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15 勉強中の闖入者
しおりを挟むその日も昼食後の休憩時間は、図書館でボッチで勉強していた。奥の方は人が来ないし、その日は小論文を提出した後の日で図書館には人が居なかった。
のんびり勉強していると誰かが図書館に入って来る。私は図書館の幾つも分かれた仕切りの奥の方のテーブルで勉強していたのだが、その奥の方まで入って来たのだ。彼らは私とは違う仕切りの奥に行く。本棚で遮られ私は彼らから見えない。
私はまた歴史書に目を落したのだが、ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。
「お前のような貧乏伯爵家の三女など貴族家では貰い手もあるまい。ただでさえ戦争で男が減っているというのに、悪い話ではなかろう」
「でも、わたくしは妾など──」
「俺の何が嫌だというんだ。もっとジジイの方が良いのか」
何だか聞いては不味いような話が聞こえてくる。そっと書棚の間から覗くと、背の高いダークブロンドの男子生徒と茶色の髪の小柄な少女がいる。どちらも知らない顔だから学年が違うのだろう。
「お止めください」
「いい加減にして、言う事を聞け──」
女生徒が嫌がるのを男子生徒が腕を掴んで壁に押し付けようとする。見逃そうにも、聞き逃そうにも、目の前にいるものをどうしろと。頼むからよそでやってくれ。ていうか、駄目だ、聞いていられない。
「お静かに願えますか」
私が声をかけると、二人はパッと離れた。男の方が顔を覗かせて私を探し出し睨みつける。
「誰かと思ったら放流された渡り人じゃないか。何か用か」
随分横柄な態度だ。これは高位貴族だろうか。伯爵家の令嬢をお妾にと望むくらいだから高位貴族なんだろうな。でも、親は知らないのかな。
彼女は気遣わし気に男の後ろから私を見ているので、手で追い払う振りをする。どうせもうすぐ予鈴が鳴る。昼休みは終わりだ。
「用はありませんわ」
「じゃあ口出ししないで貰おう」
男は振り返って彼女が居ないのを確認して舌打ちをした。私に向き直り横柄に告げる。
「お前で我慢してやろう。アンドレアス殿下に色目なぞ使っても無駄だ。殿下にはフェルデンツ公爵令嬢ゾフィーア様がいらっしゃるからな。俺の相手をしろ」と私の手を掴んだ。
一昨日おいでと言いたいけれど、生憎そんな決め台詞はない。
「無礼者! 許しませんぞ!」
結構強めに言うと男はズサーと引き下がった。丁度予鈴が鳴ったのでさっさと逃げ出す。図書館を出て振り返って見たが追いかけて来ないようだ。
また邪魔が入ったら、どこか余所で勉強しようかと考えたが、それ以降邪魔が入らなくなったので続きのお勉強をする。学校って案外人目があるのよね。大体図書館には図書館職員が大抵いる。
そういう訳で平常運転になったのだけど、彼らとも学年が違うので会うこともなかった。私が出ても余計なことになるだろうし、勉強の続きをするのだ。
◇◇
エストマルク帝国の皇帝は幾度か血筋が絶え、その度に選帝侯たちが争いながらも次の皇帝を選び、統治は無難に続き帝国下の諸国は繁栄していった。
しかし近隣諸国も力をつけてきた。富裕な帝国を虎視眈々と狙っている。そんな近隣諸国と縁を結ぶ選帝侯もいるし、勝手に同盟する者もいる。それでも大枠は揺るぎなく続いていた。
そんな時、革命を起こして国王を弑し、革命政府を作った国が、四方八方に手を伸ばし、この帝国にも戦を仕掛けて来たのだ。民衆を煽り、他国に革命や暴動を起こさせ内乱状態にして、国力の弱まったところを内通者を誘い襲い掛かる。民衆の暴動ほど恐ろしいものはない。
革命政府は近隣諸国に戦いを挑んでは勝って領地を増やし、賠償金を奪って力を付けていった。帝国傘下の王国も犠牲になり土地の割譲と賠償金を支払った。
帝国は国を纏めて兵を募り、勢いのある革命政府と対戦した。しかし何度退けても彼らは戦争を仕掛けて来るのを止めない。やがて革命政府の策略に嵌まり、不利な戦場に追い込まれ帝国は戦争に負けた。
この戦争で帝国は領地の割譲と多額の賠償金を払い、和約を結んだ。
◇◇
何年前の事だろう。その後も何度も戦争やら小競り合いは続いているという。今は水面下で様々な交渉事があったり、諍いがあって小さな国が潰れたり、領地が奪われたり、国々は兵を集め鍛錬し、傭兵を雇い、武器を購入しようとし、金貸しが暗躍し、そんな動きの中での、ひと時の平和らしい。
「エマ様、ドレスができあがっておりますので衣装合わせをお願いしますね」
「はい」
カステル伯爵夫人に呼ばれて応接室に行くと、侯爵夫人もすぐにやって来た。カチヤとハイデ、それにドレスメーカーの主人が仕上がったドレスを持って来ていてドレスを着る。何着誂えたのか次々に出されるドレスに黙々と着替える。
どうも高位貴族というのは金持ちだ。貧富の差が物凄いくらい金持ちだ。宝石も取り取りに出して、アレがいいこれがいいと大騒ぎして決めてゆく。私は着せ替え人形よろしく、あっち向きこっち向きして、要望に応える。
こんなドレスを着て何処に行くんだろうと思っていたら侯爵夫人に言われた。
「そうね、王宮舞踏会はこのドレスにしましょう。エマちゃんはそれでいい?」
「はい、お義母様」
ちょっと恥ずかしいようなリボンたっぷり、ふんわり袖の広がった、ピンクの可愛いドレスなんですけど──。
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