この人です…」
 八十年配の恰幅のよい胡麻塩頭の男が、床に座り、身を屈めて何やらしている。
「何をしているんだ?」
 俺がアロウに聞くと「勲章を磨いているんじゃないか」と答えた。
「どうしてこんな所に…。とても、ご立派な方でしたのに」
 渡辺さんが少し首を傾げて聞いた。その顔は何やら悲しげだった。
「ああいうものは重いのだ」
 アロウが冷たい声で云う。
「重くて支えられなければ、地に減り込むしかないな」
「可哀想な人なのです。人に踊らされてピエロみたいに……。人の欲望の生贄に。この人は悪くないのに」
 渡邊さんは口元を押さえて、込み上げてくるものを堪えているようだ。
「あらー、踊りたくなければ踊らないわよー。そういう踊りが好きだったんでしょ」
 ロクが必死になって渡邊さんを慰めているけど、慰めになっているのかな。
「お前に出来る事は、そいつの為に一粒の涙でも流してやることだな」
「そう、それであの高みに近付く事が出来るわよ」
「そうですね」
 アロウに言われるまでもなく、渡邊さんはもう涙ぐんでいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙
BL
ハーララ帝国第四皇子であるエルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララはある日、高熱を出して倒れた。数日間悪夢に魘され、目が覚めた彼が口にした言葉は…… 「皇帝なんて興味ねえ!俺は魔法陣究める!」 天使のような容姿に有るまじき口調で、これまでの人生を全否定するものだった。 * * * * * * * * * 母親である第二皇妃の傀儡だった皇子が前世を思い出して、我が道を行くようになるお話。主人公は研究者気質の変人皇子で、お相手は真面目な専属護衛騎士です。 ○注意◯ ・基本コメディ時折シリアス。 ・健全なBL(予定)なので、R-15は保険。 ・最初は恋愛要素が少なめ。 ・主人公を筆頭に登場人物が変人ばっかり。 ・本来の役割を見失ったルビ。 ・おおまかな話の構成はしているが、基本的に行き当たりばったり。 エロエロだったり切なかったりとBLには重い話が多いなと思ったので、ライトなBLを自家供給しようと突発的に書いたお話です。行き当たりばったりの展開が作者にもわからないお話ですが、よろしくお願いします。 2020/09/05 内容紹介及びタグを一部修正しました。

【完結】私は死神に恋をした

かずきりり
ライト文芸
たった七年 もう七年 両親はろくに家に帰らず、お互いが浮気をしている。 私の存在は忘れ去られているようで…… 十二月二十六日 小林 奈美にとって十五歳の誕生日を迎えた日でもあり、両親の愛を諦めた日で、死ぬ事を決めた日……だったのだけれど。 「間違えて魂を取り出しちゃいました」 どうやら歩道橋から足を滑らしただけで、まだ死んではいないらしい。 身体へ戻れと言われても、戻りたくない。 幽体を満喫しながら考える、生きるという事。死神の事情。 そして―――― -------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜

ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。 短編用に登場人物紹介を追加します。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ あらすじ 前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。 20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。 そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。 普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。 そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか?? ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。 前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。 文章能力が低いので読みにくかったらすみません。 ※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました! 本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!

召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム
BL
 僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。 「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」  実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。  ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。  天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。 このお話は、拙著 『巨人族の花嫁』 『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』 の続作になります。  主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。  重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。 ★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。

【シーズン2連載中】おしゃれに変身!って聞いてたんですけど……これってコウモリ女ですよね?

ginrin3go/〆野々青魚
児童書・童話
「どうしてこんな事になっちゃったの!?」  陰キャで地味な服ばかり着ているメカクレ中学生の月澄佳穂(つきすみかほ)。彼女は、祖母から出された無理難題「おしゃれしなさい」をなんとかするため、中身も読まずにある契約書にサインをしてしまう。  それは、鳥や動物の能力持っている者たちの鬼ごっこ『イソップ・ハント』の契約書だった!  夜毎、コウモリ女に変身し『ハント』を逃げるハメになった佳穂。そのたった一人の逃亡者・佳穂に協力する男子が現れる――  横浜の夜に繰り広げられるバトルファンタジー! 【シーズン2スタート!】  いよいよシーズン2・学園編が始まりました。新しい学校、一体どんなところなのか?  でも、佳穂にいきなりのピンチが発生! はたしてどうなるのか!?  シーズン1は長さにして児童文庫1冊分くらいの分量です。初めての方は最初からじっくりお読みください。 【最後まで逃げ切る佳穂を応援してください!】  本作は、第1回きずな児童書大賞にて奨励賞を頂戴いたしましたが、書籍化にまでは届いていません。  感想、応援いただければ、佳穂は頑張って飛んでくれますし、なにより作者〆野々のはげみになります。  一言でも感想、紹介いただければうれしいです。 【ただいま毎日更新中!】  お気に入りに登録していただくと、更新の通知が届きます!  気になる方はぜひお願いいたします。 【新ビジュアル公開!】  新しい表紙はギルバートさんに描いていただきました。佳穂と犬上のツーショットです!

使い捨ての元神子ですが、二回目はのんびり暮らしたい

夜乃すてら
BL
 一度目、支倉翠は異世界人を使い捨ての電池扱いしていた国に召喚された。双子の妹と信頼していた騎士の死を聞いて激怒した翠は、命と引き換えにその国を水没させたはずだった。  しかし、日本に舞い戻ってしまう。そこでは妹は行方不明になっていた。  病院を退院した帰り、事故で再び異世界へ。  二度目の国では、親切な猫獣人夫婦のエドアとシュシュに助けられ、コフィ屋で雑用をしながら、のんびり暮らし始めるが……どうやらこの国では魔法士狩りをしているようで……?  ※なんかよくわからんな…と没にしてた小説なんですが、案外いいかも…?と思って、試しにのせてみますが、続きはちゃんと考えてないので、その時の雰囲気で書く予定。  ※主人公が受けです。   元々は騎士ヒーローもので考えてたけど、ちょっと迷ってるから決めないでおきます。  ※猫獣人がひどい目にもあいません。 (※R指定、後から付け足すかもしれません。まだわからん。)  ※試し置きなので、急に消したらすみません。

処理中です...