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三章 地区管理局でお仕事
一話
しおりを挟むアロウのオフィスは香港にあるビルの中にあった。俺たちの住んでいる可愛い家から割と近い。
ビルの最上階にあるオフィスの広いフロアはローパーティションで仕切られていて、そこで働いている皆に紹介された。死神養成学校と同じで、着ている物は似通っているが姿形は様々な人種が揃っていた。何となく俺を見る視線が尖っているような気がするが、構わずアロウは俺を最奥にある自分の部屋に連れて行った。
二間続きの部屋は非常に明るくて広い。他の部屋は殆んどガラス張りだったが、ここにはちゃんと壁があって絵なんかもかかっている。どちらかというとアロウの家と違って、どっしりとした渋い感じのインテリアだった。
アロウはでかいデスクの向こう側にある座り心地の良さそうな椅子にどっかと座り、低い張りのある美声で説明をはじめた。
「地球はヨーロッパ・中東・アフリカ地区、アジア・オセアニア地区、アメリカ地区、の三つに分けられていて、ここはそのアジア・オセアニア地区管理局本部だ」
長い銀色の髪、紫色の瞳、何処までも整った人形のような顔には、表情は殆んど無い。
ええと、地区管理局の本部でも一番偉そうだよなコイツは……。
アロウの側には、流れる黒髪と、黒い切れ長の瞳の妖艶な男が立っている。
「九朗は私の第一秘書だ」
アロウが説明して俺は九朗に向かって頭を下げた。一応俺の上司になるんだよな。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
九朗は鷹揚に言ってニンヤリと口角を上げた。
「じゃあ、俺は仕事に行って来る」
九朗が俺の仕事の指図をすると思っていたのだが、彼は俺を置いてさっさと部屋を出て行った。俺の目の前には、何処までも美しい男が椅子に寄りかかって無表情に俺を眺めている。俺、何をすればいいんだろう。
「あの……」
「お茶」
「……」
お茶だと言ったよな、この男は。
「何処に……」
「部屋を出て右に、給湯室がある」
俺は頷いて部屋を出て行った。
二間続きの部屋を出て右の方に曲がると、奥にそれらしき入り口がある。入ろうとして立ち止まった。
「何ー!! あの田舎モノはー!!」
「あんな何処の馬の骨ともしれない死人に!!」
何だ、この悪口は……。
俺は恐る恐る覗いて見た。何人かの死神らしき連中が集まって騒いでいる。ここのオフィスにいる死神の比率は、大体七対三か八対二位で男の方が多かった。ここで騒いでいる奴らもそのくらいの比率だが、彼らが言っているのはどうも俺の悪口のようだ。
「私のヴァルファ様に変な虫が!!」
「お美しいヴァルファ様のお側にゴミが!!」
「麗しのヴァルファ様に近付くなんて、許せない!」
こいつらアロウの本性を知らないな。お前ら、あいつは鬼なんだぞ。立派な角も、立派な牙も、立派なナニもあるんだぞ!!
「いびって追い出してやろう!!」
「何を言われてもシカトしましょうよ」
「些細なミスをしたら大騒ぎで責め立てる」
「椅子に画鋲、机の引き出しにカミソリ、お茶うけに下剤入りのお菓子、お茶には雑巾の絞った水を……」
ぞっ……!
その時、急に肩を掴まれ俺は声を上げそうになって慌てて口を押さえた。そのまま後ろを振り向くと九朗がニヤリと笑っている。ビックリさせないで欲しい。寿命が縮んだじゃないか。……と、死神に寿命ってあるんだろうか。
「お茶を挽いてるんだろ。あいつら殆んど、あいつのお手付きだからな」
「お手付き……?」
「そう、そして俺のお手付きでもあるのさ」
「……、それどういう意味だよ」
「お前もその内……と、思っていたがな」
俺の質問には答えないで、九朗はそう言いおいて、流れる黒髪を翻し給湯室の中に入っていった。途端にきゃあと嬌声が沸きあがる。俺は脱力しながら一呼吸おいてそこに入っていった。
とりあえず最初の仕事であるお茶を入れねば。そこにいた死神連中が一斉に俺の方を睨む。視線で人が殺せるものなら、俺は滅多刺しにされて死んでいるところだよな。
九朗にアロウのカップを教えてもらって、何とかお茶を入れてアロウのところに持ってゆく。
部屋には人形が座って、忙しそうに仕事をしている。長い銀の髪。俺がお茶を持ってゆくと見上げた瞳は紫。何処までも整った人形のような顔。お茶を置くと、頷いてカップを取上げ一口すすった。
「お前が入れたほうがよい」
「そりゃあどうも」
「今まではおかしな味がしたが」
あいつら何を入れてたんだろう。まさか雑巾の絞り汁じゃ……。首を傾けてアロウを見る。
違うよな。惚れ薬とかそういう類のものだろうな……。
ぼんやりと思いの中にいると「おい」と呼ばれた。
「ギョッ」
顔が変わっている。二本の角と赤い瞳の鬼になっている。長い爪が俺を呼ぶ。
「何だよ」
「奉仕しろ」
「いいのかよ、誰か来たら」
「この部屋にフリーパスで入れるのは、この部屋の主である私以外は九朗とお前だけだ」
アロウに言われて、俺はデスクの下に潜り込んで、椅子に座った奴の前に屈みこむ。着ている服の前を寛げてアロウのモノを取り出し口に咥えた。見る見るソレが力をもつ。
俺、こいつの性欲処理のために雇われたんじゃないだろうな。
そう思いながら手に持ったモノに舌を絡めて舐めたり啜ったりした。俺、どこでこんなコト覚えたんだろう。男のこんなモノを手にとって、口に入れて、違和感なくしゃぶったり舐めたりして奉仕している自分が怖い。
ソレは極限まで大きくなり、やがて俺の口の中に欲望を吐き出した。俺は奴の放ったモノをためらいもなく飲み込んでしまった。
生前の俺はもう遠い彼方に行ってしまって、切れ切れにしか思い出せないが、ごく普通の真面目な男だったような気がするんだが。自分のやっていることが信じられない。
見上げると鬼のアロウはニヤリと笑って、その顔が行い済ましたように人形に戻ってゆく。俺の手の中のソレも力を失って大人しくなった。アロウの大人しくなったモノを服の中に収めながら、ふと九朗の言葉が蘇った。
あいつら皆、お手付きなのか……。俺もその内……。
アロウのデスクの下から出ながら、俺の気持ちはかなりへこんでいた。
結局俺は、アロウの部屋の前室をあてがわれた。片隅にデスクがあってアロウがくれた書類を整理したり、調べたり、誰かが来るとアロウに取り次ぐ。外出のときは付いて行ったりと、殆んどアロウの世話で明け暮れた。死神の仕事はいつするんだろう。
「明日から出張だ」
俺が運んで行ったお茶を一口飲んでアロウがそう言ったのは、何とかここの仕事に慣れたある日の午後だった。今回の出張先はサンクトペテルブルグにあるロシア支局だという。
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