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33 魔法陣
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とても優秀だと伺ったルックナー先生が紹介してくれた人は女性だった。黒髪に蒼い瞳のちょっとキリルを思い出す綺麗な人だ。
「こちらヨハンナと申しますの。私の従兄弟の婚約者ですのよ」
「お久しぶりでございます」
「え」
「村でお目にかかりましたわ」
ええと、この国に来る前のあの村だろうか。
「先生の従兄弟さんって」
「グイードと申します」
「あー、そうなんですか、先生の従兄弟さんがグイード様で、その婚約者様」
何と、あのヴィリ様のお友達だというガタイのよい厳つい男、グイードの隣にいた魔術師風のローブを着た人は女性だったのだ。
「ランダムな魔法陣は一か所に行くように書き換えられておりました。私はそれを調べる為にグイード様に同行しまして、その──、婚約しましたの」
そんな所にロマンスが待っているなんて。私が二人の恋のキューピッドなのかしら、ちょっと照れるわね。
「まあ、それはおめでとうございます」
とてもお似合いだと思うのだけど、それじゃあルパートはどうなるのと、ちょっと思ってしまった。私の勝手な妄想を押し付けてはいけないか。
「あのゲートは封鎖いたしました。町は残されましたが監視が強化され、グルだった人は全て罰せられました」
そうなのね。やっぱり私を襲ったのが初犯じゃなかったんだな。
「ジャンプというのは転移ゲートがあればできるものなのです。ゲートを起点にして魔法陣まで飛びますが、一定の時間が経過すると起点に戻ります。ゴムのようなものだとお考え下さい」
「戻ってしまうのですか」
「はい、転移ゲートは魔力を使いますし、ジャンプはもっと魔力を使いますので暫らく動けなくなります」
エリーザベトの騒動の後、力が抜けたのはその所為だったのか。お医者様も呼ばれて調べられたし、お薬も貰ったし。何だか物凄くヴィリ様に心配をかけたみたい。そう思っているとヨハンナ様に言われた。
「魔力が無くなると死ぬこともございますので気をつけてくださいませ」
うわあ、そうなのか。
そういう訳でヨハンナ様から魔法陣の描いてある羊皮紙を頂いた。とても高価そうなのだが【アイテムボックス】に入っている金貨の袋を出すと「ありがとうございますけれど代金はもういただいておりますので」と断られる。
ルックナー先生を見るが「私ではありません」と首を横に振られた。
思い浮かぶ顔はひとりしかいない。
この羊皮紙をヴィリ様に送れば会いに行ける。
嬉しそうにニマニマする私に二人は顔を見合わせ「くれぐれも気をつけて」「発動しなくても気を落さないで」と念を押すのだった。
転移先は戦場で、何が起きるか分からないということだろう。もちろん分かっているのだ。この前のエリーザベトの時でも、よく考えればちゃんとプロの兵士たちがいたのに、ど素人の私が邪魔ばかりしていた。ヴィリ様も巻き込んで危険な目に遇わせて申し訳なかった。
でもやっぱり置いて行かれると寂しいのだ。この魔法陣でちょっとぐらいお顔を見に行ってもいいよね。
「私はグイードにあなたのことを報告していたけれど様子をみろと言うだけでした。思い余ってあのときお茶会を申し出たのです。あなたは頑張っています。私の力が及ばず申し訳ない」
ルックナー先生に謝罪されてしまった。
「いいえ、こちらのお茶会がどれだけ私の励みになったかしれません。今もこんなに助けていただいてお礼の申し上げようもございません」
願わくは早く戦争が終わり、みんなが無事に戻って欲しい。
◇◇
「神気をどうやってこのリボンに詰め込めばいいのか分からなくて」
