24 / 45
三章 地区管理局でお仕事
三話
しおりを挟む「歌手になるために何もかも捨てたの」
夫も子供も家も何もかも。自分のやった事に悔いは無いけれど、子供のことだけが心残りだった。
「この街に来て私の坊やに会ったわ。私を探しに来ていたの」
ジェーニャはそう言って涙ぐんだ。
「七斗にも会わせてあげるわ」
俺はジェーニャと一緒にその子に会いに行った。
「ほら、あのホテルに泊まっているの」
ジェーニャの示すホテルから背の高いスラリとした金髪の男が出て来た。
「え……? あれが?」
「私の坊やよ。名前はキリルというの。まだ高校生なの」
高校生と言われてもう一度よく見ると、体格はいいけれど、顔にはまだ幼さが残っている。ジーンズにTシャツ姿でバッグを背に歩き出した。
「今日帰るらしいの。でも、会えて良かったわ。私のことも探しに来てくれて……」
ジェーニャは涙ぐんで息子の方を見ている。
「これで思い残すことなく、お仕事に精を出せるわ」
俺はジェーニャにかける言葉も無くて、その肩に手を置き金髪の少年が立ち去ってゆくのを一緒に見送った。
しかし、キリルにはもう一度会わなければならなかった。
ジェーニャは今日は仕事が入っていないと言うので街を案内してもらったが、途中でなにやら柄の良くない連中が旅行者らしき人物を脅しているのに出くわした。
「あれは?」
「ああ、外国人が来ているのが気に食わない連中がいるのよ」
ジェーニャは両手を広げて溜め息を吐いた。俺たち死神は人から見えるわけじゃないし、何の影響も与えられない。何も出来る訳じゃない。
空の上から街を見れば綺麗だけれど、地上に降りれば様々な考えの人が居て、様々な暮らしがあった。人はそこで生き、笑い、悩み、苦しんで、何時か俺たちの手であの世に送られる。ならば俺たちはご苦労様と言って、優しくあの世に送ってあげられたらな。そんなことを考えていたら近くで爆発音が響いた。
「何があったのかしら」
ジェーニャが不安そうな顔を向けた。
「行ってみよう」
先ほどのジェーニャの息子キリルが泊まったホテルの方角から、聞こえてきたような気がする。俺たちは空に舞い上がった。黒煙が吹き上げている。何があったんだろう。
ジェーニャとともにそこに駆けつけた。地下鉄の駅から黒煙が吹き上げているようだ。野次馬が取り囲んでいるが誰も近づけない。
「火事だ!!」
「放火か!?」
「いや、爆発物を誰かが投げ入れたらしい!」
舞い降りたジェーニャが悲鳴を上げた。
「この駅は坊やが乗る電車が出る駅だわ!! まだ電車は出ていないんじゃ……。おお、なんてこと!!」
ジェーニャはもうもうと黒煙の吹き上げる駅のエスカレーターをドスドスと駆け下りてゆく。俺も後から追いかけた。
「可愛いキール!! 私の坊や!!」
シェルターも兼ねているとかいわれている地下鉄は、深い深い地下にあった。長い長いエスカレーターを駆け下りてやっと広いホームに着いた。
ホームに爆発物が投げ入れられたのか、天井が吹っ飛んで落ちた瓦礫が通路を塞いでいた。火の手はさほどでもないがホームには煙が充満している。人がそこここに倒れていた。
落ちたシャンデリアや、大理石の壁を潜って、ジェーニャは必死になってキリルを探している。やがて煙に巻かれて身動きが取れなくなっているキリルを見つけた。
「ああ、このままじゃあ坊やが死んでしまうわ。助かっても酷い後遺症に……。坊や」
俺たちは死神で人には見えないんだ。触ることも出来ないし話も出来ない。このまま手をこまねいて見ているのか。しかし、まだ仲間の死神は来ていない。俺はそのことをジェーニャに言った。
「きっとキリルは助かるよ。そうだ、ジェーニャ。歌だ!」
「歌……?」
涙にくれたジェーニャがキリルの側で顔を上げる。
「きっと聞こえるよ。あの子に歌った事はないの?」
「ああ、そうね。子守唄なら……」
ジェーニャは涙を拭って必死になって歌い出した。くぐもってしまう声を張り上げキリルに向かって呼びかけたんだ。
『坊や、いい子ね、泣かないで──』
「起きてキール……」
キリルが身動ぎする。
『どうしたの。何があったの。私に教えて御覧なさい』
「キール……、起きて頂戴」
煙で煤けた顔を上げた。不思議そうに周りを見ている。
『この世は悲しみに満ちているかしら。それとも喜びに──』
「立って……キール。ほら、こっちよ」
手をついてヨロとよろめいた。ジェーニャが悲鳴を上げる。涙をぽろぽろ零してまた歌いだした。
『あなたの幸せの数を探して御覧なさい』
「キール……、立って、歩いて……」
キリルはもう一度手をついてゴホゴホと咽た。手をついたままでヨロとジェーニャのほうに這って行く。
「そう、キール。こっちよ、頑張って」
『そしてその顔を微笑みにかえて。そう、笑うことが一番のお薬──』
ジェーニャの歌声の方に向かってキリルはズルズルと這って行った。
「こっちだ! 出口があるんだよ」
瓦礫の中をキリルを誘導する。ジェーニャの歌声が聞こえるのか、キリルは歌声に向かって手足を動かした。やがて、瓦礫を何度か避けてやっと煙が薄いところに這い出た。
「もう大丈夫よ、坊や」
ジェーニャはキリルの髪を撫でるようにして小声で歌っている。キリルは苦しそうな息の下から小声で呟いた。
「かあさん……」
「キール……、私の坊や」
ジェーニャは抱き締められない手と身体でキリルを包み込むようにして泣いた。
救助隊が来たのはそれからしばらくしてからだった。酸素吸入器を宛がわれて担架に乗せられ、キリルは病院に運ばれて行った。
「大丈夫かな?」
「ええ、七斗のお陰だわ、ありがとう」
キリルの側から離れないジェーニャを置いて、俺はそっと病室を出たんだ。
10
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが
古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。
女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。
平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。
そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。
いや、だって、そんなことある?
あぶれたモブの運命が過酷すぎん?
――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――!
BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる