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本編
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しおりを挟む「それで、お仲間さん達のどの方に伝言を残すんです?」
聞き取り調査が終わって、珍妙な勘違いもあったもんだなと同情されながら解放されると、待合室で待っていたアレンがそう質問を投げかけてきた。
アレンとディドにかけられた疑いの目は、アレンの冒険者ランクが紫と分かった時点でなくなった。ディドは青ランクだそうだ。
アレンが受付へと修太を手招きするのに、修太はむっすりとしかめ面になる。
「俺、自分で出来るんだけど?」
「こういうのは、僕みたいに社会的地位がしっかりしている者がした方が、伝言が伝わりやすいんですよ。うっかり忘れられては困るでしょう?」
「そういうもんなの?」
「そういうものなんです」
そうなのか……。しかし、前はアレンの連れのせいだったからともかくとして、今回は面倒を見る必要性はないと思うのだが、どうしてこんなにお節介を焼くんだろう。
修太が胡乱気に見ていると、視線の意味に気付いたのか、アレンはあっさり答えを口にした。
「舎弟が君を拾ってきたんですから、主人の私も面倒見ますよ」
「俺は犬猫か」
「あのですねえ、そもそも、僕は人でなしではないと言ってるでしょう? 面識のある子どもが一人でうろうろしてるのに、放っておくなんて寝覚め悪いじゃないですか。嫌ですよ、あそこで見捨てたせいで誘拐されましたと逆恨みされるの」
「あー、はいはい。前にも言ってた面倒臭い論ね。どうもありがとうございます」
見た目胡散臭い割に、こういうことをさらっとこなすのは一応は勇者っぽい。でも何となく裏があるのかと疑ってしまうのは、やはり雪奈にどこか似た空気をしているからだろう。
「……後から借り返せとか言わないよな?」
一応確認してみる。
恐る恐る伺うように見上げる修太を、アレンは苦々しい顔で見返す。
「君ね、どれだけ僕のことを性質悪いと思ってんですか。言いませんよ、そんなこと」
何となくディドの方を見ると、ディドは安心しろというように頷いた。
「大丈夫だって、坊主。アレンの旦那はひねくれてはいるが、良い人だから」
「分かった。ありがとう」
修太が素直に頷くと、アレンはぎろりとディドを睨む。
「納得いきませんね。どうしてこんな人相の悪い毛むくじゃらがあっさり信用されて、僕はいつまでたっても警戒されてるんです?」
「……すみませんね、人相の悪い毛むくじゃらで」
ディドのすねたような声がぽつりと落ちる。あんまりな言いようだ。
「何か言いましたか、舎弟の分際で」
「いいえ。何も言ってません!」
ああ、可哀想に。完全に手綱を握られているよ……。
「どう見たってディドさんの方が良い人じゃんか」
修太が自信を持って言うと、ディドはうーうー唸りながら後ろ頭をかく。
「おい、やめろ。かゆくなるだろうが。ほんっと変な小僧だな。普通、人間は旦那の方を信用するってぇのに……」
「俺、見る目あるからな」
「なかなか言いますね、君……」
こきおろされているアレンは、ひくりと口元を歪める。
「で? 誰に伝言するんです? 僕が君の仲間で知ってるのは剣聖殿の名前だけですよ」
「あ、フランだけじゃなくて、不思議屋っていうパーティー全員と、賊狩りグレイ宛てで頼むよ」
修太はカウンターに腕を乗せ、受付担当のギルド職員の女性に名前を告げる。
「畏まりました。パーティー・不思議屋の構成員と、賊狩りグレイ様ですね。……え? 賊狩りグレイ、ですか!?」
落ち着いて対応していた女性は、名前を確認してぎょっと目を瞠る。
「うん。紫ランクの冒険者で、黒狼族のグレイって人。もしかして同名の人がいるんですか?」
「まさか! あんな人が二人もいたら怖い……あ、いえ、何でもありません。でもあの方、確かソロで活躍されている方ですし、レステファルテが拠点では? ここに伝言を残しても意味が無いと思いますが」
女性は丁寧な口調でそう諭す。
