上 下
34 / 37

34 ウスリー村へ

しおりを挟む

 アンベルス王国の国王やほかの王族たち、貴族達、それに聖堂の僧職や騎士達は怪我人は出たものの皆無事であった。潰れたのは聖堂とその周囲だけだったのだ。
 ただ菜々美の浄化で呆ける人間も出て、しばらくは国として機能するかどうか予断を許さない。
 菜々美は王宮を出る前にその場でヒールをかけた。そしてエラルドが菜々美の作った最後の聖水を王宮にばら撒いてから出て行った。

(聖女と王子二人は元の世界に行っちゃったというか、無理やり送ったけど、どうなるのかな、あの人たち。何とかなるよね美女とイケメンだし……)

「やっぱり巻き込んでぐちゃぐちゃにしたなあ。壊しちゃったなあ」
「なるようになっただけだ」
「そだね」
 召喚されてなきゃ来てない訳だし。

 側に居るエラルドにくっ付いた。彼と一緒なら何処に行ってもよかったんだけど、元の世界に帰っても良かったんだけど……。
 私のことを誰も知らない所に帰ってもなー、知らん顔されたらかえって辛いだろうなあ。

「私達、侯爵とかパウリーナさんを殺した容疑で、またアンベルス王国に捕まるかしら」
「普通は他国に兵は出せぬが」
「あら、そうなんだ」
 そんなことしたら普通は戦争になっちゃうか。
「ナナミが浄化したからアンベルス王国の人々も、もう少しまともな人間になると思うが……」
 エラルドの最後の言葉は自信なさげになった。

「大体何でそんなにエラルドに執着するの?」
 エラルドは国を出奔したら婚約は廃棄されると言っていたのに、躍起になって追いかけて来たり、捕まえたり、何で?
「エラルド様はお母上様から商会を相続されております。アンベルス王国はそれに気付いて狙っているのでは──」
「えー!?」
「かもしれんな。パウリーナを押し付けられた辺りだから、侯爵かヴリトラが感付いて国に漏れたのか。母上が逃げろと言う訳だな」
 商会って、異世界で悪役令嬢がざまぁする時に必須のアレよね。菜々美の瞳にキラキラとお星さまが輝く。
「何を取り扱っているの?」
「お前も見たろう、魔物除けの魔石とかシャワーとかバッグとか──」
「おおおおーーー! すごい!」
「ナナミ様、こういう連絡用の伝書鳥もありますよ」
 ラーシュが見せる伝書鳥は折り鶴みたいな形をしていた。昔召喚した聖女かしらと少し遠い目になる。
「すごいわ、そりゃあ執着するわね」
 お金の生る木だよね。

「そういえばアールクヴィスト侯爵はムカデのままだったけれど、瘴気に侵されたら普通の人は消えちゃうんじゃないの?」
「あ奴は魔物であった」
「お嬢様、ヴリトラはパウリーナ様を飲み込みましたし、侯爵もムカデに食べられたのではないでしょうか」
 ヨエル様があっさりと、クレータが豊富な知識を披露する。
「うわあ……」
 もう忘れたい、しばらく思い出したくない。
「お二人が亡くなったのでアールクヴィスト侯爵家は相続争いが起こりますわね。侯爵にはパウリーナ様しかお子がいらっしゃらなかったので、近い親戚といえば侯爵の従兄妹が3人、その子が7人──」
「しばらく侯爵家からは何も言って来ないだろうな」
 エラルドは腕を組んで頷いている。その方がいいわ。


 エラルドは修道院に行く桟橋で無事自分の従者達と合流した。
 イェルケルさんはエラルドの家令というか支配人というか執事であった。ダークブロンドの髪を後ろにスッキリと流したシュッとした感じの中年の男だ。
 合流した従者を前にエラルドは話す。
「私はまだ何も持っていない。流浪の只人なのだ。無理にとは言わぬ。アンベルス国王をはじめ政に関わる者もかなり傷病人が出たと聞く。国に尽くしたいと思う者は残ればよい」
 確かにエラルドは領地も爵位も持っていないけれど、誰も国に残るという者はいなかった。


 船着き場でルイーセ様に来て貰って、湖底の宮殿で休んだ。
 エラルドはイェルケルさん達と暫らく話し合ってイェルケルさんの後任を決めたようだ。彼はアルスターに居たがエラルドと合流するという。派遣する人はそこの副支配人として行くという。
 イェルケルさん達は沢山食材を持ち込んでいたので、食卓が賑やかになった。これは素直に嬉しい。ここまでの旅は蛇と虫と粗食の旅だった。フィン村とウスリー村で少しまともな食事が出たが村だしなあ。

 ワインと一緒に前菜は鳥とキノコのテリーヌやハムやチーズに赤や黒の卵が乗ったカナッペ。スープは濃厚なうまみのポタージュと白パン、カニとエビのポワレバターソース、木苺のソルベ、雉鳥のカツレツ、フルーツ盛り盛りのタルト。
(ああ、幸せ。とっても美味しい……)

 ふと隣を見るとエラルドがコーヒーカップを持ったまま嬉しそうに菜々美を見ている。犬やら猫やらにエサをやって嬉しそうにするアレかしら。
 菜々美は犬か猫だろうか。いや、金太郎だ。この場合金太郎の方がマシな筈だ。


