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四章 転生者七斗

六話

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 俺の身体はふらふらとその男の前に立った。
 誰なんだろう、コイツは。
 自由になる頭で考えたけど分からない。
 男は玉座とでもいえそうな宝石をちりばめた豪奢で座り心地の良さそうな椅子に座って、肩肘付いて顎を撫でながら俺を眺めている。
「無礼者、天帝様の御前ですぞ」
 黒髪の女が俺の頭を押さえようとする。
 天帝……?
「よい」
 男はそう言ってゆらりと立ち上がった。ぼんやりと突っ立っている俺の前に来て、じろじろと俺を見た。
「サイミによく似ている。まさか男に生まれ変わるとは、このような事もあるものなのか」
 そう言ってニッと笑った。
「まあよい。これもまた一興」
 サイミって誰なんだろう。まさか、生まれ変わる前の俺なのか? オセが言っていた男を騙す悪い女?
「思いだ草をこれへ」
 えっ。
 黒い髪の女が畏まって呼び鈴のようなものを振る。七色の帳が上がって手に盆を捧げた女が入って来た。盆の上には宝石を嵌め込まれた紺瑠璃杯が乗っていた。彼女はそれを俺の前に持って来た。
「それを飲みなさい」
 男が目で示して言う。
 探していた薬だった。アロウとの出会いを思い出す為にも飲みたいと思っていた。
 しかし、これで前世のことを思い出すのなら飲みたくなんかなかった。そんなことは思い出したくない。大体、今のことはどうなるんだ!? もしかしたら、忘れてしまうのか!?
 でも、男に言われて俺の腕は勝手にその盆の上の瑠璃杯を取って、ためらいもせずに口に持っていった。
 アロウ……!!
 心の中で叫んだけれど、こんな所にアロウが来る筈はなかった。嫌だと思っても俺の手は勝手に動いていう事なんか聞いてくれない。目の前に迫る瑠璃杯。中には淡い色の液体が入っている。男がもう一度言う。
「飲みなさい」
 金の瞳がキラリと光った。
 嫌だっ!! でも何で、自分の体なのに……。

 七色のカーテンがゆらりと揺れて白い影が飛び込んで来た。
「アロウ……!?」
 でもその時、俺は瑠璃杯を呷っていたんだ。
 俺の手から瑠璃杯が剥がれて床に落ち、砕け散った。

 足元に散らばった瑠璃の色。
「何を……」と、アロウの掠れた声が言った。
「七斗に何を飲ませた」
 低い美声が掠れて嗄れて、キッと射るような視線で男を見据えた。そこにいた美女達が悲鳴のような声を上げて立ち竦む。
「これは、ヴァルファ殿ではないか」
 天帝と呼ばれた男は悠長に椅子にふんぞり返ってアロウを見ている。
「血相を変えて、何事かな」
 唇に余裕の笑いを浮かべた天帝と違い、アロウはその男を睨んだままだ。天帝はアロウの表情が変わらないのでフッと溜め息を吐いて言った。
「『思いだ草』を飲ませたのだよ」
 その途端アロウは白い稲妻のようになって天帝に襲い掛かった。周りで美女達が「きゃあ!!」と、悲鳴を上げる。俺は慌ててアロウを引き止めた。
「アロウッ!!」

 あれっ……? 身体が動く。
 アロウが驚いたように振り返った。俺の腕を掴んで半信半疑の体で聞いた。
「七斗、何ともないのか?」
「うん……、っていうか。俺、全部、思い出したよ」
 その途端、アロウの瞳が不安に曇る。
「あんたと出会った時のこと。俺、あんたのこと人形みたいだって思った。とっても綺麗で」
「七斗……」
「あんたが好きだよ」
「私もだ」
「ああ、あんたの瞳の中に俺が映っているよ」
 何度、俺はそうしてその紫の瞳を見上げただろう。
「あんた俺に嘘付いてたんだね。Hしなくても実体化できるじゃないか」

 そうなんだ俺はアロウと始めて会ったときのことを思い出した。随分と綺麗な奴だと思ったこと。Hしたら実体化出来るって言われて、俺のほうが男の役目をするんだとか思ったことも、段々気持ちよくなって、俺ってば、身体からアロウのことを好きになったんだな。何か恥ずかしい奴だよな。
 アロウはその紫の瞳で俺の顔をじっと見ていたが、ふと唇が歪んだかと思ったら、俺を息が詰まるほどその腕の中に抱き締めた。
「アロウ……」
 ああ、思い出せてよかった。
 俺は思いっきりその身体に抱きついた。この腕の中は随分と久しぶりのような気がする。

「コホン」
 誰かが咳払いした。アロウにしがみ付いたままそちらを見ると、金色の髪の立派な男がいる。確か天帝とかいったっけ。彼はおもむろに聞いた。
「私のことは何も思い出さないのかな、サイミ」
 俺は首を横に振った。俺が思い出したのは忘れ草を飲んで忘れたことだけだった。俺はサイミという女の生まれ変わりではないんじゃないだろうか。

「何かの間違いじゃないのですか。俺は本当にそのサイミとかいう人の?」
「転生する者は多くないし、君はサイミに瓜二つなのだよ」
 天帝が溜め息を吐くように言うと、アロウがキッと見据えて返した。
「昔の事は知らぬが、七斗は今は私の恋人だ。本人の意思を無視して、勝手なことをされては困る」
 俺を抱き締めたまま天帝を睨み付ける。アロウは鬼だからこういう顔をすると結構怖いが相手は天帝なんだし、どうなるんだろうとアロウにしがみ付いたまま二人を見比べる。

 天帝も余裕で座っているのを止めて立ち上がり、俺たちに鋭い視線を向けた。
「ほう、勝手なことをしたのは君の方ではないのかな。サイミは天国に来る予定だったのに君が横から奪った訳だからな」
 アロウが唇を噛む。俺は思わず天帝に向かって叫んでいた。
「俺はサイミなんか知らない!!」
 天帝が目を見張って俺を見た。俺とアロウは抱き合ったまま天帝を見返した。

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