12 / 37
12 もっと大きなモノの気配
しおりを挟む頭の中でぐるぐるしているとクレータが間に入った。
「私もお供しますわ。船旅もいいものですよ」
とても頼もしい侍女だわ。元が熊だから強いだろう、きっと。
「余も行くかの」
いつの間にか戻って来ていたヨエル様まで言ってくれる。
パウリーナはどうしたんだろう。
「アレはよくないものが憑いているから逃げた」
思ったことが顔に出ていたんだろうか、ちょっと頬をピタピタした。
「でもいいんですか? アイベックスのお仲間は?」
「余は引退したのじゃ」
初耳だ。
「すでに我が子が跡を継いでおって、悠々自適じゃ」
「まあ、頼もしいわ」
菜々美は満面の笑顔を浮かべる。まだヨエル様との間にエラルドが入っているが。こんなに若く見えるのに結構年上なのだろうか。
「ありがとう。私、頑張って、この世界の顔に馴染むよう努力しますね」
「そうか、余も協力してやろう」
美しい顔で微笑むヨエル様。まだ、ちょっと怖いけど、この世界こんな顔ばかりだし、この人は元々ヤギなのだから、この方から慣れて行ければいいと思う。
「そういえば魔狼って操れるの?」
「もっと大きな気配があったのじゃ」
ヨエル様の恐ろしい発言。
「ええ? 大きな気配って」
「魔狼の親玉と言えばダイアウルフでしょうか?」
クレータが聞くとヨエル様は美しい眉を顰めた。
「そのようじゃのう。余を見て逃げたようじゃが、気になることもある」
気になる事って何だろう。それっきり口を噤んだが。
ここに来て魔物が沢山とか親玉沢山とかどうすればいいのか。菜々美がしたゲームも読んだ本もそっちの戦闘系なので、いよいよ異世界らしくなってきたと拳を作る。もっと攻撃魔法が欲しい所だ。
「不安だ、お前は綺麗になった」
隣にいたエラルドのいきなりの発言だ。
「は? 何言ってるんですか」
「どうしてそういう反応になるんだ」
不服そうな顔でエラルドが言う。
「はっきり美女じゃないって言ったじゃないですか」
「お前はしつこい」
「だって、あの時ガーンてなったんですよ。世界で一人だけの味方に裏切られたみたいでした」
菜々美の暴露に呆れた顔をするヨエル様とクレータ。
「大体ここに置き去りにするって何ですか!」
「何と無粋な男よ」
「まあ、呆れましたわ」
エラルドはがっくり来た。
「違う、ちゃんと説明しようとしたのに怒ってしまうし、お前は大袈裟すぎる」
「む」
「分かったから、そんな顔をするな」
そんな顔ってどんな顔? 分かったって何が?
拗ねたような、恨みがましいような、むくれただっけ。どんな顔だよ。
エラルドが頭を撫でようとする手を払おうとしたけど、菜々美よりよっぽど拗ねた顔をしていたので諦めて大人しく撫でさせてあげた。
頼りになるのに子供っぽい、この人は一体何だろうと、菜々美は思うのだ。
* * *
宿の亭主に釣った魚を提供すると、亭主は喜んでくれた。
『踊る仔ヤギ亭』の亭主は大柄だが濃い茶色の髪で庶民的な顔だ。客商売に向いた愛想がよく、気っ風のいい人だ。菜々美にとって割と怖くない人種であった。
エラルドの婚約者の所為で出すのをうっかり忘れる所だった。
「うふふ、大物でしょ」
「すごいな。こんな大物は久しぶりだ」
ムニエルと塩焼きに唐揚げにマリネ。菜々美にはそれくらいしか思い浮かばない。【アイテムボックス】に入れておけば、途中で食べれるかと思い出す。
「すみません、たくさん作って下さい。少しお弁当にして持って行きたいです」
「ああ、それがいいね」
「アツアツがいいですー」
「大丈夫かい?」
「はいー。そうだあのケーキ、ありましたら持って行きますので」
亭主に言うと大きなホールごとくれた。
「はいよー、これ気に入ったかい」
「はい!」
元気よく頷いた菜々美に宿の亭主も嬉しそうな顔をする。
結局、その日はフィン村の『踊る仔ヤギ亭』に泊って、翌日みんなで出発することになった。
* * *
菜々美が着ているのは【アイテムボックス】に入っていたエプロンワンピースだ。パンツの上から体形を気にせず着れるので、季節毎に何着もある。生地は麻とか綿が多いので侍女か平民と大差ない格好だ。靴はトレッキングシューズのままだがまあいいか。
クレータが菜々美が取り出した服を色々合わせてコーデして、化粧して髪もハーフアップに結ってくれたので女の子風になっている。ドレスも長いスカートも無いので相変わらずパンツ姿だ。
朝、エラルドが菜々美を見て目を見張った。
「ごめん、そのちゃんとドレスを買うから」
ドレスじゃないといけないのか。でも、この村にドレスがあるのか?
