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17 戦場(ヴィルヘルム)
しおりを挟む誰もが行こうとしない戦場へのお鉢が私に回ってきた。私は成人したばかりで士官学校を出たとはいえ、一度も戦場に出たことのない未熟で無知な若者だ。
対する相手は百戦錬磨の、現在乗りに乗っている隣国ガリアの革命政府軍の兵士達だ。しかも兵力はガリア軍14万に対して我軍は8万人と相手の方が多い。名だたる将軍が皆辞退するような戦場である。しかし、誰かが阻まなければ、彼らは真っ直ぐにこのエストマルクの帝都ヴィエナに向かって進軍して来るだろう。
ただ作戦を授けられ、軍師も参謀も歴戦の強者も持たず戦場に放り出された私は、相手にとって格好の餌食であった。
最初の戦闘が上手くいったのが余計に不味かった。負けた振りをして敵を誘い込む、それがガリアの戦術とも知らず、我々は彼らの策に嵌まり、森の中の小道を三手に別れて縦長に進むという愚を犯してしまったのだ。
その日の行軍は朝四時に出発した。森の峠を越えると沼地が広がって、二本の川に挟まれた足場が悪い湿地帯に村がある。敵軍はそこに布陣していたが、不利と見て撤退しようとしている。我々はそこに追撃戦を仕掛けるのだ。
だが、雪が降り積もっている峠はもっと足場が悪かった。
時折、道の上に張り出している枝から落ちて来る雪を避けながら森の出口に向かう。敵が居るという村に向けてただひたすら進む。人馬の所為で積もった雪は解けかかってぬかるみになっている。この道はまだましだ。三つに分かれた他の師団が行く脇道は、整備もされていない森の中の道だ。事前に打ち合わせたにも拘らず、彼らから何の連絡も報せも来ない。
行く手で轟音と銃声と怒号が響く。戦闘が始まったのだ。ガリアの殿の兵士に追いついて戦闘になったのだろうか。ガリアは兵を纏めて村から撤退すると聞いている。撤退する敵軍を後ろから追尾し攻撃を仕掛ける作戦だ。
前に向かって急いでいると、どうした訳か後方でも銃声と怒号が上がる。何故後方で戦闘が起こるのだ。挟まれているのか。昨日から分かれた友軍からの通信がどちらも来ない。それなのに後方から伝令が来たのだ。
「注進! 敵は待ち伏せして、多方面から我らに襲い掛かって来ました。後方は乱戦となっております」
敵はまず左翼の領邦国アヴァール軍に襲いかかった。アヴァール軍は突然の攻撃に混乱し同士討ちを起こし混乱したまま遁走した。
本隊は敵の軍によって横から襲撃を受け、隊列が乱され浮足立った。そこに遁走したアヴァール軍が逃げてくる。兵が混乱し右往左往するなか、本隊の兵士たちはお荷物の大砲を打ち捨て本格的に逃げ出した。踏みとどまることもできずに逃げる兵と追いかける兵とに押し流されてゆく。
纏める。どうやって。押し留める。どうやって。もはや皆浮足立って全軍総崩れの様相を呈している。そこに別方面の戦闘情報が飛び込んできた。
現れたのは敵将モンロー将軍だった。
「ワーハハハーーー!! すでに我が軍はランゴバルドにおいて勝利した! お前たちは負けたのだ!!」
顔も態度も派手な男である。そんな男がサーベルを振りかざし、混乱している兵士を撫で斬りにしながら叫んだのだ。そこに居る我が軍が軒並み動揺して浮足立った。
「そんな……」
「貴様らも地獄へ行け!」
男が剣を差し向けながら馬を駆って向かって来る。もちろん周りを敵の将兵が隙間なく囲んでいて襲い掛かった。群がり襲い掛かる軍靴の音に、その勢いに怖気づいて、こちらに向かって逃げて来る兵士たち。供回りの兵たちの動きが乱れる。大地が、降り積もった白い雪が、兵たちの血で赤く染まってゆく。
その混乱の最中、駆け付けて来たのは幼馴染のグイードだった。二つ上で先に陸軍兵学校を卒業して軍隊に入っていた彼は、私の供回りの隊に配属されていた。
「殿下! 高地の宿営地までお引きください!」
「くっ、しかし、グイード──」
グイードが馬の尻を叩く。
「撤退ーーー!」と叫んだ。
ここで敵に捕まる訳にはいかなかった。指揮下の軍の残った兵力を纏めてガリア軍の包囲網に向かい戦列を突破し、血路を開いて戦線を離脱する。
「殿下! こちらです」
『ピーーーーィ』
キリルの鳥が五馬身くらい先を先導する。雪、雪、雪の降りしきる中、見る間に赤く染まる味方の死体を越えて逃げる。頬を伝うのが何なのか分からない。意識だけが鳥に向かう。私はかろうじて逃げた。
「ああ……、死ななかったのか」
私は敗残兵を纏めて奮い立たせて必死に巻き返したが、ガリアの追跡は執拗だった。やむなく皇帝は休戦を申し入れ、多額の金をガリアに支払って和約した。
この戦闘で私の評価は地に堕ちた。誰も彼も私から離れて行き、友人達だけが残った。私に纏わりついていた令嬢方も逃げて行き、遠目にひそひそ話をしてはクスクス笑う。私に婚約者も恋人もいなかったのは幸いだった。
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