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本編
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しおりを挟む小さく深呼吸をして、首から下がっているチェーンの先についた豆本を掴む。
ポン!
小さな白煙とともに、本が巨大化し、赤い革表紙の本が啓介の手に収まった。
それに感動しつつ、茨の前で本を広げる。
断片の回収については、森の主が教えてくれた。
「ここなるオルファーレンの断片、お前の役目は終わった。我はオルファーレンの使徒。断片よ、ここへ戻られたし!」
呪文みたいで気恥かしかったが、鍵になると言われては仕方が無い。それは森の主の言う通りで、本の一ページ目に書いてあったから、どっちにしろ実行しなくてはいけない。
啓介の声とともに、目の前の空間が水面のように円状に揺らぎ、さざなみがたった。
そこへ音もなく茨が吸い込まれ、細い光となって本へ吸い込まれていく。
無音の衝撃が去ると、そこには森が広がっているだけだった。茨も、青い薔薇の花畑もない。
本に視線を落とすと、本をパラパラとめくる。最初のページに、白紙だったはずの所に、立ちそびえる茨とその前に広がる青い薔薇の花畑の絵があった。
「おお、すごいな。絵本みたいだ」
カラーで描かれているそれを横から見て、修太が感心したような声を出す。相変わらず表情の薄い顔であるが、啓介の目には驚いているように映った。修太は感情が分かりにくいとクラスメイトは言っていたが、幼馴染である啓介にはどこが分かりにくいのか謎だ。本当に何も考えていない、抜け殻のような表情なら見たことがある。もう二度と見たいとは思わないけれど。
「これでオルファーレンちゃんの所に戻ったかな。少し元気になってると良いな」
啓介が呟くと、修太は小さく頷いた。
「不思議なものだな。さっきまで目の前にあったものが、そんな本の中に移るとは。そんな魔法は見たことがない」
更に上から覗きこんでいるフランジェスカの感心を多く含んだ声に、そんなものなのかと思う啓介。絵に描いたものが浮き出てくる魔法なんてあれば面白いのに。
「なあ、森の主。茨はあんたを守ってるんだろ? 大丈夫なのか?」
今更ではあったが、少し心配そうに問う修太に、森の主は頷く。
――ええ。眠りの呪いはかけられませんが、茨のバリケードでしたら、わたくしの力でも作り出せます。こうして。
森の主は手を組んで目を閉じ、息を吸いこむ。
――ラ~♪
歌というよりは音。そんな美しい声が場に満ちる。
すると、さっきまで茨のあった場所に、地面からにょきにょきと生えてきた茨が生えた。今度はところどころに小さな薔薇の花が咲いている。まるで英国庭園にある薔薇のアーチの別バージョンみたいで綺麗だ。
「良かった。気を付けてな」
啓介が声をかけると、森の主はにこりと微笑んで頷いた。
「さってと。一個目の断片は回収したし、次に行かなきゃな。森の主さん、この辺で神の断片がありそうな所って知らないですか?」
――知っていますよ。神竜サーシャリオン様の塔にある火がそうです。
「あ。その名前、前にオルファーレンちゃんから聞いたよ。全部断片を集めたら、迎えに寄越してくれるって言ってた人(?)の名前だ」
「よく覚えてんな、お前。俺は記憶にねえや」
修太の言葉に、にやりと笑う。
「へへん、俺は記憶力は良いからな」
「ほんとムカつく。何でそんな顔良い癖して、頭も良いんだ。不平等だよなあ」
ぶつぶつとぼやく修太。啓介は首を傾げる。
確かに修太は無愛想であるが、短く刈りそろえた髪といい、キリッとした顔立ちといい、硬派に見えて男らしいと思う。決して劣っているとは思わないのだが、修太はしょっちゅうイケメンなんか滅べとか言っている。
というか、そもそも、
「俺のどこが顔が良いんだ?」
それが最大の疑問だった。告白してくれる女生徒達は格好良いと言うのだが、啓介自身は、不細工ではないとは思うが格好良いとは思っていない。普通だ、普通。平凡な顔。
すると、修太とフランジェスカが目に見えて絶句した。
「……お前、それを本気で言ってるんなら殴るぞ!? てめえのせいで、俺は、女子どもに告白の仲介されたり、脅されたり、奇襲かけられたり、修羅場の修復したりするはめになってたんだからな!」
どうやら本気で怒っているらしい。黒い目が静かな怒りをはらんで揺れている。
