ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

文字の大きさ
上 下
40 / 53

40 告白と求婚

しおりを挟む
 女子会の最中、私が急にいなくなって大騒ぎになったらしい。
 戻った私はそのまま眠ってしまい、女子会はお開きとなった。申し訳ない事である。ついでにヨハンナ様の助言でお医者様が呼ばれ、魔力欠乏症と診断されて暫らく安静加療を申し渡された。情けない事である。

「何も覚えていないのですか!?」
 酔っぱらって前後不覚になると何を仕出かすか分からないということが発覚し、飲酒厳禁になった。ヴィリ様に懇々と『私がいない所で飲んではいけない』と念を押されていたのに。女子会が出来ないのが辛い。
「女子会はお茶会でいいではないですか」
 みんなが慰めてくれた。いい人ばかりで辛い。


 二日ばかりゴロゴロすると体調も戻ってお医者様に無事放免された。
 お義母様と相談して手作りのお菓子を色々作ってせっせと王宮に差し入れする。ハンカチや枕カバーなどに刺繍したりした物も差し入れする。アンドレアス殿下やフェルデンツ公爵、それにエリーザベトにも差し入れした。少しは症状が良くなってくれればいいのだけれど。
 そんなある日、連合軍が勝って戦争が終わったと知らせが入った。

 そして、暫らく音沙汰なしだったヴィリ様から手紙が来た。
『君に会いたい』
 私も会いたいです。この手紙いつでも開いて見たいわねえ。ポチ袋サイズのかさばらない袋を作ってそれに入れて首から下げる。

 学校ではぼちぼちクラスの方々とお話しするようになった。
「この前、王都のお店で購入しましたの」
 そう言ってクラスメートが見せてくれたのは可愛い巾着袋だった。花柄で裏地の付いた袋縫いになっていて可愛い。
 お義母様がお店で売ると仰って契約書を作成し、銀行に口座を作った。お義母様は仕事が早い。見習うべきだろうか。
「紐の長い物もありましたわ」
「リュックにしましたの」
「わたくしクマのお人形にしましたの。猫が欲しかったのですけれど非売品なのだそうです」
「あのピンクの猫、可愛いですわよね」
 いや、そんな物まで作ったんかい。


  ◇◇

 春の休みにヴィリ様から手紙が来た。エストマルク帝国皇帝から招待されて、一緒に帝都ヴィエナへ行くことになったのだ。
 五日後、ヴィリ様がハルデンベルク侯爵邸にいらっしゃって、侯爵ご夫妻としばらく話した後、王都にあるレストランの個室で食事をした。

 コースのお料理はどれも美味しかったけれど、目の前の少し日に焼けて、少し頬のそげたヴィリ様の顔を見ると、何とも言えない気持ちになった。そして目が彼の耳の傷に行く。
 私はその怪我を知っている、ような気がする。いつ、どこで。
『私には治せないのだ』
 じっと見ていると彼の瞳とぶつかった。あの海と同じ紺碧の瞳。

「エマ、泣かないで。私は怪我をしたけれど命は助かった。君のお陰だ」
「ヴィリ様」
 泣いてなんか……。ヴィル様は私の頬をハンカチで拭う。──いたのか。
「大丈夫だ、私は。こうして君に会えた」
 頷いたけれど涙は止まらなくて、ヴィリ様は側に来て私を抱きしめた。


「君に話したい事があって」
 食事の後、彼は徐に切り出す。どんな話なのだろう。
「その、私はエストマルク帝国皇帝の弟なんだ。それで君が放流された時、兄上に命ぜられた。君に会いに行くよう」
 彼は最初から話をするようだ。私は言葉を挟みたかったけれど、やめて聞くことに徹した。

「兄上は私にいつも苦手な事を命じる。戦場も女性も。私は勇猛でも戦略家でも軍師でもない。その方面においてはごく普通の人間だ。
 兄上に指揮官として戦場に赴くように命ぜられた。私達の軍は敵の計略にかかり、私も戦場で敵兵に囲まれ虜囚になるか命を失うかの瀬戸際に立たされた」
 どこかで聞いた事があるような話だ。

「酷い経験だった。戦友がたくさん死んだ。その事で帝都の夜会に出ても世界が違って受け入れることができなくて、宮廷から逃げて自分にできる事を探した。
 渡り人は、この最近帝国にも来ていなくて、戦乱が続き、沢山の死者が出た。

 我々は渡り人を待っていた。放流されたと情報が入ったので、我々も君を引き取る為に動き、人を向けたが先を越された。君は時間を置かず放流されたのだ」
 彼はそこで区切って悩ましそうな顔で私を見る。

「兄上は私に君を落すよう命じた。君のドレスが誂えられ、私は王国の舞踏会にお忍びで参加した」

 初めて会った王宮の舞踏会。彼を見て動作がおかしくなった、私。

「君は柔らかいほわほわの髪で春の精のようにとても可愛らしいのに、会場の片隅に居て、ひっそりと落ち着いた眼差しで会場を見ていた。目が釘付けになって、身体が動かなくなって、やっぱり死ぬんだろうかと思ったよ」
 彼は苦笑交じりに言うのだけれど、私としては冗談ではなかったので「死んではいけません」とはっきり告げると嬉しそうに笑う。

「君の気持ちを確かめようとデートに誘って何度か会う内に、君にどんどん惹かれて行くのが分かった。だが、私は戦争に行かなければいけない。私は君に何の約束もできなかった」

「私も一緒に行きたかった」
 私はぽつりとつぶやく。
「あの時、死にそうになって後悔と未練で胸が潰れそうだった」
 ヴィリ様が苦しそうに言う。
「でも君が来てくれて、今こうして側に居られる。奇跡のように」
 彼の瞳がじっと私を見る。私の手を取って唇を寄せる。
「エマ、君を失いたくない。ずっと私の側に居てくれ」
 これは希望とか望みとかではなく懇願だろうか。

 ずっと手を握って離さない彼。群青の瞳で食い入るように私の顔を見詰めたまま。
 言葉が出ない。喉がカラカラになって。断るという選択肢は私の中には無いのに、私でいいの? 本当にいいの? いいの? という言葉がぐるぐる回る。
 なので、そっと彼の唇を啄ばんだ。
 びくりと目が見開かれる。髪に手を置いて、頬に手を置いて、流れ落ちる涙もそのままに手に、頬に、そして抱き締めて、髪を撫でて、顔を探して、唇を探して、
何度も、何度も。


 彼に抱きしめられて、びったりくっ付いて、事後の余韻にうっとりと浸っていると、私の頭を撫でていたヴィリ様が不意に聞いた。
「エマは幾つになった?」
「え、私?」
 そういえば私の誕生日は冬十二月だ。鑑定してみれば十六歳になっていた。
「十六ですけれど」
「そうか、もう結婚できる年だな」
「ええと」
「嫌かな」
「嫌という訳ではないのですけれど」
「書類上だけでも先に結婚しておかないか。幸いこちらには証人に立会人に見届け人に保護者に聖職者に事欠かないし」
「ヴィリ様がそうおっしゃるのでしたら、私に異存はありませんけれど……」
 ベルトコンベアから一気にジェットコースターに乗り変えた気分だわ。一体何処に向かって行くのだろう。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

転生騎士団長の歩き方

Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】  たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。 【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。   【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?  ※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...