8 / 16
四話 チューリップが教えてくれる愛
1
しおりを挟むドルレアン公爵令嬢から紹介されて行ったその家は街の外れにあった。メイドが玄関ドアをノックすると非常に美しい水色の髪の中背の男が現れた。
メイドは男を見て呆けたようになって、公爵令嬢から頂いた紹介状を男に両手で差し出したまま固まった。
「失礼しました。こちらに黄金の魔女様がいらっしゃるとドルレアン公爵令嬢エメリーヌ様に教えていただき参りました」
アニエスはメイドの無調法を詫びて用件を伝えた。
「わたくしはアニエス・ド・ヴォークレソンと申します」
「はい、どうぞ」
男はぶっきらぼうに言ってドアを開いた。
通された応接室はこじんまりとしていたが明かるい光に溢れていた。花とハーブの匂いが漂っていて、部屋にはたくさんの乾燥植物が吊り下げられたり、花瓶に活けられている。
そして、目の前に黄金の魔女がいた。黄金の魔女は美人だとエメリーヌ様に聞いていたけれど本当に驚いた。緩やかに波うつ美しい金の髪。ややつり気味の緑の瞳は猫の瞳のように好奇心に満ちている。
魔女は気まぐれだと聞く。興味を持ってもらえたのだろうかと、かすかな希望を抱いた。
魔女ユーディトに促されて願いを口に出す。
「私は婚約破棄されたのです。もう一度、時間を巻き戻って、人生をやり直したいのです」
しかし、ユーディトの返事はつれないものであった。
「無理ですわ、時間は巻き戻せませんの。たくさんある別の世界に行くだけですわ。そこに居る方々は似ていても別の世界の方ですの」
アニエスは唇を噛んで俯く。
「違う世界の方とやり直したいのなら、そちらにお送りしますわ」
「もう一度考えてみます」
緩く首を横に振って答えた。
ユーディトはアニエスをじっと見ていたが聞いた。
「どう言う理由で婚約破棄されたかお伺いしてもよろしくて?」
アニエスは少しためらったが、折角聞いてくれたのだ、覚悟を決めて立ち上がり羽織っていたローブを脱ぎ落す。
「ご覧になって」
アニエスは愛らしい顔をしていて、すっきりとスレンダーな身体つきをしていた。その身体は妖精を思わせる。
「胸が無いんですの。世間では扁平胸と言うそうですわ」
成程、ドレスで隠されている胸元を寛げて押さえてみせると、そこには非常につつましい、在るか無きかのふくらみのようなものと胸のぽっちが透けて見えた。
「婚約者はお前は女ではない、騙されたと怒って……、婚約がダメになって……」
アニエスの唇が震える。今にも泣きだしそうであった。
魔女ユーディトはフムフムと頷いた。
「あなたはとても大変な目に遇ったのね」
水色の髪の男がお茶を入れてくれる。柑橘系の香りがして気分が少し落ち着いた。
「世の人の半分は男ですわ」
ユーディトはきっぱりと言う。
「人の姿かたちは様々です。中身も様々です。胸の大きさも様々ですし、男の好みも様々です」
それは分かるけれど。
「胸の大きさも好みがあるの、大きな胸が好きでない方もいるのよ」
「でも、そんな方がどこに居らっしゃるのでしょう」
彼女がそう聞くとユーディトはにんまり笑った。
「無いものはどうしようもないけれど、在るものだったら表せますわ。お薬を差し上げましょう。そうね、あなたの容姿が相手の方の好みに合えば頭に花が咲くのはいかが? どんなお花がお好きかしら」
「チューリップが好きです、ピンクの……」
「まあ可愛らしい」
ユーディトはしばらく別の部屋で作業をしてから戻って来た。
「そう、夜会の前に飲んで下さる? 二時間ほど効くようにしました。そうね、ラッキーセブンで行きましょう」
小さな瓶をアニエスに渡した。瓶には錠剤が七つ入っている。
「きっと、あなたの男にお会いになれますわ」
そう言ってにっこりと魅惑的な微笑を浮かべて隣を見る。それでこの魔女のお相手はその横にいる水色の髪の綺麗な男だと分かった。
男がにこりと笑う。とても綺麗な幸せそうな笑顔だ。
(私にもそんな方が現れるだろうか)
アニエスはそんなことを考えながら、瓶を手に持って魔女の家をあとにした。
⚘ ⚘ ⚘
魔女に貰った薬を持って帰った。心配して待っていたヴォークレソン伯爵家の家族に説明すると、早速出席できる夜会の中から手頃なものを両親が見繕って準備を整えてくれた。
夜会に行く前に薬を飲んでみた。ドレスを着て家族の前に出ると、父のヴォークレソン伯爵と弟の頭にピンクのチューリップの花が咲いている。
「まあ」
お母様はスレンダーな方でお父様はそれが好きなのね。弟も親に似てスレンダーな人がいいのかしら。アニエスはとても微笑ましい気持ちで家族を見た。
しかし、夜会会場ではそうもいかない。
「まあ、アニエス様よ」
「この前、婚約を破棄された」
「何でもあの方、扁平なのだそうよ」
「んまあ」
「クスクス」
夜会に出席すると心無い噂をされる。傷ついた心が更に抉られる様な気がする。
頭に花をつけた方はいらっしゃったが、結婚している方とか、恋人がいらっしゃる方ばかりであった。
(私のお相手はいらっしゃらないのかしら)
アニエスはがっかりしてしまった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
【第一部完結済】〇〇しないと出れない50の部屋に閉じ込められた百合カップル
橘スミレ
恋愛
目が覚めると可愛い天然少女「望」と賢い美少女「アズサ」は百合好きの欲望によってつくられた異空間にいた。その名も「〇〇しないと出れない部屋」だ。
50ある部屋、どこから覗いても楽しめます。
ぜひ色々な百合をお楽しみください。
毎日深夜12:10に更新中
カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16817330660266908513
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします
tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。
だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。
「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」
悪役令嬢っぷりを発揮します!!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約者の本性を知るのは私だけ。みんな騙されないで〜!
リオール
恋愛
可愛い系で、皆に人気の王太子様は私の婚約者。キャルンとした彼は、可愛い可愛いと愛されている。
でも待って、その外見に騙されてはいけないよ!
ツンデレヤンデレ腹黒王太子。
振り回されながらも…嫌いになれない私です。
===
明るいテンションで進む予定です。
ギャグというよりラブコメ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる