ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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25 変に近い気持ち

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 その日は、王都で有名なケーキ屋に行こうと誘われ、洒落たカフェの特別室に通された。次々運んで来るフルーツトルテ、マロントルテ、ザッハートルテを目の前で切り分けてくれる。香りのよいお茶でティータイムだ。
「どうしたんだい、何か不満でもあるのかな」

 ケーキは好きだ。甘いものも好きだ。しかしこの国に来てからお茶の時間には、めっさ甘いクリームてんこ盛りのパイやトルテ、シュークリームが出る。オバサンは時々おせんべいが食べたくなる。とっても我が儘で天邪鬼だ。

「別にそういう訳じゃないのですけど、時々フッと前の世界で好きだったお菓子が食べたくなるのです」
 これは郷愁と呼べるものだろうか。無い物ねだりをしたくなるのだわ。この方があまりにも優しいから、私の全部を受け入れて欲しくなる。単なる我が儘ね。

「それはどんな?」
 とても優しい人だ。こんな他愛もない我が儘に付き合って下さる。
「食べるとナッツが入っていて、カリカリポリポリして、その内口の中で溶けちゃうようなお菓子です」
「君のお菓子はなぞなぞみたいだね。分かった、次に会うまでに答えを探しておこう」
 私の要望に呆れたりしないで、次の約束をして下さる。


「それで答えがもう出たの?」
「出たとも。きっとこれが正解だね」
 次に会った時、彼は紙袋を差し出した。受け取って匂いを嗅いでみる。香ばしいアーモンドと卵の匂い。紙袋の中にパッケージが幾つか入っている。
「これは?」
「ビスコッティというお菓子だ。ガリガリボリボリ食べられるよ」

 それでカフェの二階の貸切席に座ってコーヒーを飲みながら頂く。小麦粉の生地の中にアーモンドを入れて細長にべたっと潰して二度焼きしたお菓子。ちょっと硬いけれど食感はカリポリのソレだった。
「美味しい!」
「君の満面の笑顔は初めて見たな。なんかちょっと悔しいんだが」
 それはこのお菓子と、このお菓子をわざわざ用意してくれたヴィリ様の厚意が嬉しいからなのだ。
「ヴィリ様も食べてみれば分かるわ」
「うんまあ、これは私が生まれた国のビスコッティというお菓子なんだ。君が言った時ピンと来てすぐに取り寄せた。久しぶりだな」
 本当に懐かしそうにお菓子を手に微笑む。ヴィリ様自身の話は初めて聞く。

「どちらでお生まれになったのですか?」
「フロレンツなんだ。私はこちらではあまり馴染めなくてね」
「こちらって、このアルンシュタット王国ですか?」
「いや、ヴィエナだ。ちょっと格式が高くて権高くて口煩い親戚が多くてね」
「そうなんですか」
 それはちょっと怖いな。ヴィエナって何処だっけ。ヴィリ様と話していると色々な地名が出て来るな。今度調べておかなくちゃ。
「君が嬉しそうに食べているのを見るのは好きだな」
「そんな嬉しそうな顔していますか」
「ああ、猫みたいだ」
 猫ってどんな猫だろうか。ピンクの猫っているのかな。

 ヴィリ様はビスコッティをコーヒーに浸けて食べている。硬いもんね。それにちょっと甘い。
「これはワインに浸けて食べると美味しいんだ」
「そうなのですね」
「こんな所でワインを飲ませる訳にもいかないし──」
 とても悩ましい様子である。
 これは酔っぱらってとんでもない事をしたのではなかろうか。どんなみっともない事をしたのかしら。どうしよう。
「あの……」
 恐る恐る聞こうとすると、ヴィリ様は笑って君の所為じゃないからと言って下さる。
「そうなのですか?」
 私も真似してコーヒーに浸けて頂く。甘さが中和されていいかも。

 これはデートかしら。季節は秋で空は何処までも青く透き通って、赤、黄に染まった落ち葉と緑の木々がカラフルで隣には素敵な人がいる。
 会ってまだそんなに経っていないのに、坂道を転がり落ちるように急速に傾くこの心は、ちょっと怖いのというアレかしら。恋と変という字は似ているし、私の気持ちも変に近いのだけれど。


「学校で、苛められているんじゃないのかい?」
 ふとヴィリ様が聞いた。それで私はこの前酔っぱらった時に、もしかしたら口を滑らせたのかもしれない、と思った。彼が優しいのもきっとそれの所為だ。

 彼に告げ口してもいいよね。この国の人じゃないみたいだし。帝国には王国やら公国やら辺境伯の国やらが散らばっている。王子様が一杯だ。
「ノートや教科書を破ったり、制服を裂いたり、バケツでお水をかけたり、噴水に突き落とそうとしたり、大勢で囲んで意地悪言ったり──」
 彼が息を吐いたのでチラッと見る。

「こういうの、この前舞踏会でヴィリ様に助けられた時もやっていましたね。毎度毎度芸の無い、前の世界では馬鹿の一つ覚えって言うんです。その手に毎度毎度乗ってやる義理はないでしょう?」
 こぶしを握ってふんすかと力説してしまった。

「大変だな。君の身が危険なんじゃないのか」
「でも、お貴族様に反撃できないし、ちょっと躱すスキルがアップしましたわ」
「そうなのかい。私はなるべく口を出さないようにはしているんだが、身の危険を感じる程であるなら──」
「大丈夫です」
 だって私はこの世界の人間じゃない。余所者の、ただの普通のオバサンで、迷惑なんかかけたくない。こんな愚痴を聞いてくれるだけでありがたい。
「……」
 彼はちょっと難しい顔をしている。

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