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本編

2.思い出すのは、いい加減な死神 2

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 ぱちりとまばたきをしたわたしは、明るい場所に立っていた。
 真っ白い空間だが、天井や壁は見えない。代わりに蝋燭がいくつも置かれた祭壇のようなものがあり、水平線の彼方まで続いていた。
 現実ではありえない光景に見とれ、ふと近くに視線を戻した時、わたしはビクッと震えた。
 黒い服の男が、三毛猫を抱えて土下座していたのだ。

「すみませんでした」
「声が小さい!」
「申し訳ございませんでした!」

 そんな男の背中を踏みつけているのは、ナイスバディ―のお姉様だ。水着みたいなワンピースを着ているのに、上品でいやらしさがない。そんな二人の顔は光り輝いていて、わたしには見えなかった。

「ええと……?」

 異常事態なのは分かるが、お姉様が男を踏んでいるというとんでもない状況に、わたしは静かにうろたえる。変な人だ。知らないふりをして逃げたほうがいいのだろうか。

「逃げられては困るわ。あなたが亡くなったのは、この死神のせいなんだもの」
「違うぞ、愛の女神。俺じゃなくて、飼い猫ちゃんが……」
「仕事場に飼い猫を入れた時点で、あんたのせいでしょうが!」
「ぐへっ。ごもっともでございます!」

 とりあえず、男が死神で、女が愛の女神らしい。

(なんだか、小説でよく見たような展開ね)

 神のせいで死んだ主人公が、神と邂逅かいこうする場面を思い出した。

「その通りよ。あなたは……あなただけでなく、他にも十人ほど、こいつの職務怠慢で予定外の死を迎えたわ。ああ、びっくりしないで。あなたは魂の状態だから、神には心が丸聞こえなの」
「そうなんですか」

 やはり、木の幹が倒れてきた時に死んだらしい。頭でも打ったのかもしれない。

「いや、頭だけじゃなくて、胸を強打しての心肺停止だね」

 死神が訂正し、猫を抱えたまま起き上がる。

「橋川絵麻、命府めいふへようこそ。本当は死後にはここには来ないで、天国に直行なんだけどねえ。寿命の蝋燭ろうそく管理所がここでね」
「はあ」

 よく分からないが、わたしはとりあえず頷いた。いろんな長さの蝋燭がある。まるで昔話に出てくる光景だ。

「うん、臨死体験をした人間が、ここの光景を本に書いたんだから、そりゃあそうさ。まあ、それはいいとして、本題に入ろう。これを見て」

 わたしの足元に、根本から折れた蝋燭が落ちている。元々は長かったのだろうが、細かい欠片に分かれていた。

「これが君の寿命の蝋燭だ。うちの猫ちゃんが、蝋燭を倒して遊んでしまってね。それで君は死んだわけ。私は神様会議でめちゃくちゃ怒られたけど、猫ちゃんだからしかたないってことで、猫ちゃんは許してもらえたんだ。代わりに、私がこれからの君の人生についてサポートをするよ」

 わたしはいろんな意味で理解できなくて、少しの間、考えこんだ。

「そうですね、猫はしかたがないですね」

 結論、猫はかわいいからしかたがない。
 どんな理解のしかただと思うが、わたしも猫が好きなので、猫に甘い神様達の言うことは分かる。

「サポートってなんですか? 生き返れるってこと?」

「元の世界には無理だよ。死んじゃったから、肉体ももうないんだ。でもほら、君の寿命はまだあるから、この蝋燭をいったん溶かして作り直せば、新しい生を与えられるんだよ。ただ、違う世界でないと、つじつま合わせが難しくってね」

 どうやら日本での生き返りは無理らしい。

「せっかく第一志望の大学に合格したばかりだったのに。我慢してたオンライン小説や漫画、アニメや映画も見ようと思ってたのに、こんなのひどい……」

 祖父母や両親と会えないこともつらい。

「ああ、泣かないで! かわいい子」
「むぎゅっ」

 女神の豊満な胸に、わたしの顔が埋まった。女神はわたしをぎゅっと抱きしめている。

「こいつが適当に片づけようとしていたから、わたくしが愛のお仕置きをしたのよ。転生先は、ある程度の希望を聞いてあげる。遠慮なく言ってごらんなさい」

 転生は決定みたいだ。わたしは女神から離れると、悲しい気持ちを我慢して、これからの人生について考える。

「そうですね……。どうせ転生するなら、ロマンスファンタジーな世界がいいです。魔法があると楽しそうですね」
「そういう世界はたくさんあるわ。候補を選びやすくて助かるわね」
「今度は簡単には死なないとうれしいです」
「健康で、強い魔法を使えるといいのね。――ですってよ、死神」

 愛の女神は死神に対し、どすのきいた声で催促した。

「ロマンスファンタジーねえ、面倒くさいな。……あ、これがいいかな」

 死神が悪態をついたので、わたしは心配になった。

「あの……平和な世界にしてくださいね。転生してすぐに戦争なんて嫌ですし」
「うんうん、大丈夫。戦争はないみたいだから」

 ――本当に大丈夫かなあ。

 ものすごく不安になるが、愛の女神が見張っているから問題ないはずだ。

「安心して、わたくしが監督するから。ちゃんとサポートさせるからね。それが今回のことへの罰なの」
「よし、これでいい。転生への準備ができた。そこの門をくぐれば、転生だ」

 死神がそう言って初めて、わたしは傍に石の門が現れたことに気づいた。真っ暗な闇が広がっていて、何も見えない。

「異世界転移ものってやつだよ。楽しんでおいで!」

 怖気づくわたしの背中を、死神が思い切り突き飛ばす。

「ひゃああああ」

 そしてわたしは門を通り抜け、きらびやかなパーティー会場に立っていた。
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