「うーん、どっちでもいいの。必要なら買って下さい」
「無粋な男じゃのう」
「さようでございますわね」
ひそひそと聞こえる声で囁くヨエル様とクレータ。エラルドは二人にこき下ろされて散々である。拗ねていじけた顔をしている。それでもまた菜々美を見て、上を向いたり横を向いたりして忙しい。
「ここはお貴族様も商人様も来ますので、雑貨屋に少しはございますよ」
宿屋の亭主の助言にエラルドが立ち上がる。
「そうか、どこだ」
「ここを出て道なりに上がった所にありますよ」
「ナナミ、行くぞ」
エラルドは菜々美の腕を掴んで外に出ようとする。
「え、何?」
「雑貨屋に行く。お前はその恰好ではまずい、こちらの格好をしていた方が良い」
そのまま宿屋の外に出た。
「ヘタレと言うんじゃございませんの?」
「そちらが近いようじゃ」
出る時にそんなクレータとヨエル様の言葉が聞こえた。エラルドは無視してずんずん歩く。道を登った所に雑貨屋と大きく書いた看板が見えた。
店には恰幅の良い女性がいて、二人を見るとにこりと笑った。
「彼女に合うような服を幾つか見繕ってくれ」
「ああ、はいはい」
女性は菜々美を見て色々服を出した。
「コレなんかお似合いですよ」
店の奥から木綿の青い小花の模様のあるワンピースを出した。
「あら、素敵ね」
襟元はレースで袖はふんわりとして、ウエストには青いシルクのリボン、スカート部分はギャザーたっぷりだ。
何枚か買ってくれたので最初に出されたワンピースに着替えた。エラルドの前でスカートを広げてカーテシーの真似事をすると口角を上げる。
結局、雑貨屋の女主人の薦めでローブと小物もいくつか買ってもらって店を出た。
「なかなか楽しいものだな。知っているか、男が女に服を贈る理由を」
「知りません」
赤くなってツンと横を向く。知っているけど言わない。
エラルドはご満悦な顔をしている。ちょっと耳が赤いけど。
服はバックパックから【アイテムボックス】に仕舞う。エラルドからの入れ知恵だ。誰に目を付けられるか分からないから気を付けろと五月蠅く言う。小うるさいのはどっちだろう。
2
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。
アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。
捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!!
承諾してしまった真名に
「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。
私、異世界で監禁されました!?
星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。
暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。
『ここ、どこ?』
声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。
今、全ての歯車が動き出す。
片翼シリーズ第一弾の作品です。
続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ!
溺愛は結構後半です。
なろうでも公開してます。
【完結】すべてを妹に奪われたら、第2皇子から手順を踏んで溺愛されてました。【番外編完結】
三矢さくら
恋愛
「侯爵家を継承できるという前提が変わった以上、結婚を考え直させてほしい」
マダレナは王立学院を無事に卒業したばかりの、カルドーゾ侯爵家長女。
幼馴染で伯爵家3男のジョアンを婿に迎える結婚式を、1か月後に控えて慌ただしい日々を送っていた。
そんなある日、凛々しい美人のマダレナとは真逆の、可愛らしい顔立ちが男性貴族から人気の妹パトリシアが、王国の第2王子リカルド殿下と結婚することが決まる。
しかも、リカルド殿下は兄王太子が国王に即位した後、名目ばかりの〈大公〉となるのではなく、カルドーゾ侯爵家の継承を望まれていた。
侯爵家の継承権を喪失したマダレナは、話しが違うとばかりに幼馴染のジョアンから婚約破棄を突きつけられる。
失意の日々をおくるマダレナであったが、王国の最高権力者とも言える王太后から呼び出される。
王国の宗主国である〈太陽帝国〉から輿入れした王太后は、孫である第2王子リカルドのワガママでマダレナの運命を変えてしまったことを詫びる。
そして、お詫びの印としてマダレナに爵位を贈りたいと申し出る。それも宗主国である帝国に由来する爵位で、王国の爵位より地位も待遇も上の扱いになる爵位だ。
急激な身分の変化に戸惑うマダレナであったが、その陰に王太后の又甥である帝国の第2皇子アルフォンソから注がれる、ふかい愛情があることに、やがて気が付いていき……。
*女性向けHOTランキング1位に掲載していただきました!(2024.7.14-17)たくさんの方にお読みいただき、ありがとうございます!
*完結しました!
*番外編も完結しました!
属国の姫は嫁いだ先の帝国で、若き皇帝に虐められたい ~皇子様の献身と孤独な姫君~
束原ミヤコ
恋愛
ティア・リュシーヌはリュシーヌ王国の姫である。
ブラッドレイ帝国の属国であるリュシーヌ王国に、皇帝の花嫁としてティアが欲しいという打診がくる。
小国であるリュシーヌ王国には拒否権はない。兄に頼まれて、ティアは皇帝として即位したジークハルト・ブラッドレイの元へと嫁ぐことになった。
帝国ではきっと酷い目にあうだろう。わくわくしていたのに――なにも、起こらない。
それどころか、大切に扱われる羽目になる。
虐げられたかったのに。皇帝ジークハルトはとても優しく扱ってくれる。
ティアは徐々にジークハルトの献身的な優しさに惹かれていき、やがてジークハルトが自分を愛してくれる理由を知ると、虐められたいという感情にも少しづつ変化が生まれてくる。
夫婦として歩み寄りながら愛情を育む、孤独な過去を持つ二人の話。
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる