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二章 死神養成学校

十二話

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「おい」と、誰かが俺を呼ぶ声がした。誰だろう。
 フラフラと部屋を出てゆくと、バサと羽音が聞こえた。暗い中庭にそれよりも暗い影があった。
 引き寄せられるようにそれに近付いてゆくと、影は流れるような長い黒髪、切れ長の黒い瞳の妖艶な男になった。

 こいつは誰だろう。どこかで見たような気がするが。
「あんたは……?」
 俺が男に聞くと、男は首を傾げ俺を見て、その切れ長の瞳をスッと細めた。
「俺まで忘れてしまったのか? まあいいか、思い出さなくても。俺が可愛がってやろう」
 男はそう言って俺を引き寄せた。


 * * *

 何だろうコイツは。黒い瞳に魅入られたようになって俺の身体が動かない。
「あんた、誰?」
 俺はやっともう一回聞いた。なんだか口を動かすのも大儀なんだ。黒い闇が俺の周りを囲んで男の唇が近付いて来る。

「名前なんかどうでもいいだろ」
「あんたがヴァルファって奴?」
 体が動かせないので必死になって瞳に力を込めて聞いた。
「違うな」

 黒い男は目を細めて俺の方を見ている。すぐ近く五センチばかりの距離で。
「ヴァルファってどんな奴? 俺、忘れちゃって……、とても不安なんだ。思い出さなきゃいけないんだ」
「別に思い出さなくてもどうって事はないぞ。あいつは忙しいし、すぐに忘れる」
「俺の方が忘れたくないんだ……!」
 悲鳴のような声が掠れて消えた。間近にある黒い妖艶な瞳が少し釣り上がる。

「じゃあ呼んでみろ」
「呼んでもいいの?」
「いい」
「ヴァルファー……」
 呼んでみたけれどなんだか違う。違和感がある。何故だろう。だから声は途中から力を失い、暗い闇に飲み込まれて消えていった。

「誰も来ない……」
「そのようだな」
 おもむろに男は俺の身体を引き寄せた。もう一度暗い闇が押し寄せてくる。
「そんな……」
「諦めて大人しく俺のモノになれ」
 その名前は違う。ヴァルファじゃないんだ。でも思い出せない。男に押し倒された。流れる黒髪、切れ長の黒い妖艶な瞳。形の良い唇がニッと笑って近付いてきた。

 違う、違う、違うんだ。この唇じゃない。でも、思い出せない。


「オイ!」
 いきなり黒い闇が少し遠ざかった。
「あれ? あんたどうして」
 男が間の抜けた声を上げて声のした方を振り返っている。銀の光が黒い闇の隙間から見えた。

「今日は卒業式だ」
 オドロオドロとした声が銀の光の方から答えた。
「えっ? もうそんな時間か?」
 時計が十二時を廻ったらしい。とんだシンデレラだよな。
「それにしてもその格好……」
 黒い男が呆れたように言う。
「うるさい。失せろ」
 機嫌の悪い声が押し殺すように低い声で言って、男は立ち上がり黒い闇が消えた。
「わっ!!」
 鬼がいる。消えた闇に浮かび上がった二本の角、長い銀色の髪、牙の生えた口、赤い瞳がカッと俺を睨め付けた。銀色の鬼だ。

 俺は思わず後退りした。
 黒髪の男が「ククク」と笑った。
「本当に忘れているようだな」
 鬼が男をキッと睨む。バサと羽音を響かせて男は逃げて行ってしまった。

 逃げる気かよ。薄情な奴だ、俺をこんな鬼のところに置いて。怖いじゃないか。
 鬼は物も言わずに俺を捕まえて小脇に抱えると空に飛び上がった。
 何処に行くんだよ。今日は卒業式の日じゃないのか?
 でも怖くて声なんか出なかった。


 連れて行かれたのはえらい少女趣味の小さな家で、鬼はその家の二階にダダダと俺を運ぶとベッドに放った。
 逃げる暇もあらばこそ、すぐさま俺の上にダイブして、着ていた服を引き剥がす。
 牙の生えた唇で身体中を舐められた。
 はうっ……、気持ちいい……。

 俺の身体はたちまち溶けてトロトロになった。俺のモノが反応して勃ち上がるのを鬼は長い爪の生えた手で包んでやわやわと扱きながら、後ろの蕾を舌で丁寧に解す。
 俺、何でこんなに気持ちがいいんだろう。何でこんなに感じているんだろう。恐ろしげな鬼なのに──。

 しかし鬼が優しかったのはそこまでで、後はもう揉みくちゃにされた。抱かれ、貫かれ、火のように攻め立てられ、上も下も前も横も何も分からなくなって、鬼にしがみ付いた。

 唇が降ってくる。牙が生えているけれど形の良い唇が。俺はとろりとした目で鬼を見ている。濃厚なキスを仕掛けられて瞳を閉じた。
 鬼は俺の唇から頬や首筋そして耳朶へとキスを移動させてゆく。俺の身体の中には鬼の脈打ったモノがまだ納まっていて、軽く揺さぶられただけで声が出る。

「あんたがヴァルファ……?」
 鬼は俺の髪をぐしゃぐしゃにして耳に囁いた。
「アロウと呼べ」
 まるで命令する口調だ。
「アロウ……?」
「そうだ、七斗」
 俺の思い出せなかった名前ってこれだろうかと思ったけれど、鬼が又動き始めたので俺の意識は飛んでしまった。


 卒業式の前にその鬼、アロウは俺を学校に連れて戻った。
「きゃー!! ヴァルファ様よ──!! 良かったわね、七斗。後で紹介してね」
 鬼のロクが嬉しそうに騒ぐ。

「オイ、あれは誰だ?」
 天使のオセが俺を掴まえて聞いた。
「ヴァルファ様じゃないのー」
 ロクが当たり前のように言う。
「うっそー!! 鬼じゃないか!!」
 オセは両手を頬に当てて青ざめている。何でだろう。アロウは鬼だよな。

「あっらー、あんた地上勤務でのヴァルファ様しか知らないの? あれが冥界でのお姿で、ヴァルファ様の本来のお姿なのよぉ。はあ……、ス・テ・キ♪」
 ロクは頬に手を添えてうっとりとアロウを見ている。

「牙なんか私よりスゴイ、それに角もあるし……」
 ユーシェンが感心したような、驚いたような、怖そうなような、複雑な表情で言った。

「でも、威厳のあるステキな方じゃないの。七斗、私にも紹介してね」
 ジェーニャがコロコロと笑った。
「私にも紹介していただきたい」
 と、ポポーリョも興味深そうに申し出た。
 もちろん俺は皆に紹介した。オセは恐々とアロウを見て近付かなかったけれど。


「君たちは優秀な人材だ。死神として、魂の案内人として誇りを持って仕事に当たってください」
 校長の訓辞を受けて、卒業証書を手渡された。俺たちは辞令を手に見習いの死神としてそれぞれの任地に赴く。各地の上官が迎えに来ていて、俺たちはまた会うことを約束して別れた。


「俺は?」
「お前は秘書見習いとして私の仕事を手伝ってもらう」
 銀の鬼が言う。
「俺、あんたのコト憶えてないけど、いいの?」
「構わん」

 偉そうに鬼が言う。何処からどう見ても怖そうな鬼だよな。俺、こんな奴をどうして、何を間違って、好きになったんだろう。
 鬼の後に付いてフラフラと飛びながら俺は思ったんだ。




  二章 終

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