ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

文字の大きさ
上 下
39 / 53

39 もう一丁!(ヴィルヘルム)

しおりを挟む

 回りが静かになった。はぐれたのか。見回すが誰もいない。不気味に静まり返った空間だ。結界を張られたのか。
『見つけたぞ、貴様』
 振り向きざまに奴の銃が火を噴く。馬が驚いて竿立ちした。距離があったので、弾は耳を掠めて逸れていった。血が滴り落ちる。

 何だこいつは。人ではないモノが結界の隅にいる。
 髪が蛇のようにうねり、マスケットを持った大男が赤い派手な軍服を着て立っている。顔や手足が緑っぽいのは鱗のようなものがびっしりと生えているからか、口が裂けているのはエリーザベトと同じ。背にコウモリのような小さな翼を持ち、手や足に水かきのようなものがある。
 笑うとその牙の生えた口から長い紫色の舌が二つデロリと伸びる。

「モンローか……?」
『まあな、貴様が統領を撃ったせいで、あいつの化けの皮が剥がれたのよ。お陰であいつはお仕舞いだ。俺が成り代わっても文句はあるまい』
 周りからモンローの手勢が湧く。十数名か、モンローと同じような顔をした爬虫類のような魔物たちだ。
『聖女が侍るお前がいると邪魔になる』
 手勢はサーベルだがモンローはマスケットを持っている。弾を装填する前に手勢の相手をする。腰の拳銃を抜き安全装置を外す。魔道具を起動して充填する。弾は二発。竜騎兵用の散弾だ。

 襲い掛かってくる。馬を駆って逃げ回り、バラバラになった奴らが団子になった所で一発お見舞いした。散弾の所為で一度に何人かが沈む。ひとり、ふたり、何人かが残った。剣を振り上げ踏み込んできた奴をサーベルを引き抜いて斃す。残りをモンローとの距離を測りながら躱す。
 手勢とモンローとが重なった所で銃を撃つ。

『ぐあ!』
 やったか。散弾を浴びて倒れた。
 俯せていたモンローが起き上がる。マスケットを向けて撃った。弾は外れて馬に当たった。馬が斃れて雪の中にどさっと投げ出される。剣が手から離れて藻掻く馬の下敷きになった。
「くっ……」

『わーははは、邪魔者は消えろ』
 グサッとマスケット銃の穂先を何度か突き立てられる。雪の上を転がって避けると彼はマスケットを放りサーベルを引き抜く。
『逃げ足だけは早い』
「うるさい」
 何度言われたか。生き残ったことを呪う言葉だ。
 彼は腰に差した拳銃を引き抜く。狙いを付けた。遮るものはない、至近距離だ。

『お前はここで死ぬんだよ』
 エマ。未練だけが山のように、海のように、雪崩のように──。



 ボンッ!

 絶体絶命の時、ピンクの髪の未練の塊が目の前に現れた。弾みで奴は吹き飛ばされた。頭が真っ白。何も考えられない。
 何で、何でこんな所に。

「にゃー! ここ何処にゃ? あ、ヴィリ様だにゃー!」
 ヒシとしがみ付く。
「ど、どうしたんだエマ。うっ、酒臭い。お前酔っているな」
「女子会にゃ、みんなで飲んだにゃ、そんで、ヴィリ様に会いたくなって飛んで来たにゃ」

 エマが現れて反動で飛ばされたモンローが起き上がる。呆気に取られていた男は怒りに燃えて、そしてエマに気付く。立ち上がるとずかずかと歩いて来た。
「エマ、離れて」
「いやにゃ」
 後ろに庇おうとするが余計にしがみ付く。
 モンローが私にしがみ付いているエマの腕を掴む。
『何だこいつは、渡り人じゃないか。丁度いい、あの時は逃げられたが今度は逃がさないぞ』
 男はエマを引き寄せ、私に銃を突きつける。
『お前は死ね』

 エマの眉がキリリと上がり、碧い瞳が爛々と輝くのが見えた。

「ヴィリ様に何するにゃ、あんたなんか死んじゃえ―!」
『ぐわぁぁーーーっっ!!』

 氷がドサドサドサ……! とモンロー将軍に襲い掛かった。
 叫び声の途中で男は氷漬けになった。間近にいたエマはぴんぴんしている。両手を掲げ、ぴょんと伸びるようにして叫ぶ。
「もう一丁にゃーーー!」
 ドサドサドサーーー!!

「それ、もう一丁にゃ、ほれ、もう一丁にゃ、おまけでもう一丁にゃー!」
 ピンクの猫がぴょんぴよん飛び跳ねるたびに、氷が男に襲い掛かる。
 ドサドサドサーーー!!

「え、エマ」
 気が済むまで男を氷漬けにして、エマは私に向き直る。
「ヴィリ様、怪我してるにゃ」
 私の耳の怪我を見て、碧い瞳から大粒の涙が転がり落ちる。
 ポロポロ……ン。
「エマは怪我も治せないにゃ、何もできないにゃ、役立たずにゃ」
 ポロポロポロ……。
「そんなことはないぞ、エマのおかげで助かった。もう大丈夫だ」
「そうにゃのにゃ……」
「風邪を引くぞ。服を──」


「エマ……?」

 腕の中にいるエマが消えた。何処にもいない。
 今までいたのに「エマ……!」
 かき消すようにいなくなった。この腕の中にいたのに。
 墓標のようにモンローの雪像が立っている。驚いた顔のまま。
 私は雪に半分埋まったサーベルを引き抜いた。
「お前の顔なんか見飽きたんだ」
 ザシュ!

 空は相変わらず晴れて、雪は降っていなくて、シンとしている。いや、回りの物音が聞こえなかったのだ。
 ゆっくりと戦場の音が耳に入ってくる。大砲の音、銃の音、馬の嘶き、剣戟の音、人の叫び声、怒声、喚き声。

『ピイーーー!』
「「ヴィルヘルム殿下ーーー!」」
 グイードたちの声が聞こえる。
 駆けて来る。馬を駆って、あるいは走って。
「ご無事ですか」
「こっちにエマの気配がしたと鳥が」
「ああ……、エマに助けられた」
 夢まぼろしの様な、いや、出来の悪い喜劇の様な、
 しかし、確かにここに居たのだ。
 なのに何処にもいない。まさか──。

「いなくなったんだ、どこに行ったか知らないか」
 嫌な考えを追い払うように首を横に振り、見慣れた顔に問う。
「その、多分それはジャンプだ」
 グイードが幾分申し訳なさそうに報告する。
「ジャンプ」
「魔法陣が欲しいと要望されて作ったと手紙に──。戦争中はゲートが閉まるから渡しても大丈夫だろうと──」
 魔法陣はお守りに忍ばせてあった。首からかけて肌身離さず持っていたが。
「エマは無事なんだな」
『ピルピル』
「無事だと鳥が言っている。あっちに気配があると」
 キリルが指す方角はアルンシュタット王国の王都だった。

「あれは?」雪像を指さしてレオンが問う。
「モンロー将軍だ」
「あいつ、何してるんすか、雪の中で」
 コロンと彼の首が落ちた。
「うげ」
「みんなは無事か」
「無事であります。大砲三台失いましたが」
「そうか」

 戦いの報告を聞く。
「池の方に逃げた敵兵が氷が割れて何人か池に落ちたようです。他の部隊に引き上げられておりました。それと馬と大砲が何台か。敵兵死傷一万五千、我が軍二千。高地に集結しております」
 敵国の統領は本国ガリアに逃げ帰った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...