ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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36 軍議(ヴィルヘルム)

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 緩く起伏した、なだらかな丘陵地帯。戦場となるブエナはそういう場所だ。北に小高い丘が連なり、その麓を東西に横切る街道と、街道から南にのびる道が二つ。その間に東北から斜めに伸びる平たい高地がある。南側には川と湖沼が戦場を囲むようにぽつぽつと繋がる。

 わざと弱そうな薄くした部隊をおく、そして軍を弱そうに見せかける。今にも退却しそうに宣伝する。そして我々が誘いに乗ると、彼らは逃げて誘い込む。
 引き返せない罠へと──。
 我がブルナ高地の軍を誘って引き摺り落とし、逃げる敵を追って高地が手薄になった時、全軍総攻撃になるか。高地から降りたところを背後から襲うか。
 氷の割れる池はあちらか。上手く出来たシナリオだ。


 エマへの返信を依頼して、軍議のテントに行き着座して待つ。やがて北国ヴァリャーグの王と我がエストマルク帝国軍の皇帝とが到着し軍議が始まる。

「我が軍が敵軍の一番薄い西の隊に攻撃を仕掛け撃破し、そこを突破口に敵背後に攻め入る。それと同時に敵陣に襲い掛かれば敵は反撃もむなしく崩れ去るでありましょう」
 帝国の参謀が作戦を陳述し王と皇帝は鷹揚に頷く。

 その作戦は罠だ、失敗する。

 そんなに簡単に崩れ去るような敵なら、何度も苦杯を喫してはいない。だがその作戦に指揮官の多くが直ちに賛成して『馬鹿の一つ覚えに乗ってやる義理はない』筈の作戦に乗ってやることになった。
 案外毒舌なあの猫が聞いたら何と言うだろう。

 私は件の新参やらあぶれ者やら他国籍の物を纏めた一隊を宛がわれ隅で傾聴している。割り当てられた戦陣は第四縦隊竜騎兵連隊である。

「ヴィルヘルム大公には我らが作戦の最中に遊んでおられるのか」
「よいではございませぬか、どうせお飾りでいらっしゃる」
「名案がござる。我らが前衛にて御加勢下さればこの作戦が成功すること間違いなしでございますぞ」
「おお、それは名案じゃ」
 こいつら私を弾の的にする気か。

「どうか、ヴィルヘルム」
 私を苛めたがる兄がそれに傾く。
「はっ、ありがたき幸せ」
「その役目、私も参加いたしましょう」
 ヴァリャーグ国の暴れ者で有名なパヴロ殿下が参戦するという。
「いや、それは──」
 何を目当てに参加するというのか、ただ暴れたいだけなのか、上手い話に乗りたいというのか代われるものなら代わってやりたいが。
「いやあ、腕が鳴るぞ。ワハハ」
 豪快に笑う姿に皆声もない。
「パヴロ殿下、同じ大公でもこちらが格上でございます。あのような者を相手に競うことはございませんぞ」
 彼の補佐官が追随するように言う。

「お前だけで良いと私は思うが」と兄上が逃げた。
「皇帝陛下のお心のままに」
「仕方がないのう、では俺は中央を守るとしようか」
「それがようございます」
 ただ張り合いたかっただけらしい。

「ところでプルーサ公国はどうした、戦疲れか」
 ヴァリャーグ国王が聞く。
「日和っておるのか」
「直前の戦でかなり兵力が落ちたのでは」
「そうか、先を焦るとそうなる」


 軍議が終わると皇帝は戦場から離れて後方に下がる。彼は戦闘をしない。離れた場所で見ていて終わったら出て来る。
 エアライフルは彼の新し物好きの産物でエストマルク軍に揃えられたが、扱いが難しくて使われなくなった。払い下げられたそれを私とキリルがエアポンプの部分を魔石にして魔道銃に改造した。威力は上がったが風属性の魔石が思うように集まらなくて兵器廠からは出来次第順次送られる。

  ◇◇

 テントに戻ったキリルが銃の手入れをしながら文句をつける。
「全く馬鹿が多いとウンザリするな。もう見限って東の地に行こうぜ」
 軍議には参加していないがどこで聞いていたのか。
「私だけが行っても仕方あるまい」
「何言ってんだ。エマにこれだけ愛情をかけられてもまだ分からんか、足りんか?」
「かけられているのか?」
「もういい、こんなやつ放って彼女攫って行こうぜ!」
 キリルは私に見切りをつけて皆を振り返る。

「ま、待て。せめてリュックを置いてゆけ」
「はいはい。哀れな奴め、ところでこれはなんだと思う? ネズミか?」
 キリルがリュックのアップリケを摘まんで問う。
「お前の鳥しかいない」
「俺の鳥がこんなのに見えんの?」
「普通は皆そう見える」
「ふうん。お前も?」
「当たり前だ」
「分からん」
 キリルの何が分からないのか分からない。

「大体、何で聖女の神気で魔物の鳥が元気になるんだ? そっちの方が分からん」
「神気は精神と身体を健全にするのだ。そこに魔物も人も関係ない。だが、魔素は邪悪なるものを呼び込みやすい。神気はそれを排除しようとする。人も魔物も邪悪なるものはいるんだぜ」
 キリルが嗤う。暗い顔で。暗い瞳で。

 頭をポンポンと叩くと大人しくしているが、ふと私の軍服の胸元を見て文句をつける。
「何だこれは」
「鳥のリボンだが」
「神気が濃い」
「このピンクの刺繍はエマの髪を使っているんだろう」
「こういう時だけ手が早いな」
「まだ少しあるぞ」
「くれ!」
 ピンクの刺繍のあるリボンをキリルに渡し、側に居るグイードやルパートやレオンたちにも配る。

 感じているのだ、皆が。あのフェルデンツ公爵家地下牢に漂っていた悪臭、何とも言えない怖気を振るうような気配と同じものをこの平原でも感じるのだ。

 鳥のリボンを胸に付けながらレオンが愚痴を言う。
「酷い言いがかりだったな。向こうに何がいるのかも知らんで」
 フェルデンツ公爵が出陣できないので、私は彼の次男と共に公爵の隊を預かっている。隊の指揮はその次男に任せるが我々と共に戦うことになるだろう。

「あいつらあの時は何のかのと言い訳をして逃げたくせに」
 チラリと零したのはグイードだ。余程あの時のことは腹に据えかねているのか。
 ずっと心に伸し掛かる想い。十八の時の戦争体験が今も私についてまわる。戦場に出れば雪と血と泥に塗れたあの時が甦る。振り切れない。

「名は要らぬ。敵が崩れ落ちればそれでよい。後は味方が手柄にするだろう。私はそれでいいが、君たちはいいのか」
「いいに決まっているさ、皆で帰ろう」
「「「おう!」」」

 戦場の優劣は千変万化。空気を読まねば、時を読まねば。
 私にそれができるか。いや、なさねばならぬ。
「固く考えないでいいじゃん」
 キリル。
「手に持った銃をぶっ放す。それだけだ」
 グイード。
「当てなきゃ意味がない」
 ルパート。
「当たるさ、こっちには聖女が付いているんだから」
 レオン。

 そうだ、エマが聖女が付いている。
『私には【ご都合主義】があるんです!』
 それはきっと望んだ先に得られるもの。

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