その日もルックナー先生とレギーナ様に、鳥さんのリボン作りを手伝って貰いながら話した。あるのかないのか少しも感じない神気とやらをリボンに籠めたい。
「エマ様の髪はピンクで綺麗なので刺繍していかがでしょう」
ルックナー先生が教えてくれる。こちらの女性は自分の髪をペンダントに忍ばせたり刺繍糸に混ぜたりして恋人に贈るという。ちょっと呪いみたいでヴィリ様に贈るのは躊躇うのだけれど、鳥さんだったらいいかな。
レギーナ様は首を傾けて考え考え提案する。
「そうですわね、リボンを袋に詰めまして、それを人形のように一晩抱いて御寝されればいかがでしょうか、気休めかもしれませんが」
「あら、それも良さそうね。何だかお人形も欲しくなりましたわ」
そうだわ、子供が背負うリュックを作ろうかしら。動物の顔を刺繍かぬいぐるみで付けたら可愛いけれど、むさい男どもがそんなものを喜ぶだろうか。
私が能天気にそんな事を考えているとレギーナ様がポツリと語る。
「わたくしが小さい頃、大きな戦争がありまして沢山の方が戦争に行って戻って来られませんでした。ガリアの兵士が一杯でわたくし共は屋敷から逃げ出して、お気に入りの人形を持ち出せなくて悲しい思いをした事がございました」
「みんな殆んど着の身着のままで、川を渡る船に乗って逃げました。暗い夜空に屋敷に火がかかって赤く燃え上がるのを船から見ました。
和約が結ばれ、奪われた領地と引き換えに小さな領地が与えられ、北部にいる親戚がジャガイモを教えてくれて、家族みんなで畑に植えました。
あの時、本当は彼の妾になったらよかったのではないかと随分悩みました。
でも、私はまだ学校に通っていて、秋にはジャガイモが採れて、こうして貧しいながらも生きています」
レギーナ様は顔を上げて微笑む。手を組んで祈るように言った。
「聖女様に心からの感謝を──」
私は何もしていないのだけれど。
「だからそれはレギーナ様が頑張ったからだわ」
「頑張ってもどうしようもない時もありますし、私の運が良かったとしたらやはり聖女様のお陰なのですわ」
それは神の采配だと思うし、それをどう思うか、どう行動するかはその人の資質だと思うんだけど。
「こちらヨハンナと申しますの。私の従兄弟の婚約者ですのよ」
「お久しぶりでございます」
「え」
「村でお目にかかりましたわ」
ええと、この国に来る前のあの村だろうか。
「先生の従兄弟さんって」
「グイードと申します」
「あー、そうなんですか、先生の従兄弟さんがグイード様で、その婚約者様」
何と、あのヴィリ様のお友達だというガタイのよい厳つい男、グイードの隣にいた魔術師風のローブを着た人は女性だったのだ。
「ランダムな魔法陣は一か所に行くように書き換えられておりました。私はそれを調べる為にグイード様に同行しまして、その──、婚約しましたの」
そんな所にロマンスが待っているなんて。私が二人の恋のキューピッドなのかしら、ちょっと照れるわね。
「まあ、それはおめでとうございます」
とてもお似合いだと思うのだけど、それじゃあルパートはどうなるのと、ちょっと思ってしまった。私の勝手な妄想を押し付けてはいけないか。
「あのゲートは封鎖いたしました。町は残されましたが監視が強化され、グルだった人は全て罰せられました」
そうなのね。やっぱり私を襲ったのが初犯じゃなかったんだな。
「ジャンプというのは転移ゲートがあればできるものなのです。ゲートを起点にして魔法陣まで飛びますが、一定の時間が経過すると起点に戻ります。ゴムのようなものだとお考え下さい」
「戻ってしまうのですか」
「はい、転移ゲートは魔力を使いますし、ジャンプはもっと魔力を使いますので暫らく動けなくなります」
エリーザベトの騒動の後、力が抜けたのはその所為だったのか。お医者様も呼ばれて調べられたし、お薬も貰ったし。何だか物凄くヴィリ様に心配をかけたみたい。そう思っているとヨハンナ様に言われた。
「魔力が無くなると死ぬこともございますので気をつけてくださいませ」
うわあ、そうなのか。
そういう訳でヨハンナ様から魔法陣の描いてある羊皮紙を頂いた。とても高価そうなのだが【アイテムボックス】に入っている金貨の袋を出すと「ありがとうございますけれど代金はもういただいておりますので」と断られる。
ルックナー先生を見るが「私ではありません」と首を横に振られた。
思い浮かぶ顔はひとりしかいない。
この羊皮紙をヴィリ様に送れば会いに行ける。
嬉しそうにニマニマする私に二人は顔を見合わせ「くれぐれも気をつけて」「発動しなくても気を落さないで」と念を押すのだった。
転移先は戦場で、何が起きるか分からないということだろう。もちろん分かっているのだ。この前のエリーザベトの時でも、よく考えればちゃんとプロの兵士たちがいたのに、ど素人の私が邪魔ばかりしていた。ヴィリ様も巻き込んで危険な目に遇わせて申し訳なかった。
でもやっぱり置いて行かれると寂しいのだ。この魔法陣でちょっとぐらいお顔を見に行ってもいいよね。
「私はグイードにあなたのことを報告していたけれど様子をみろと言うだけでした。思い余ってあのときお茶会を申し出たのです。あなたは頑張っています。私の力が及ばず申し訳ない」
ルックナー先生に謝罪されてしまった。
「いいえ、こちらのお茶会がどれだけ私の励みになったかしれません。今もこんなに助けていただいてお礼の申し上げようもございません」
願わくは早く戦争が終わり、みんなが無事に戻って欲しい。
◇◇
「神気をどうやってこのリボンに詰め込めばいいのか分からなくて」
その日もルックナー先生とレギーナ様に、鳥さんのリボン作りを手伝って貰いながら話した。あるのかないのか少しも感じない神気とやらをリボンに籠めたい。
「エマ様の髪はピンクで綺麗なので刺繍していかがでしょう」
ルックナー先生が教えてくれる。こちらの女性は自分の髪をペンダントに忍ばせたり刺繍糸に混ぜたりして恋人に贈るという。ちょっと呪いみたいでヴィリ様に贈るのは躊躇うのだけれど、鳥さんだったらいいかな。
レギーナ様は首を傾けて考え考え提案する。
「そうですわね、リボンを袋に詰めまして、それを人形のように一晩抱いて御寝されればいかがでしょうか、気休めかもしれませんが」
「あら、それも良さそうね。何だかお人形も欲しくなりましたわ」
そうだわ、子供が背負うリュックを作ろうかしら。動物の顔を刺繍かぬいぐるみで付けたら可愛いけれど、むさい男どもがそんなものを喜ぶだろうか。
私が能天気にそんな事を考えているとレギーナ様がポツリと語る。
「わたくしが小さい頃、大きな戦争がありまして沢山の方が戦争に行って戻って来られませんでした。ガリアの兵士が一杯でわたくし共は屋敷から逃げ出して、お気に入りの人形を持ち出せなくて悲しい思いをした事がございました」
「みんな殆んど着の身着のままで、川を渡る船に乗って逃げました。暗い夜空に屋敷に火がかかって赤く燃え上がるのを船から見ました。
和約が結ばれ、奪われた領地と引き換えに小さな領地が与えられ、北部にいる親戚がジャガイモを教えてくれて、家族みんなで畑に植えました。
あの時、本当は彼の妾になったらよかったのではないかと随分悩みました。
でも、私はまだ学校に通っていて、秋にはジャガイモが採れて、こうして貧しいながらも生きています」
レギーナ様は顔を上げて微笑む。手を組んで祈るように言った。
「聖女様に心からの感謝を──」
私は何もしていないのだけれど。
「だからそれはレギーナ様が頑張ったからだわ」
「頑張ってもどうしようもない時もありますし、私の運が良かったとしたらやはり聖女様のお陰なのですわ」
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