いつにない剣幕に、啓介は顔が引きつるのを感じた。
とりあえず本から手を離すと、ポンと音を立てて白煙とともに豆本に戻る。
「え、なに。告白の仲介はともかく、脅されたりとか奇襲って……」
「まんまだ! 流石に命の危険までは感じたことはねえが、ひどい奴には渡り廊下の上から水かけられたりな! 真冬に水浴びとか、まじふざけんなよ! お前は女どもの恐ろしさを全然分かってねえ。なんで俺が、お前に振られた女に睨まれたり、仲介のせいで、浮気しようとしてた女の彼氏に勘違いされて殴られたりしなきゃなんねえわけ?」
むしゃくしゃしてきたのか、げしげしと地面を踏みつけながら、修太は一気にまくしたてる。
「だぁーっ、くそ! お前が良い奴なのは分かってるし、お前が悪くないのも分かってる! でもな、そういうふざけたことを言うんじゃねえ! 相手が俺だから良かったが、お前、男連中を敵に回す気か!?」
「そんなことになってたのか……? だから放課後、ときどき不機嫌だったのか?」
事の真相を知り、啓介は青ざめた。鈍いのも程があると思った。
修太はそれに気付いてか、ハッと我に返る。むすっとした顔で、舌打ちする。
「悪かった。言うつもりはなかったんだが、ついカッとなった。俺に八つ当たりがくるのなんか、お前のせいじゃねえのにな」
やがてそれが深い溜息に変わる。
「それに、俺の親が死んだせいで、周りの目が変わったのもあるからな……。どうしようもねえ」
周りの態度の変化は啓介も感じていた。教師はどこか応援するような目になり、生徒達は憐憫と侮りと僅かな尊敬を含んだ複雑そうな視線を向けるようになったのだ。十七という年齢で自立している修太への僅かな憧れもあったように思う。親がいないことを馬鹿にしたような、そんな目をした奴の視線など、修太はことごとく跳ね返していた。成績を中の上くらいで維持していたのも、修太なりの意地だろう。
啓介には周りの態度が変わったのが謎だった。
親がいようといなかろうと、修太は修太で、幼馴染で親友だ。
何も変わってない。勉強と部活に明け暮れるのが、勉強とバイトに明け暮れるのに変わっただけだ。授業態度も真面目だったから、教師の見守るような視線が見放すものに変わったりもしなかった。
何も言えず口を閉ざす啓介には構わず、それきり会話をぶち切ると、修太は森の主を見る。
「で? その塔ってのはどこにあるんだ?」
――………。ここより北東に行った、隣国との境であるノコギリ山脈の中です。あの方は寒い所がお好きなので、防寒には気を付けて下さい。……いえ、その服装ならば十分ですね。断熱の魔法陣が縫いとられていますから。
森の主は少し戸惑った様子だったが、気を取り直して言う。更に修太が質問を重ねる。
「この服って魔法がかかってるのか?」
――魔法がかかっているわけではなく、お守りのようなものです。まあ、効果は似たようなものですが。他にも、虫避けと防護も刺繍されているようです。人間にはなかなか手に入れられる品ではないと思いますよ?
「そうなのか、それはすごいな。まあいいや、そこに行くから、どっちに行けばいいかだけ教えてくれないか?」
――あちらです。森の出口まで送りましょう。入り込んでいる人間はこちらで足止めしておきます。
啓介ははたと森の主を見つめる。
「森にいる人間だけど、第三師団の団長さんらしいから気を付けてくれ。あの人はただ者じゃない。師範代くらいの強さに感じた」
啓介の通っている剣道道場の師範代である中年の男を思い出し、啓介は眉を寄せる。本気で立ち向かっても勝率は六割といったところか。勝つか勝たないかギリギリという感じだ。
――大丈夫です。知らないうちに森の外に出るようにしておきます。わたくしも、人間の相手は面倒なのです。殺さないようにするのは難しくて……。森を血で汚したくありませんから。
やれやれと呟く森の主は余裕しゃくしゃくだった。
それを見て、啓介は心配が薄れる。
「そっか、大丈夫そうならいいや。行こう」
「おう」
「ああ」
修太とフランジェスカが返事をする。
森の主はにっこりと微笑んで、両手を組み、再び綺麗な声で音のような歌を発した。
それと同時に三人の周囲に木の葉が乱舞し始め、やがて渦に飲み込まれた時、足の下に浮遊感を感じた。
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