ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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42 会議は踊らない

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 その日はそのまま夏の離宮に泊まった。カステル伯爵夫人とハイデとカチヤが一緒に来ていて、忙しいヴィリ様は私を彼女たちに預けると出かけるという。
「先に寝ていて」と言うから帰っては来るんだな。
「行ってらっしゃいませ」と言って手を振ると少し苦笑して頭に手を置いてポンポンとされる。まるっきり子ども扱いだ。


 翌日は朝から支度で忙しかった。
 ドレスはシフォンのグラデーションで胸の辺りは白に近い薄いブルーで、裾は濃いブルー。七色のレースの小花を散らして七色の宝石を散らして、裾は幾重にも波打ってフワフワと後ろにトレーンが伸びる。

 私の支度ができあがる頃、ヴィリ様が迎えに来た。今日の彼は白い軍服姿で、緩くカールした淡い金髪を後ろに撫でつけ、光り輝くようだ。
「エマ、似合っている、すごく綺麗だ」そう言って宝石箱から首飾りを取り出して私の首にかける。昨日のダイヤでもびっくりだったけれど、このダイヤはもっと大きい。最後に頭にティアラを乗せると何処の王族だよってレベルになった。

 とても嬉しそうなヴィリ様をちょっと睨むとニコリと微笑まれる。
 ああ、ヴィリ様素敵。いつもの高貴なお顔が白い軍服でエレガントさを増し、幾つもの勲章も最早そのスラリとした体躯を引き立てるだけ、赤い騎士団のマントが花の飾りのよう。
 私こんな人と結婚しちゃって、どうしよう。

「エマ、こちらにおいで」
「はい」
 ヴィリ様の呼んだ所に大きな鏡がある。幅も長さも大きくて、二人鏡の前に並んで立つと全身が映る。
「こんな可愛い子が側にいて、私は何て果報者なんだ。どうだい、幸せそうだろう。少しでもお似合いに見えないかな?」
 鏡の中の私とヴィリ様は微笑んでいる。
「ええ、私はこの世界に来て、ヴィリ様に会えてとても幸せです」
「私も幸せだよ」
 生涯彼の側にいて愛し愛され、幸せになりたい。
 この世界の安定を願いたい。

 怖気る気持ちはあるのだけれど「行こうか」と、彼が手を差し出してエスコートされると、まあいいかという気持ちになった。諦めというよりはなるようになるという感じだ。さあ、どこからでもかかって来なさい。


 エストマルク皇帝に呼ばれ、もう一つの離宮で開催されている舞踏会に行く。
 正面に噴水があって、とても大きくて広くて立派だ。こんな離宮が帝都に二つあって、おまけに冬の主皇宮と呼ばれる宮殿があるのだという。
 会場はこれでもかという位豪華で、名前を呼ばれて賑やかな会場に一緒に入場すると、すでに殆んどの方が入場しているらしくグループに分かれて談笑している人々、音楽が鳴り踊っている人もいたのだが、ざわめきと共にこちらに向く視線。

「あれが聖女か──」
「噂と違いますな」
「若くて非常に愛らしい。誰だオバサンだと言ったのは」
「見よ、あの身体を。ほっそりとして、それでいて肉付きの良い身体」
「肌の肌理といい、艶といい、色といい──」
「そそる……」
「だから、もう少し様子を見ろと──」

 何だか奴隷市場に投げ込まれた気分になるのですけれど。
 チラッとヴィリ様を見上げると、またザワリと空気が揺れ動く。

「どうしたのかしら」
「その顔はしない方がいい」
「え、と、どういう顔なのかしら」
 ちょっと心細くて縋るような顔……、だろうか。
「会議はどこでどなたがするのですか」
「別のホールでやっている筈だが、今日は取り止めたようだな、皆こちらに来ている」

「ヴィルヘルムめ、上手くやりおって」
「まだ大丈夫ですよ」
「若さで勝負しましょう」
「何の、若い者には負けん」

 皇帝陛下がお出ましになって二人でご挨拶に上がる。
「よく来てくれた、聖女エマ」
「本日はお招きいただき大変光栄に存じます陛下」
「聖女エマと共に参上いたしました」
「ヴィルヘルム、よくやった。褒美を取らそう、何が良いか。その前に紹介しよう。ヴァリャーグ国王並びに令嬢カタリーナ殿下」

 皇帝陛下が呼ぶと背の高いイケオジと可愛らしい少女が現れた。
「ヴィルヘルムには褒賞としてカタリーナ王女と娶わせよう。聖女エマは我が側妃としてこれからも帝国に仕えるよう」

 会場が驚きと、やはりといったどよめきで揺れる。
「どうじゃヴィルヘルム。カタリーナ王女はまだ十四歳、若くてよいじゃろう」
 皇帝陛下はご満悦な様子で告げる。まるでもう決まった事のように。

 うわ、十四歳の金髪青眼の美少女だ。金の髪はクルクルでお人形さんみたいに可愛い。ヴィリ様ってそういう人かと一瞬疑いそうになる。落ち着こう自分。
 ガチガチになってしがみ付いている私の手をヴィリ様がポンポンと宥める。

 ふと不安になったので扇を広げてこそっと聞いてみた。
「ヴィリ様、皇帝のお血筋はそういう方ばかりでいらっしゃるのでしょうか」
「そういうとはどういう」バックレていらっしゃるのかしら。
「あのような幼い少女を閨に侍らせるのがご趣味でいらっしゃいますか」
 遠慮なく、忖度せず、率直に聞く。扇の陰で。
「さあ、人の好みは知らないが、私は君しか要らない。君はピンクの少女の皮を被ったオバサンなんだろう?」
 そういやその通りなんですけどね。

 するとカタリーナ王女が私の前に来て言うのだ。
「あなた心配しなくてもよろしくてよ。わたくしは心が広いの、いくらでも貸して差し上げるわ」
「えっと、何をでしょう?」と、答える顔が引き攣ってしまう。
「まあ、無粋なことを、夫に決まっているでしょう。人生は短いんですもの楽しまなくちゃ、わたくしもたくさんの殿方と楽しみますの、気に入った方がいらしたら貸して差し上げますわ。あなたも楽しめばよろしいのよ」

 何だろうこのお嬢さん。ついて行けないんですが。呆れて見ていると、親のイケオジ国王が慌ててご令嬢の口を塞ぐ。
「これはほんの座興でして」
「結婚して楽しめばいいんじゃございませんこと──」
 塞ぐ手の隙間からカタリーナ王女が囀る。
「ほら、わたくしが味見してあなたも楽しんで、みんなで愛を育めばいいのですわ。うちの国ではみんなで楽しんでおりますのよ」
 ええと、十四の女の子がそんな事を言うのかい。どういう国なのかい。
「止めなさい」
「だってそうじゃありませんの、ひとりに決めるのは勿体ない、人生は短いのだし沢山の方と知り合うのが──」
 その辺りで、王女様はヴァリャーグ王国の近衛兵たちに連れて行かれた。
 ええと、時ならぬ王女様の発言で、毒気を抜かれたというか、実態が暴露されて返って良かったというか。

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