ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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31 彼は戦場に行った

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「エマ、怪我はないか」
「ヴィリ様、お怪我は──」
 今更ながら身体の力が抜けてきた。ヴィリ様がローブを私に着せ掛けて抱き上げる。べたりと首に巻き付くと頭を撫でてくれる。

 グイードは村で会った時と同じように兵を引き連れていた。左右に別れて私達を通してくれるんだけど、彼らが口々に囁いている。聞こえるんだけど。
「あの女嫌いの殿下が──」
「ベタ甘だ、信じられん」
「可愛いけど、この聖女お転婆そうじゃないか」
「本当に聖女なのか」
 いや、私は聖女じゃないけど。どういうことなの?

「君のように溢れる神気がある者を我々は聖女と呼ぶ。我々は待っていた、広くあまねくこの帝国に満ち満ちる神気を」
 何だか神々しいものに聞こえるけれど、本人には実感がないのが辛い所だわ。


  ◇◇

 私はヴィリ様に抱き上げられて公爵邸から連れ出された。大勢の衛兵たちが見守る中、馬車に運び込まれ、そのまま王都エルフルトにあるエストマルク帝国の宮殿みたいな公館に連れて行かれる。

 またお風呂に放り込まれて洗われて、怪我の有無など検査され、胸元で絞った部屋着のような肌触りの良い綿のドレスを着せられ、ベッドルームに連れて行かれて有無を言わせず寝かされた。
 お医者様に処方された薬を飲んでウトウトしていると、ヴィリ様が部屋に入って来て後ろに従えたお医者様と話している。
「お休み、疲れただろう。明日には帰れるからね」と髪を撫で額にキスをくれて出て行った。


 翌日朝食の後、ハルデンベルク侯爵邸に馬車で送られた。ヴィリ様の顔は見なかった。屋敷に帰ると心配した夫人が迎えに出てくれて抱き締められた。
「無事で良かったわ」
 ハイデとカチヤも心配そうに迎えてくれた。

 私はヴィリ様にまたすぐ会えると思っていたけれど、そうではなかった。
 ガリア国は今度は帝国に戦争を仕掛けて来た。こちらは帝国の各国を中心とし近隣諸国も参加した連合軍である。彼もまた戦争に行ったのだ。


  ◇◇

 翌日は少し熱も出て、お医者様に家で静養するよう言われてゴロゴロと横になって過ごす。次の日、お義母様にお茶の時間に呼ばれてこじんまりしたサロンでお茶になった。

「王宮舞踏会のことなのだけど」
 ハルデンベルク侯爵夫人はお茶を一口飲んで徐に切り出す。侍女は誰も遠ざけて二人だけである。
「はい」
「実はね、エマちゃんのことは帝国内の諸侯に広く認知されていて、あなた目当てに帝国内の王子様方が参戦されていたのだけれど……」
「そうなのですか」
 王宮の会場はキラキラしくて、皆様キラキラしい方ばかりだったように思う。

「あなた隠蔽を使っていたのね」いきなりお義母様は言う。
「え、いや隠蔽は元々使っていて……」バレている。
 重ねがけできればと思う程度の隠蔽なので、大したことはないと思っていた。ヴィリ様とは目が合ったし、令嬢方には見つかったし……、いや、あれはゾフィーア様に見つかったのかな。

「大ホールであなたとヴィルヘルム殿下がダンスを踊っていて、抜け駆けされたって思ったのよね」
「はあ」
「お歳が離れてらっしゃるし、戦争の所為で女性に無関心でいらっしゃるから大丈夫だろうと思っていたのだけれど、こちらに不手際があってはねえ」
 不手際って何だろう。ゾフィーア様のことかしら。

「実はね、王妃殿下からアンドレアス殿下が最近様子がおかしいという相談があって、丁度エマちゃんを引き取る前で、王宮に伴ってお引き合わせする事になったの。アンドレアス殿下はあなたと会って少し正常に戻られたと聞いたわ」
「はあ」

「でも、あなたはヴィルヘルム殿下がいいのよね」
 いや、いいとか悪いとか以前に、他の人など考えられないというか。
「いえ、決してあなたの恋を邪魔する気はないの。それに帝国であればわたくしたちも入りますものね」
 そういえばこの世界に来た時に世話をしてくれたレイラが言わなかったか。

『昔下手に引き止めて大変な目に遇った国がございまして、どの国も引き止めない事で一致しました』

「溢れる神気は精神を健全にしてくれるの。宮廷がね、おかしな空気でしたのよ。でも最近はどんよりとした重い空気が段々と吹き払われて行くようなの。わたくしたちが望み願うのは見捨てないで欲しいということ」
「お義母様。お世話になっておりますのにそんな不義理などできませんわ」
「まあ、エマちゃん、お世話になってとか、そんなことは言わないで。わたくしは可愛い娘ができて嬉しくて楽しくて、それにコレが気持ち良くて」
 そう言ってお義母様は私の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜるのだった。

 ヴィリ様とのことは何となく見守ってくれていたように思う。そう、彼らは決して勧めたり強制したりしなかった。ただ会う機会を与えてくれて見守っただけ。
「いいのよ。あなたに権利はあるの。わたくし共は見守るしかなくて、ただ学校で酷い目に遭っていたのはこちらのミスだわ。ごめんないね」

 それはゾフィーアに化けたエリーザベトが上手かったのかもしれない。こう、じわじわと真綿で首を締めつける手口だった。私は結構追い詰められていた。


 エリーザベトはフェルデンツ公爵とアンドレアス殿下を巻き込み、ガリアの革命政府と組み、帝国の不穏分子を扇動して暴動を起こし、帝国を引っ繰り返そうとしたのだ。

「戦争は狂気と暴力が支配する。昨日見た笑顔が今日は血と泥に塗れている」
 ヴィリ様の言葉は深い悲しみと後悔に包まれている。それはまだ私が見たことのない世界だ。私はこの世界でも何も知らずにのんべんだらりと生きている。

 私も側に行きたい。少しでも力になりたい。何もできない自分がもどかしい。祈ることさえできないとは。情けない。

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