34 / 53
34 むさい男どもに可愛いリュックを贈る
しおりを挟むレギーナ様の話はまだ続く。
「あの時、ガリアは帝都まで攻め上る勢いでしたけれど、殿下が犠牲になられて──」
「お亡くなりになったのですか?」
「いいえ。ご無事でしたけれど、引き留める為に無謀な戦を引き受けられて、もう駄目かという所まで追い詰められたのですけれど、隣国の統領が引き上げ命令を出してお陰でご無事にお帰りになったのですわ」
「まあ、隣国で何があったのでしょう」
「どうも覇権争いがあったようです」
「あまり手柄を立てられると困るというか──」
隣国の事情で助かったとか、何ともスッキリしない終わり方だわね。
「ええと、戦争に負けたらどうなるのでしょう。例えば帝都に攻めてきたとか」
「皇帝陛下はお逃げになりますので、皇帝陛下のいらっしゃるところが帝都になりますわ。すぐ隣に領邦国アヴァールがございますし」
「あ、そう……」
「戦争に負けたらすぐ降伏しますし、兵士たちも戦争中でも降伏しますし、割譲する領地と賠償金を決めて和約を締結して──」
「あ、そう……」
皇帝って戦後処理係なのか。ノブレスオブリージュとか関係ない世界かしら。
「それでも沢山の方が怪我をなさるし、死んでいく人も多くて、この前の帝都での戦はどちらも大変な損害だったそうです」
「この前って……」
「そうですわね、四、五年ほど前ですか」
「しょっちゅう戦争をしているのかしら」
「そうですわね、多いといえばそうかも」
保険会社があったら破産しそうだわね。そういや、約定に戦争とかでは支払わないってあったわね。上手く出来ているわね。
◇◇
魔法陣と鳥さんのリボン。それにヴィリ様への手紙を書かなくては。
魔法陣まで飛べるのかしら。ここなら遠くないしちょっと試してみようかな。羊皮紙を部屋の端に置いて、離れて『転移』と唱えた。
(転移ポイントを指定してください。ハルデンベルク侯爵家のエマの部屋、学校の図書館、保健室、密会の小道のベンチ、ガリア東部転移ゲート、フェルデンツ公爵家地下牢)
転移ポイントがずらずらと出るが魔法陣はない。
「いや、この魔法陣に転移したいのだけど」
(『羊皮紙魔法陣』を転移ポイントに登録しますか)
あ、転移ポイントに登録しなきゃあいけないのか。
「羊皮紙魔法陣を転移ポイントに登録」
(『羊皮紙魔法陣』を転移ポイントに登録しました)
これで魔法陣まで飛べるようになった。私の場合、転移ゲートからのジャンプじゃないのでどうなるのだろう。魔力も減ってるのか減ってないのか自分では全然分からない。三十分くらいで部屋の転移ポイントに自動的に戻った。これって屋敷を抜け出して、こっそり戻ってくるのにいいわね。イケナイ子になりそう。
魔法陣の羊皮紙も入れると結構かさばってしまう。リュックを作ろうかな。むさい男どもに可愛いリュック。むふふ。自分で言ってて受けるー。
ハイデとカチヤに相談して手伝ってもらう。
「リュックを作りたいの」
「エマお嬢様はこの頃色々と活発におなりで」
「前が借りてきた猫みたいでしたし、このくらいで丁度よろしいのでは」
「いえ、わたくしも楽しくお手伝いしておりますけれど」
「グレーのお色で、背中に背負うんでございますか」
他の侍女さんも寄って来て賑やかになった。裁縫の得意な方もいて「上を巾着にしてポケットを付けて」と説明すると、ナップサックタイプのリュックができる。ポケットを鳥さんの顔にしてステッチで縫い付けて出来上がり。
できあがったリュックをモデルよろしく背中に背負ってみる。
「まあ可愛いわ」
「これ猫とか犬とか、お花でもいいですね」
侍女さんたちにも好評で布を持ち寄って幾つか出来上がった。
取り敢えず荷物を入れるリュックができたので、お義母様に相談すると普通に兵士を呼んで頼むようだ。郵便馬車と別に速達便の騎馬郵便というのがあるそうで、途中で宿駅を使い、馬を代えて運ばれるので早く届くという。
「あのう、お義母様。私を森で拾ってここまで連れてきてくれた人たちはどういう方なのでしょう? よろしければお名前など教えていただければ」
「あら、今頃聞くの」
「はあ、この前久しぶりに皆様にお会いしましたが、ちゃんとしたお名前も知りませんでしたので」何と声をかけて良いか、あまり気安いのもいけないだろうし、結局向こうも忙しくてそれっきりになった。
「ルパートはループレヒト・フォン・オイレンブルク少佐、レオンがレオンハルト・フォン・リーネック少尉。二人共旦那様の部署にいるのよ」
候爵夫人はあっさり名前を教えてくれる。二人とも貴族で軍人なのか。
「まあ、そうなのですか。もうひとりの方は?」
