ピンクの髪のオバサン異世界に行く

拓海のり

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16 王宮舞踏会

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 王宮舞踏会の日が来た。侯爵家に可愛いドレスを作って頂いて、着飾って夜会に行く。侯爵夫妻に付き添われて王宮に参内し、国王陛下と王妃殿下に謁見を賜った。
 国王陛下はアンドレアス殿下を壮年にして軍隊で鍛えた感じの方だ。声も朗々としている。美しい王妃様ととてもお似合いだ。

 王宮の大ホールで見た公爵令嬢ゾフィーアはアンドレアス殿下にエスコートされて得意げであった。ゾフィーア様は金髪に青い瞳がちょいきついがスタイルの良い美女である。私は美男美女のカップルを邪魔する気はないのだ。

 舞踏会が始まってしばらくすると、侯爵夫妻はそれぞれの取り巻きや知り合いとどこかへ行ってしまう。付き添いで一緒に来ていたカステル伯爵夫人も暫らくして存じ寄りの方々に誘われて、私はフリーになってしまった。こういう時は壁に張り付いて気配を消すのだわ。隠蔽も重ねがけできたらいいのに。

 のんびり王宮の大ホールを、扇を片手に見回す。立派な大広間と大階段、天井に天界の神々の神話が美しく描かれて、大きなシャンデリアが幾つもぶら下がって、床は磨き抜かれた大理石に紳士淑女の影が映っている。

 戦争に負けた側にしては悠長な気がするけど、大きな戦争はここしばらくこの国では起こっていないという。戦争はあの穂先の付いた銃でするんだろうか。大砲とかあるのかな。馬に乗って戦ったりするんだろうか。魔法は──。

 この世界の魔法は魔王が斃された時に、眷属一族を葬り去る為に魔女狩りのような事が行われた。その所為で多大な魔力を持つ者が失われた。今は細々と各国の魔法研究機関が魔力のある者を保護し研究している。私の魔法からしてちょっと怯む程度と大したことないもんね。キリルの鳥使いも可愛いしなあ。

 そこまで考えて、森で会ったイケメン三人を思い出した。彼らは名前しか言わなかったけれど、この王国の人だろうか。こうやって夜会に来ている人たちと比べても遜色ないから、もしかしたら貴族かもしれない。どうしているかな。元気でいるかな。軍人だったら戦争とか大丈夫なのかな。ここで会ったりしないかな。

 そんな事を考えていたら、こちらに来る途中に村で会ったガタイの良い男の姿が見えた。彼は夜会の大ホールの入り口付近を悠然と歩いて見えなくなった。
 彼もこの国の人なのだろうか。彼がいるならルパートもいるかしら。そんな事を思いながら会場を見回せば、チラリチラリと見られているような視線を感じる。そちらを見ればサッと目を逸らされるのは学校と同じだ。


 そんな時、ふとその方に目が行った。その方は緩くカールした淡い金の髪を短くカットし後ろは襟足まで伸ばした背の高い男だった。紺の軍服姿でぐるりと会場に視線を巡らせる。
 私はそのままじっと見ていたらしい。彼がこちらに視線を向けて、ばっちりと目が合ってしまったのだ。それで慌てて逸らしたけれど、どれくらいじっと不躾に見ていたんだろう。

 彼は──、何だかとても惹き付けられる人だった。その視線に捕まると囚われてしまいそうで、私の心はドギマギして、彼を見たいのに見たくないというジレンマに陥り、落ち着かない気持ちで一杯になった。

 無闇に手に持った扇を弄って、もう一度、扇の陰からそっと見ようとしたけれど、頭の中にジリジリジリと警報が鳴り響く。そして思いもかけない方から声がかかったのだ。
「貴女、お話がありますのよ」
 公爵令嬢ゾフィーアが令嬢たちを引き連れて、私を取り囲んだ。彼女たちは私を押し出すようにしてテラスへと移動させる。すごい、こんな風にしてやるのね。
 テラスに出て本格的に取り囲まれた。

「あなたね、もう少し気配りとかなさいませんの?」
 取り巻きのひとりの令嬢が口火を切った。ゾフィーアは後ろで親分よろしく見ている。ちょっと意地悪そうな顔付きである。あなたの王子様に見せたいわ。

「渡り人など平民と同じでございましょう。どうして王宮の夜会になど、ドレスまで着込んで、田舎者はこれだから、恥をかく前によく言い聞かせませんと」
「ブリトン王国では必要ないと放流されて、こちらに縋られたのですって。みっともないったら。もっとお控え遊ばせ」
「この国から追い出されたら、どうなさるのかしらー」
 どうしてそんな事を知っているのだろう、私さえ知らない国の名まで。そうか、私はブリトン王国から放流されたのか。島国の大国で隣国から近い。

 その時、流れるような早業で、手に持ったグラスの液体を浴びせかけられた。パシャンと音がしてグラスに入った液体が見る間に流れ落ちて、私のドレスに赤い染みを作る。胸からスカートへと。

 私はワインの洗礼を浴びたのだ。
(わあっ、侯爵様に誂えて頂いた高価なドレスがっ!)
 泣くよりも、もったいないという思いと侯爵家に申し訳ないという気持ちが大きくて、抗議の言葉が口から飛び出した。
「まあ、何をなさるの、大事なドレスを──」
(何すんねん)と心で叫んだ。少し怯んだようだけれど、多勢に無勢だ。
 大体、ドレス一着一体幾らぐらいするのかしら。【アイテムボックス】の金貨で買えるのだろうか。

 どうしよう、折角侯爵家で誂えて貰ったドレスが。私って不調法なのかしら。令嬢たちが私を笑いものにする。
「まあ、何て無作法な方なんでしょう」
「お育ちが知れますわね」
「田舎育ちの方は元の世界にお帰りになればよろしいのよ」
「これに懲りて大人しくなさいませ」
「山猿は山にと申しますし」
 ドレスを汚され笑い者にされる。何故こんな、一体私が何をしたというのだ。小心者は我慢が過ぎるとプッツンするのだ。
「無礼者! 許しま──」
 そこに割り込んできた人がいた。

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