ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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32 リボンと鳥さん

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 この世界では戦争に行った身内や恋人に刺繍したハンカチや身に着ける物を贈るという。それで私もハイデとカチヤに習って刺繍をした。ヴィリ様に贈るハンカチには鷲を入れて、他の方々にも図案を見せて貰って作る。勝利を祈って、いや、その前に無事でいて、無事に帰って。その願いを込めて。
 出来上がったものは、お義母様が送って下さるそうだ。

 お茶の時間にカチヤが出してくれたのはあのお団子によく似たお菓子だった。
「エマ様、今日のお茶請けはトプフェンクヌーデルでございますよ」
「クヌーデル? お芋の?」
「そうでございますけど、小麦粉のクヌーデルもございますよ」
「まあそうなの」
 赤いソースのかかったお団子を一口食べてみる。チーズの入ったモチモチのお団子に甘酸っぱいソースが合う。美味しいけれど、確かにジャガイモだわ。へえこんな食べ方もあるのね。

 そうだ! ジャガイモよ。私はジャガイモの勉強をしなければ。
 植え付けは種芋ね。種芋ってどうやって作るのかしら。植え付け時は春と秋、いや夏だっけ。連作障害ってあるのかしら。この国ではジャガイモを植えているのよね。レストランで食べたもの。じゃあジャガイモ関連の資料もあるわよね。よし、図書館に行って調べてみよう。


 この頃仲良くしているレギーナ様と図書館で話す。
「レギーナ様はジャガイモについてご存知でしょうか?」
「それはどのような、領地で栽培しておりますけれど。お料理も色々研究しておりますけれど」
「まあ、仲良くしましょうね」
 手を握ると、今度はレギーナ様もにっこり笑って手を握り返してくれた。
 栽培方法はレギーナ様に詳しく聞くなり畑を見学に行くなりするとして、後は調理ね。取り敢えず作ってみよう。

 迎えの馬車でハイデに「ジャガイモって屋敷にあるの?」と聞くとあると言う。
「何に使うのですか?」
「キッチンを借りてコロッケを作りたいの」
「エマお嬢様がですか」何だか疑い深そうな声で聞く。

 こうなったら作ってやろうじゃないの。といっても料理の腕は全然なのだ。
 料理長と交渉して調理場の隅っこを使わせてもらう。包丁を持つと皆が危なっかしいと取り上げようとし、フライパンを持つとまた代わるという。途中で邪魔をする連中を牽制し何とか作り、油で揚げる。小判型のお芋のコロッケができた。

 切り分けて食べる。美味しいけど物足りない。オバサンはお醤油が欲しい。こちらのコロッケはクリームコロッケなのだそうで、ホワイトソース入りのポテトコロッケも作った。お米が手に入ったらカレーも作りたい。

 残ったジャガイモでおやつを作ろうかしら、ということでポテトチップを作ってみた。包丁でスライスしたので不揃いになったけれど、今度は手付きがいいと褒められた。
 お水にさらしてぎっちり乾かして低温で揚げる。色の揃わないポテチが出来た。お塩を振ってアツアツをつまむと懐かしい味がする。

 変だ。懐かしいけれど、あの迸るような郷愁に駆られる思いがない。そういえばずっとオバサン隠蔽をしていなくて、前の姿の記憶があやふやだ。
 私は脱皮したのかしら、と昆虫のような事を考えた。例えばモスラ。大きなピンクのモスラ。受けるー。飛べればいいのに。モスラのような大きな蛾になって相手をコテンパンにのせちゃえばいいのに。

「これ美味しいです。止められません」
「ビールに合いそうですね」
 ハイデとカチヤにも、料理人にも好評だ。
「そうね、学校のお友達も呼んで、みんなで女子会をしましょうか」
 お酒を飲んだらいけないって言われているけど、女子会だったらいいよね。


 秋の終わり頃から雪が降る。こちらの冬は寒い。雪が降って積もって解けない。そんな寒い時に戦争をするなんて冷蔵庫の中でするようなものだわ。ナマモノは腐らないだろうが……。……。ちょっと怖い想像をしてしまった。
 その所為だろうか──。

 夢を見た。氷が割れて冷たい湖に落ちて行く夢。映画で見た予告編のような。大きな車輪の付いた大砲が馬が人が落ちて行く。湖が血で染まる。
 ダメよ、ダメ。そちらに行ってはダメ。
 泣いて泣いて泣いて、目が覚めた。


  ◇◇

 戦場に行った筈のヴィリ様からお手紙が届いた。
『心配だ、お転婆をしていないか、お腹を壊していないか、苛められていないか。お酒を飲んではいないか』
 まるで小さな子供扱いだ。皆ヴィリ様と一緒に戦場に行っている。
『そういえばキリルの鳥が不安定なんだ。私たちに作ってくれたハンカチと同じ、刺繍入りの首のリボンか足輪を作ってくれないか』
 鳥さん、どうしたのかしら。寒いのかしら。ふっくら鳥さんになっているのかしら。

 この前作ったハンカチの刺繍はお義母様に託して届けて貰った。
 学校の保健室でルックナー先生に聞く。
「戦場にお手紙書いたら届きますの?」
「届きますわよ」
 当たり前のように答えられた。

 宿営地があって、報告書とか毎日上官に書かねばいけないそうだ。軍隊って移動するのが大変なんだって聞いた事がある。雪が降っていたらもっと大変だろうな。
 連合軍っていうから帝国の国々の軍勢だけじゃなくて、近隣の国々が参加しているという。大きな戦争だろうか。

「鳥さんの首にリボンを付けて欲しいそうなんです。あの鳥さん、女の子かな、男の子かな。どんな刺繍にしようかな」
 保健室のお茶会に鳥さんの首輪用布切れセットを持ち込んでいる。
「楽しそうですわね」
「私にも何かできる事があると思うと──」
 このいても立ってもいられない気持ちが宥められるというか。
 
「飛ぶのに邪魔にならないようなリボンがいいわね」
「そうですね、小さな鳥さんですか?」
「うーんと、鳩より少し小さいくらいかな。飛んで届けられないかしら」
 ヴィリ様は戦場にいて何処か分からないし、登録している所しか行けない。
「ジャンプですか。魔法陣でしたらわたくしの知り合いの婚約者が得意ですわよ。詳しいことは知りませんけれど」
「ルックナー先生!」
 ガシッと手を握る。
「あら、逃げませんわよ。国立大学の魔道科を出て魔法庁で助手をしていますの」
「あ、申し訳ありません。しかし、すごい方ですのね」
「とても才能のある子ですの」

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