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note.2 そして少女はここへ来た
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しおりを挟む「……というわけです。どうやって逃げてきたのかは、よく覚えていません」
ルシルの説明を聞いて、ルーカスやアゲートは難しい顔をする。
ルーカスは録音機を止めると、溜息を吐いた。
「まず、ルシルさん」
「はい」
「大変だったね。辛かっただろう。よく頑張ったよ」
ルーカスはまるで自分のことみたいに、涙のにじんだ目元を必死にこすっている。感受性の強い人のようだとルシルは思いながらも、ここまで親身になってくれるルーカスに嬉しさも感じた。
「でも……私はまだマシな方です。いなくなった仲間のことを思うと……」
ルシルが辛いと言うのは、仲間達を愚弄しているように思えた。それに、まだ自分の中でも気持ちが整理されていない。過去のものにするには、分からないことが多すぎた。
ルシルの言葉に、ルーカスは何も返せないようだった。悲しそうにして、無言でルシルの頭を軽く撫でる。
「つまり、お前は自分の星から、この星へとさらわれてきたんだな?」
その空気を破ったのは、アゲートの淡々とした質問だった。
「ちょっと、アゲート。他に言うことがあるだろ?」
「いえ、いいんです、ルーカスさん」
ルーカスはアゲートをにらんだけれど、ルシルはそれを止めた。
冷たいとも取れる彼の落ち着きぶりが、今のルシルにはありがたい。同情も、仲間は生きているはずだというような根拠のない慰めも、どちらもいらなかったから。
「神殿で気絶した後のことは分かりません。でも、私はここにいます。そういうことなのだと思います」
「そうか……。それに加えて、話の中に出てきた『イレフ』とやらが気になるな」
「ああ、そういえば。あなたの言う『デク』というのは、どこか『イレフ』に似ていたわ。でも、私の星には人型なんて出なかったけれど……」
ルシルの言葉に、アゲートとルーカスは目を見開く。ルーカスは右手を挙げた。
「ちょっと待って、動物の凶暴化って、ただ獰猛になるんじゃないの?」
「いえ、見た目も変わるんです。茶色くて、肌はまるで樹皮のようにかさかさに。イレフ化すると、何故か周囲の動物や人間を襲うので駆除するんですが、原因不明なんです。ただ、たまに湧く……ということしか、私は知りません」
ルーカスは頭を抱えた。
「これって、ただの偶然!?」
「さあ、俺にもまだ分からないが……少なくとも、ルシルの星の人間がさらわれたことと、四年前かデクの発生と、何かの繋がりがあってもおかしくはない。まるきり分からなかったことに、ほんの少しでも近づけた気がする」
アゲートは琥珀の目をギラつかせた。
少し怖いけれど、アゲートは喜んでいるようだ。ルシルは少しでも何か役に立てたことを嬉しく感じた。
「ルシル、お前が星に帰るまで、俺が責任もって警護する。デクの秘密に近付く、大事な鍵だからな」
アゲートの物言いに、ルーカスはまた眉を吊り上げる。
「ちょっと、アゲート。そんな言い方ってないだろ」
「いいの、ルーカスさん。鍵でもなんでも、役に立てるなら……。そうすれば、いなくなった仲間達も少しは浮かばれるかもしれない」
ルシルは両手を強く握りしめる。
あの白い部屋に戻るのはもう嫌だ。逃げられて嬉しいのに、一人、生き延びたことに罪悪も感じている。
「どこから逃げてきたか知らないが、住居区Gのどこかにそのアジトはあるんだろう。見つけ出せれば、他の被害者も助けられるかもしれないな。そして俺達は、この件を解決する手がかりを得られるかもしれない」
「そうですね……」
ルシルは頷いたものの、正直なところ、仲間の生存は絶望的だとルシルは感じている。でも、僅かにでも希望があるのなら、それを信じたい。
「君は幸運だったね。でも、どうやって逃げ出してきたんだろう」
ルーカスがぽつりと呟く。
ルシルは右手の平を見つめた。
「覚えてません。……でも、誰かの手を握っていたような……」
ずきりと頭痛を覚えて、ルシルは顔をしかめた。
「無理して思い出さなくていいよ。せめてここにいる間だけでも、穏やかに暮らして欲しい」
ルーカスは真摯に言い、ルシルをじっと見つめる。ルシルも頷いて、思い出すのはやめた。
「アゲート、廊下に行こう。――ルシルさん、一人になる時間も必要だろう。僕らは外に出ているけど、近くにいるから安心して」
「何かあったら、大声で呼ぶか、そこのボタンを押せ」
アゲートはナースコールのボタンを教えると、ルーカスとともに出て行った。
部屋から二人がいなくなると、ルシルは我慢していたものを堰き止める必要がなくなり、涙を零す。
「うう……皆……」
大事な仲間を一度に失くしたルシルは、心にあいた穴をどう埋めればいいのか、今はまだよく分からないでいた。
*
「まったく、君って奴は! もう少し優しくしてあげればいいのに」
廊下に出るなり、ルーカスはアゲートを振り返って言った。
怒るルーカスに対し、アゲートはふんと鼻で笑う。
「今のあいつに、慈悲の言葉なんか煩わしいだけだ。被害者のことを思うなら、せめて原因解決してやることだ。それくらいしか、生き残った奴に出来ることはない」
ルーカスは顔をしかめた後、ゆるりと悲しげな表情になった。
「彼女と自分を重ねてるのかい? アゲート。ユナのことは残念だけど……」
「残念? ルーカス、俺の中じゃ、何も終わってない。四年前のことは、ずっと続いてるんだ」
絞りだすように呟かれた怒りの混じった声に、ルーカスは言葉を失くす。アゲートは琥珀色の目をギラギラと光らせる。
「俺は何としてもあの化け物の正体を突き止めて、この世から全部消してやる! だから、俺の邪魔はするな」
にらまれたルーカスは、肩をすくめる。
「あのね、僕だってあの件は解決したいよ。アゲート、君だけじゃないんだ。ユナのことだって、僕には可愛い古馴染みなんだからね。君達のご両親は、僕の恩師なんだから」
ルーカスはアゲートの肩を軽く叩くと、ひらひらと手を振って歩き出す。
「余計なお世話だと分かっているけど、君の重荷が少しでも減るように、僕はいつも祈っているよ」
彼が立ち去ると、アゲートはイライラと息を吐く。
「本当に余計なお世話だ」
ぼそりと、どこかうめくように呟く。
アゲートには重荷が無くなる方が怖い。ユナのことを忘れて、幸せに生きていく方がずっと耐え難い。
生き残ったことを周りは幸運だと喜ぶが、アゲートには良いことだとはちっとも思えない。
だからだろうか、似た境遇のルシルを見て、なんだか放っておけなくなったのは。ユナが死んで以来、誰にも興味を持てなかったアゲートにとって、それが良いことなのか悪いことなのか、よく分からなかった。
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