「大丈夫です。一緒に旅してるんで」
「あの、冷酷無慈悲な盗賊狩りとですか?」
女性は信じきれないのか、重ねて問う。噂だけでも怖いのか、表情が引きつっている。
「そりゃ顔は無表情ですけど、親切で面倒見良い人ですよ。それに俺の恩人なんです。あんまり悪く言わないで下さい」
むすっとして思わず一言言うと、女性は意外そうに目を丸くして頷いた。
「申し訳ありません」
一方、ディドは苦虫を噛みつぶしたみたいな顔になっている。
「うわ。あの黒狼族の野郎が、紫ランクの賊狩りとはね。信じられねえな」
「あの方は、悪条件の盗賊討伐依頼を幾つもクリアされているので、その功績から紫ランクに選定されています。最難関依頼が、海賊船三隻の連続殲滅と、岩場砦の殲滅ですね。どれもソロで解決されているので、紫ランクも当然かと」
うわあ、何やってるんだ、あの人。
でも超人ぶりを思い返すに、それくらいやってのけるだろうと思えるから怖い。
「勿論、アレン様の、災害級モンスターの討伐もソロの記録としては群を抜いてらっしゃいますよ」
にこっと笑う受付嬢。
「あはは、ありがとうございます」
アレンは照れたように微笑む。
この人も何をしてんの。
「災害級ってどんなの?」
アレンを振り仰ぐと、アレンは涼しい顔で答える。
「ドラゴンです」
「……まじで?」
「まじですよ。地竜がとち狂って暴れ出したのを、たまたま近場にいた僕が担当したんです。あれはなかなか面白かったですね。死ぬかと思いましたけど」
からから笑いながら言うことではないと思う。
「ま、まあいいや。とにかく、その二つに、えーと、これに伝達事項を書いていいですか?」
カウンターに乗っているメモ用紙に書いていいか問うと、了承が返った。
「はい。代筆しますか?」
「いえ、書けるんで大丈夫です。エターナル語がいいですよね?」
「一般言語でも構いませんよ。お好きな方でお書き下さい」
修太は少し悩み、エターナル語で書いておいた。泊まっている宿の名前、今はアレンやディドと一緒にいること、さらわれた後の経緯や事情などを簡単に記す。
「じゃあ、これでお願いします」
「はい、承りました。伝言代は50エナになります」
金をとられるらしい。修太は財布から50エナを取り出すと、支払いを済ませる。
「ふう、終わった。あとは護衛を雇うかだな……」
ぽつりと呟くと、耳聡く聞き付けた受付嬢はさっと提案する。
「ご依頼でしたら承りますよ? 費用は前払いになりますが……」
「ああ、今はいいですよ。王都滞在中は、僕らの方で面倒見ておきますから」
アレンがさっと口を出した。
「アレン様がついているならそれが一番宜しいでしょうね。何せ、紫ランクですもの」
さっきから持ち上げるなあ、この人。
それとも無意識にハードルを上げてプレッシャーをかけているんだろうか。
「ずっとというわけにはいきませんが、しばらくの間は一緒に行動すればいいですよ。ディドに面倒かける分には構いませんから」
にこりと素敵な笑みを浮かべ、アレンはディドにぽいと全て押し付けた。
「はいはい、いつも通りですね。分かってますよ……」
諦め顔のディドは、抵抗もせずに頷いた。従者以前に小間使いな気がしてきた。パシリよりひどいんじゃないだろうか。
可哀想になった修太は、そろりとディドを見上げて確認する。
「……本当に良いのか?」
「旦那もこう言ってるし、構わねえよ。こんなこと言いながら、結局、放置したりはしねえから、まあ安心しとけ」
「……いや、別に放置でも構わないんだけど」
アレンに構われるとからかわれるか揚げ足をとられる図しか思いつかない。出来れば宿に放置が良いなあと修太は胸中で呟いた。
*
「ガッチェ、クレイグはどうした?」
テリースが監禁されている部屋に顔を出し、筋肉質な大柄な男――ガッチェにセイズは声をかけた。ちらりと室内を見回す。
「……あのガキもいねえな」
「クレイグの野郎なら、あのガキに自由な世界を見せてやるんだと、はりきって出かけていきましたぜ?」
「そうか……。相変わらず面倒見良いな、あいつ」
「頭が拾ってきたガキの世話も全部クレイグが見てましたからね。文句は言うが、子ども好きなんでさぁ。顔はどこの人さらいか詐欺師って顔してるけどよ」
くくくと笑うガッチェ。木箱に腰かけ、大ぶりのナイフを磨いている。
セイズは特に否定はせず、じと目でテリースの隣に座っているキッカを見やる。
「――で、キッカは何してんだ。虐めか?」
「違いますよぉ、女の扱い方について講義してやってたんですぅ」
「もういいです。何も言わなくていいです」
テリースは深く俯いているが、顔が真っ赤だ。
「お前な。その講義で、何でそんなことになってんだ? 純粋培養、温室育ちのお坊ちゃんってことを忘れんじゃねえぞ」
「ちょーっとばかり、くどくのに良いのは静かな物影で、上手く口づけに持ってく方法とか教えてやってただけなのにさぁ。手を繋ぐって時点でこれなのよ? これでよくプロポーズしようなんて考えられるもんだわ」
そこまでひどいのか、このお坊ちゃん。
セイズは呆れた。
「キッカ、余計な世話はそこまでにしとけ。お前の恋愛講義なんかこいつは実践出来ねえだろ」
「ははは、どう見てもへたれだもんねえ」
「……ううう」
テリースが泣きそうなしょぼくれた顔をし、まためそめそと泣きだされては困るとキッカの顔がひきつる。
まったく能天気なことだとセイズが溜息を吐いた時、部屋に子分の一人が入ってきた。ゆっくりした足取りで、目の焦点が合っておらず、どこか様子がおかしい。
「か、頭……」
「おい、どうした?」
セイズが違和感に眉を潜めた時、男の身体がぐらりと傾く。
「に、げ――……」
そんな言葉を呟き、男はばったりと地面に倒れた。
一瞬、何が起きたのか分からず、セイズやキッカ、ガッチェ、テリースは倒れ伏す男を凝視した。
その背中にはナイフが深々と突き刺さっていた。傷口から溢れた血がじわりと床へ広がっていく。
「セル!」
ガッチェの声が響く。
この事態に、意外にも真っ先に動いたのはテリースだった。セルに飛びつくようにして床に座ると、刺さったナイフを掴む。
セイズはテリースがそのナイフを武器にするつもりなのかとその時は思ったが、実際は違かった。テリースはナイフの柄を掴んだまま、キッカを振り返る。
「キッカさん、あなた〈青〉ですよね? 治療は出来ますか?」
「あ、ああ。血止めと応急処置くらいなら……」
「では、今からナイフを抜きます。すぐに血を止めて下さい」
テリースの顔は青ざめているが、厳しい表情から助ける気でいるのは一目瞭然だった。
「行きますよ。一、二、三っ!」
深く突き刺さったナイフを引き抜き、その反動で後ろへ転げ倒れるテリースと入れ変わりに、キッカがセルの怪我に飛びついて両手を押し当てる。キッカがチッと舌を鳴らすと淡い青の光が灯り、傷口を包み込んだ。
その一方、テリースはナイフを放り捨て、セルの口元に耳を当てる。
「大丈夫、弱いですがまだ息はあります」
鮮やかな動きにセイズは気をのまれていたが、アジトが騒がしくなり、あちこちから断末魔のような苦鳴や金属音が聞こえることに眉を寄せた。腰の後ろに装備しているナイフを引き抜いて構える。
ばたばたと足音が響き、黒い覆面の男が現れた。
「いたぞ、あの男だ――!」
続けて現れた二人目に声をかけ、部屋に侵入してくる覆面男へセイズはためらいなくナイフを振るう。
数回の剣の応酬の後、その首を掻き切った。
床へと倒れる覆面男。もう一人の覆面男がチッと舌打ちする。
「なにもんだ、てめえら」
セイズは低く誰何する。しかし覆面男は何も言わず、ファルシオンを構えた。飛びかかってくるのを一人で相手どる。数撃打ち合った後、一瞬だけ出来た隙を突き、ガッチェが覆面男の背をナイフで切りつけた。
ぐあっと声を漏らしてのけぞり、反撃に剣を振るう覆面男。しかしその剣先がガッチェに届く前に、セイズがナイフの柄で覆面男を殴り倒した。
「――おい、てめえら、何の用だ?」
倒れた男の顎を蹴り、無理矢理起こして問い掛ける。その時にはガッチェが男の肩を取り押さえていた。
「一つ教えてやる。その男には何の価値もない。助かりたければ殺すんだな」
「そうかい。ありがとよ」
セイズは男の首にナイフを刺して命を奪うと、すっと立ち上がる。
「――どうやら、取引は不成立らしい。こうなると捕まった仲間も生きてはいまい。俺らの行動に制限はなくなった」
「…………」
冷静な判断を口にするセイズの横で、ガッチェは悔しげに口を引き結ぶ。
「そのお坊ちゃんをさらった盗賊が、別の盗賊との抗争を繰り広げ、巻き込まれてお坊ちゃんが死ぬっていうのが筋書きかねえ。分かりやすいこった」
「冷静に言ってる場合ですか! 襲撃されてるんじゃない、まずいわよ!」
セルの傷口に手を押し当てたまま、キッカが抑えた声で鋭く言う。
「セルの具合はどうだ?」
「もう動かせるわ。ガッチェ、運べる?」
「ええ」
ガッチェは頷いたものの、ちらりとセイズを見る。
「頭、このお坊ちゃん、どうするんです?」
「連れていく。こいつを殺したところで、どうせ俺らはこれ幸いと口封じされるんだろうよ。それに約束を反故にしてまとめて叩きつぶしにくる相手だ。言いなりになるのは癪に障る」
「それでこそ頭でさぁ」
セイズの判断が好ましかったらしく、ガッチェは歯を見せて笑い、ひょいとセルを背負う。
「よし、避難するぞ。生きてる奴もあそこに逃げてっだろ」
緊迫感溢れる空気の中、どこか呑気な口調でセイズは言い、室内の面々を連れて部屋を出た。
途中、出くわした覆面はセイズが軒並みナイフの餌食にし、アジトを出てすぐの地点にある崩落箇所へと迷いなく突き進む。
それを追いかけてきた敵のうち、何人かは、突然あいた地面の穴から、悲鳴を上げながら地底へ落ちていった。それを見て、敵の動きが鈍る。
崩落して穴になっていた部分を、〈黄〉のカラーズが落とし穴のように仕立てあげ、セイズ達にだけ分かる目印のある道を通ると、穴に落ちずに通過出来るようになっている。穴を落ちて行く覆面を見て、テリースは顔を真っ青にしていたが、離れないようについてきた。
そして、あと少しで建物に入れるという地点で、やおらセイズは突き飛ばされた。
「ああぅっ!」
背後でキッカの悲鳴がした。
崩落して一階が地面に沈み、本来は二階部分である建物の窓から、中へと共にもんどりうって倒れ込む。
「おい!」
即座に身を起こしてキッカを見ると、右肩から矢を生やしたキッカが身を丸めてうめいていた。
「大丈夫か?」
「ふふ……。これくらい平気だよ」
脂汗を額に浮かべながらも、キッカは強がって口端を上げる。その足元に矢が三本突き刺さり、セイズはキッカを抱えて奥へと避難する。
「奴ら、これ以上は来れねえはずだ。もっと奥へ行く。ちっと辛抱しろ」
建物を奥へ進むと、庭のような場所に出る。そこにある井戸から、避難場所に行けるのだ。この辺も〈黄〉が調整した地点で、知らない者が通ると、うっかり大穴にどぼんという造りになっている。
「あはは……、頭にお姫様抱っこしてもらえるんなら、庇った甲斐があるってもんだね」
「黙ってろ! 傷に障る」
「ふふ。余裕の無い顔しちゃって」
キッカは幸せそうに微笑んで、セイズの胸元に頬を寄せる。
「あの日、あんたに拾われた命だ。あんたの為に使うんなら悪くないよ……。まあ欲を言えば、恋人になりたいとこだけど」
力の無い声で無駄口を叩くキッカ。余裕の言葉だが、痛みのせいか顔色が悪い。いや、触れている右腕に血が伝っているのだから、失血のせいだ。
「ああもう、うるせえな。恋人くらいなってやるから、その口、閉じてろ!」
セイズが半ばやけくそになって怒鳴ると、キッカにぐいと襟元を掴まれた。
「その言葉、忘れんじゃないよ?」
熱を帯びて鋭く光る青の目がセイズを射抜く。セイズが息の飲んで頷くと、安心したようにキッカは目を閉じた。腕にかかる重みが増える。気絶したらしい。
「あーあー強がっちまって。頭も罪な男だねえ」
ガッチェの呆れた声が落ち、セイズはぎろっとそちらを睨む。
「うるせえ。黙って梯子を降りろ」
不安そうに見てくるテリースの視線も鬱陶しい。
(ったく、とんだことになってきやがったぜ……)
セイズは嘆息し、井戸の淵に足をかけた。
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