  * * *

 翌日、ルイーセ様にウスリー村まで送ってもらった。アルスターに戻る人々も一度ウスリー村を見学してから戻るということになった。村の現状を見ていた方が今後の仕事の役に立つということらしい。


 ウスリー村で村人も交えて話し合った。人は居ない、土地は広い、工場やら宿やら始めたら人手は足りないということで、エラルドと菜々美はしばらくこの村に落ち着くことにした。
 無論ヨエル様も、クレータとラーシュとイェルケルさんと、エラルドの従者達も一緒である。ルイーセ様はウスリー村の近くの湖に別荘を建てるという。湖底の別荘だそうだ。時々お邪魔しようと思う。
 取り敢えず空き家が工場長館くらいなので、そこを間借りして家を建てながら工場を細々と動かす。

「この村をコミューンとか共同体といった感じで、議会を置いて村長を選出して──、まずジャムス辺境伯とマオニー侯爵家に認めてもらおう」
「それにしてもあの侯爵はどうなったの? 呆けてたみたいだけど」
「令嬢がいますし、侯爵夫人もいらっしゃいますので窓口はそちらでございますわ、お嬢様」
「まだ一歩、この地が立ち行くまで手を貸そうと思う。手を貸せるものは貸してくれ」

 暫らくしてジャムス辺境伯の犬がやって来たので、辺境伯に取り次いでもらう。
「マオニー侯爵家が軟化したようだが何かしたのか?」
 腕を組んで犬は上から見下ろす。態度がでかい。
「浄化したら侯爵が呆けてしまったのよ」
「そうか、侯爵の娘はなかなかきついぞ」
 それはパウリーナのような? 少し不安になるのだけれど。

 そういえばマオニー侯爵家の令嬢は辺境伯家に嫁いでいて離縁したんだっけ。

「ロッキー?」
 そこにカイが父親と一緒にリンゴの収穫を終えて帰って来た。
「おお、チビ。元気か」
「俺はカイだ」
 犬は獣化してカイとじゃれ合いだした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

元料理人、異世界で飯テロします。

百彩とまと
ファンタジー
料理人である園田舞桜は、ある日突然現れた魔法陣に吸い込まれて異世界に飛ばされてしまう。 ただし飛ばされた場所はボロボロのご飯屋。誰も人が居ない廃墟同然の場所で、ご飯屋始めます!

異世界の皆さんが優しすぎる。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
ファンタジー
★書籍化部分は非公開になっております★ 間宮遥(マミヤハルカ)は大学卒業を控え、就職も決まった10月に、うっかり川で溺れてる子供を助けて死んでしまったが、気がついたら異世界の森の中。妖精さんにチート増量してもらったので今度こそしぶとく生き抜こうと心に決めた。 しかし、ご飯大好きスイーツ大好きの主人公が暮らすには、塩と砂糖とハチミツがメインの調味料の国とか、無理ゲーであった。 お気楽な主人公が調味料を作り出し、商売人として知らない間に大金持ちになったり、獣人や精霊さん等と暮らしつつ、好かれたり絡まれたり揉め事に巻き込まれたりしつつスローライフを求めるお話。 とにかく飯とスイーツの話がわっさわっさ出てきて恋愛話がちっとも進みません(笑) 処女作でございます。挿し絵も始めましたが時間がなかなか取れずに入ったり入らなかったり。文章優先です。絵も作品と同じくゆるい系です。おじいちゃんのパンツ位ゆるゆるです。 基本的にゆるく話は進んでおりましたが完結致しました。全181話。 なろうでも掲載中。 恋愛も出ますが基本はファンタジーのためカテゴリはファンタジーで。

ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。
ファンタジー
※第12回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました!  勇者に裏切られ、剣士ディックは魔王軍に捕まった。  勇者パーティで劣悪な環境にて酷使された挙句、勇者の保身のために切り捨てられたのだ。  そんな彼の前に現れたのは、亡き母に瓜二つの魔王四天王、炎を操るサキュバス、シラヌイだった。  ディックは母親から深い愛情を受けて育った男である。彼にとって母親は全てであり、一目見た時からシラヌイに母親の影を重ねていた。  シラヌイは愛情を知らないサキュバスである。落ちこぼれ淫魔だった彼女は、死に物狂いの努力によって四天王になったが、反動で自分を傷つける事でしか存在を示せなくなっていた。  スカウトを受け魔王軍に入ったディックは、シラヌイの副官として働く事に。  魔王軍は人間関係良好、福利厚生の整ったホワイトであり、ディックは暖かく迎えられた。  そんな中で彼に支えられ、少しずつ愛情を知るシラヌイ。やがて2人は種族を超えた恋人同士になる。  ただ、一つ問題があるとすれば……  サキュバスなのに、シラヌイは手を触れただけでも狼狽える、ウブな恋愛初心者である事だった。  連載状況 【第一部】いちゃいちゃラブコメ編 完結 【第二部】結ばれる恋人編 完結 【第三部】二人の休息編 完結 【第四部】愛のエルフと力のドラゴン編 完結 【第五部】魔女の監獄編 完結 【第六部】最終章 完結

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。 このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

処理中です...