「あの方はルパートの知り合いで冒険者だそうなの。神気を感じる鳥を使っているそうで彼は外せないとか」
「そうなのですか」
そういやキリルは鳥使いだと言っていたなあ。一番お世話になっているのはあの鳥さんなのだ。鳥さんの好物も送った方がいいよね。
「わたくしの夫は特殊部隊を預かっているの」
お義母様がこそりと明かす。
ハルデンベルク侯爵が! もしかして話に出て来た王家の暗部とかそういう者だろうか。養父の侯爵様は印象の薄い目立たない人だ。有り得る。私は瞳をキラキラさせてお義母様を見る。候爵夫人は重々しく頷いた、けれど。
「と言っても、大した事はしていないの。今回は渡り人放流の際の不備について調べていたの。エマちゃんのことは本当に申し訳ないと思っているのよ」
そうなのか、私はこの世界に来た時はオバサンだったし、神気も魔力も何も持ってなかったしなあ。でも一般人だからと言って始末していい訳はないのだ。
「それでエマちゃんも元気になったようだし、今度王宮に行きましょうね」
この世界は人使いが荒いのだった。
鳥さんのオヤツは、みんなに聞くとビスケットがいいそう。卵と蜂蜜に小麦粉と、あとドライフルーツを刻んで混ぜて練って焼いた。とても美味しそうなのができたので、みんなで一口食べたのは内緒だ。
荷物をリュックに纏めて入れて、手紙を書いてお義母様に預けるとリュックを手に取り「わたくしにも欲しいわ」と言われる。いや、素晴らしいドレスを着た貴婦人が手縫いのガタガタのリュックとか無いです。
レース遣いのフリル沢山の巾着を作ろうかしら。それとも可愛い系のアップリケのがいいのかしら。
ヴィリ様に手紙を書く。
『ヴィルヘルム様、お元気でいらっしゃいますか。鳥用餌、鳥用リボン、鳥用リュック、ヴィリ様用お守りを作ったので送ります』
文才の無い私の手紙は中身の目録のようになった。中身は検閲されることがあると聞いたので魔法陣はお守り袋に入れて目立っちゃダメよと念押しした。
32
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します
mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。
中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。
私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。
そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。
自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。
目の前に女神が現れて言う。
「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」
そう言われて私は首を傾げる。
「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」
そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。
神は書類を提示させてきて言う。
「これに書いてくれ」と言われて私は書く。
「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。
「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」
私は頷くと神は笑顔で言う。
「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。
ーーーーーーーーー
毎話1500文字程度目安に書きます。
たまに2000文字が出るかもです。
Bright Dawn
泉野ジュール
恋愛
吹きつける雪の中、ネル・マクファーレンは馬車に揺られ、悲しみに沈んでいた。
4年前に視力を失って以来、どんな男性も彼女と結婚しようとは思わなくなったのだ。そして今、性悪の従兄・ロチェスターに引き取られ、無理な結婚をするようほのめかされている。もう二度と、ネルの世界に光が差すことはないのだと諦めかけていた……突然現れた『彼』に、助けられるまで。
【『Lord of My Heart 〜呪われ伯爵は可愛い幼妻を素直に愛せない〜』のスピンオフです。小説家になろうにも掲載しています】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる