39 / 45
四章 転生者七斗
六話
しおりを挟む俺の身体はふらふらとその男の前に立った。
誰なんだろう、コイツは。
自由になる頭で考えたけど分からない。
男は玉座とでもいえそうな宝石をちりばめた豪奢で座り心地の良さそうな椅子に座って、肩肘付いて顎を撫でながら俺を眺めている。
「無礼者、天帝様の御前ですぞ」
黒髪の女が俺の頭を押さえようとする。
天帝……?
「よい」
男はそう言ってゆらりと立ち上がった。ぼんやりと突っ立っている俺の前に来て、じろじろと俺を見た。
「サイミによく似ている。まさか男に生まれ変わるとは、このような事もあるものなのか」
そう言ってニッと笑った。
「まあよい。これもまた一興」
サイミって誰なんだろう。まさか、生まれ変わる前の俺なのか? オセが言っていた男を騙す悪い女?
「思いだ草をこれへ」
えっ。
黒い髪の女が畏まって呼び鈴のようなものを振る。七色の帳が上がって手に盆を捧げた女が入って来た。盆の上には宝石を嵌め込まれた紺瑠璃杯が乗っていた。彼女はそれを俺の前に持って来た。
「それを飲みなさい」
男が目で示して言う。
探していた薬だった。アロウとの出会いを思い出す為にも飲みたいと思っていた。
しかし、これで前世のことを思い出すのなら飲みたくなんかなかった。そんなことは思い出したくない。大体、今のことはどうなるんだ!? もしかしたら、忘れてしまうのか!?
でも、男に言われて俺の腕は勝手にその盆の上の瑠璃杯を取って、ためらいもせずに口に持っていった。
アロウ……!!
心の中で叫んだけれど、こんな所にアロウが来る筈はなかった。嫌だと思っても俺の手は勝手に動いていう事なんか聞いてくれない。目の前に迫る瑠璃杯。中には淡い色の液体が入っている。男がもう一度言う。
「飲みなさい」
金の瞳がキラリと光った。
嫌だっ!! でも何で、自分の体なのに……。
七色のカーテンがゆらりと揺れて白い影が飛び込んで来た。
「アロウ……!?」
でもその時、俺は瑠璃杯を呷っていたんだ。
俺の手から瑠璃杯が剥がれて床に落ち、砕け散った。
足元に散らばった瑠璃の色。
「何を……」と、アロウの掠れた声が言った。
「七斗に何を飲ませた」
低い美声が掠れて嗄れて、キッと射るような視線で男を見据えた。そこにいた美女達が悲鳴のような声を上げて立ち竦む。
「これは、ヴァルファ殿ではないか」
天帝と呼ばれた男は悠長に椅子にふんぞり返ってアロウを見ている。
「血相を変えて、何事かな」
唇に余裕の笑いを浮かべた天帝と違い、アロウはその男を睨んだままだ。天帝はアロウの表情が変わらないのでフッと溜め息を吐いて言った。
「『思いだ草』を飲ませたのだよ」
その途端アロウは白い稲妻のようになって天帝に襲い掛かった。周りで美女達が「きゃあ!!」と、悲鳴を上げる。俺は慌ててアロウを引き止めた。
「アロウッ!!」
あれっ……? 身体が動く。
アロウが驚いたように振り返った。俺の腕を掴んで半信半疑の体で聞いた。
「七斗、何ともないのか?」
「うん……、っていうか。俺、全部、思い出したよ」
その途端、アロウの瞳が不安に曇る。
「あんたと出会った時のこと。俺、あんたのこと人形みたいだって思った。とっても綺麗で」
「七斗……」
「あんたが好きだよ」
「私もだ」
「ああ、あんたの瞳の中に俺が映っているよ」
何度、俺はそうしてその紫の瞳を見上げただろう。
「あんた俺に嘘付いてたんだね。Hしなくても実体化できるじゃないか」
そうなんだ俺はアロウと始めて会ったときのことを思い出した。随分と綺麗な奴だと思ったこと。Hしたら実体化出来るって言われて、俺のほうが男の役目をするんだとか思ったことも、段々気持ちよくなって、俺ってば、身体からアロウのことを好きになったんだな。何か恥ずかしい奴だよな。
アロウはその紫の瞳で俺の顔をじっと見ていたが、ふと唇が歪んだかと思ったら、俺を息が詰まるほどその腕の中に抱き締めた。
「アロウ……」
ああ、思い出せてよかった。
俺は思いっきりその身体に抱きついた。この腕の中は随分と久しぶりのような気がする。
「コホン」
誰かが咳払いした。アロウにしがみ付いたままそちらを見ると、金色の髪の立派な男がいる。確か天帝とかいったっけ。彼はおもむろに聞いた。
「私のことは何も思い出さないのかな、サイミ」
俺は首を横に振った。俺が思い出したのは忘れ草を飲んで忘れたことだけだった。俺はサイミという女の生まれ変わりではないんじゃないだろうか。
「何かの間違いじゃないのですか。俺は本当にそのサイミとかいう人の?」
「転生する者は多くないし、君はサイミに瓜二つなのだよ」
天帝が溜め息を吐くように言うと、アロウがキッと見据えて返した。
「昔の事は知らぬが、七斗は今は私の恋人だ。本人の意思を無視して、勝手なことをされては困る」
俺を抱き締めたまま天帝を睨み付ける。アロウは鬼だからこういう顔をすると結構怖いが相手は天帝なんだし、どうなるんだろうとアロウにしがみ付いたまま二人を見比べる。
天帝も余裕で座っているのを止めて立ち上がり、俺たちに鋭い視線を向けた。
「ほう、勝手なことをしたのは君の方ではないのかな。サイミは天国に来る予定だったのに君が横から奪った訳だからな」
アロウが唇を噛む。俺は思わず天帝に向かって叫んでいた。
「俺はサイミなんか知らない!!」
天帝が目を見張って俺を見た。俺とアロウは抱き合ったまま天帝を見返した。
10
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
結婚式の最中に略奪された新郎の俺、魔王様の嫁にされる
Q.➽
BL
百発百中の予言の巫女(笑)により、救国の英雄になると神託を受けた俺はやる気のない18歳。
ところが周囲は本人を他所に大フィーバー。問答無用で国唯一の王女(レズ)との結婚迄決まってしまう。
(国救うどころか未だ何もしてないのになあ…。)
気がすすまない内に事態はどんどん進み、ついには国をあげての挙式当日。
一陣の黒い竜巻きが一瞬にして俺を攫った。
何が何だかわからない内に、今度は何処かの城の中のとある部屋のベッドにいた俺。
そして俺を抱えたまま俺の下敷きになってベッドに気絶している黒髪の美形。
取り敢えずは起きるまで介抱してみると、目を覚ました彼は俺に言ったのだった。
「我の嫁…。」
つまり救国の英雄とは、戦って魔王を倒すとかそういう感じではなく、魔王に嫁(賄賂)を貢いで勘弁してもらう方向のやつだった…。
確かに国は救ってんのかもしれないけど腑に落ちない俺と、超絶美形イケメンドジっ子魔王様の 甘い新婚生活は無事スタートするのか。
※ファンタジー作品に馴染みがないので詳細な背景描写等ははおざなりですが、生暖かい目でお見守り下されば幸いです。
9割方悪ふざけです。
雑事の片手間程度にご覧下さい。
m(_ _)m
【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【R18】奴隷に堕ちた騎士
蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。
※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。
誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。
※無事に完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる