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note.2 そして少女はここへ来た
04
しおりを挟む翌日。
ぐっすり眠ったルシルは、顔色が良くなっていた。
それを見て、ルーカスはルシルに事情を話すようにと頼んだ。
「あんまり話したくないかもしれないけど、君がどういう状況にいるのか教えてくれないかい? そうすれば、もっと守りやすくなると思うんだ」
ルーカスの切り出しに、ルシルは小さく頷いた。
「ええ……そうですね。でも、私もよく分かっていないの。それでも良いかしら?」
「もちろんだ」
ルーカスは頷いて、メモを取る用意をする。
部屋にいるのは、ルシルとアゲート、ルーカスの三人だけだ。医者や看護師を見るとルシルが委縮するのに気付いたので、気遣ったのである。
それが良かったのか、ルシルは暗い表情をしながらも、ゆっくりと話し始めた。
◆
惑星ユグディアナ。
大樹グレートマザーがそびえる温暖な星だ。
この星では銀の髪と青や紫の目、白い肌を持つ人々――ユグディアナ人が住んでいる。とても平和な星であるが、山のように巨大な大樹グレートマザーの枝葉が落ちて被害を出したり、時折動物が凶暴化することがあったりする為、人々は神殿を建て、祈りを捧げることを心のよりどころにしていた。
特に未婚の女は物心が着く頃には巫女として、神殿で祈りを捧げる『勤め』をする習わしがあった。
その日、正午近い午前中、ルシルは庭に出ていた。花壇で咲く色とりどりの花に水を与えていると、紺色のマントに身を包んだ三つ年上の兄――ユスカル・パスノリートが足早にやって来た。
短い銀髪は癖毛のためにところどころ跳ねて見える。左耳にだけ着けている棒状の赤い石がキラリと光った。賢そうな顔立ちなので、年齢よりも落ち着いて見えるユスカルは、ルシルを見つけるとどこか心配そうに水色の目を細めた。
「ただいま、ルシル。今日は起きているのか。大丈夫か?」
「あ、お兄ちゃん、お帰りなさい。うん、今日は調子が良いの」
ルシルはじょうろを持ったまま立ち上がる。
ユグディアナで暮らしていた頃のルシルは体が弱く、よく熱を出して寝込んでいた。『勤め』もたまにしか行けず、ベッドにいることがほとんどだ。
早くに亡くしたルシルの母も体が弱かったせいか、父と兄はルシルを大事に扱ってくれていた。少々過保護に感じる時もあるくらいに。
「後で礼拝に行くつもりよ」
「そうか、大丈夫だとは思うが、気を付けて行くんだぞ。何かあった時は……」
「マリアおばさんに連絡でしょう? 分かってるわ、もう十五歳なのよ、私」
ルシルはくすくすと笑って返す。
「それで、どうしたの、こんな時間に帰宅なんて。お仕事は?」
ルシルはユスカルの早い帰宅を疑問に思った。
ユグディアナ人の男は、十五歳から働くことに決まっている。寿命が百五十歳と長いけれど、出生率が低いので、常に人手不足なせいだ。学問と仕事を並行してこなすのが普通なので、十八歳にもなるとコンピュータや運転など、一通りの操作は出来るようになっていた。
ユスカルは特に天才肌らしく、今ではあちこちの仕事にひっぱりだこのようだ。それでとても忙しく、週に一度の休日にしか、まともに顔を合わせないくらいだ。
ユスカルは苦い顔になった。
「急に出張が入って、これから水質調査のために東部エリアに行って来る。戻るのは一週間後だ」
「ええー、出張? たまには休んだらいいのに」
「先輩が急に入院してしまって、その代わりなんだ。――仕方ないよ、ルシル。助けあわないと。それに、東部エリアでイレフが出始めたから、駆除もしないといけない」
「イレフ? 大変」
ルシルは口元に手を当てた。
原因不明であるのだが、古来から動物が凶暴化して、周囲の動物や人を襲うことがある。凶暴化した動物のことを、イレフと呼んでいるのだ。
役所に勤めている者は、イレフの対策もすることになっている。元々、男は家族を守れるように、ユグディアナ人特有のエネルギー操作術〈唱術〉を扱う訓練が義務付られている。ユスカルは〈唱術〉の扱いも上手なので滅多なことが無い限りは大丈夫だと分かっているが、時に死人が出ることもあるので、ルシルは心配な顔になった。
妹の心配が分かったのか、ユスカルは穏やかな調子で言う。
「大丈夫だよ、ルシル。この任務が終わったら、まとまった休暇をもらえることになったんだ。ルシルの調子が良いなら、近場に遊びに行こう」
不満な顔を一転、ルシルは笑った。
「本当? 約束よ、遊びに行こうね、お兄ちゃん」
「……ああ」
ユスカルはルシルの頭を軽く撫で、やんわりと微笑んだ。
「それではな、ルシル。僕は父さんに挨拶してくるよ」
「はい、気を付けて行ってきてね、お兄ちゃん」
ルシルが手を振って挨拶すると、ユスカルはほっとした様子で手を振り返し、母屋へと入っていった。
兄を見送った後、軽い昼食をとってから、ルシルは神殿に出かけた。
ユスカルとどこに遊びに行こうかと考えながら、磨き抜かれた真っ白な神殿の廊下を歩いて行く。
礼拝堂に出ると、敷物に座った大勢の女達が、祭殿へと無言で祈りを捧げていた。ルシルと同じ、赤色のワンピースという民族衣装を着ている。
(もう始まってたんだ)
遅刻をバツが悪く思いながら、ルシルは周りを見回した。
ルシルに気付いた先輩の巫女アマリエルが、ルシルに向けて手を振った。遠目でもはっきりと分かる、輝くような美貌を持った女だ。そちらに近付くと、アマリエルは優しく声をかけてきた。
「ルシルさん、こんにちは。お久しぶりです。今日はお加減はよろしいの?」
「ご無沙汰しています。ええ、今日は元気なので顔を出したんですけど……」
「それは良かった。あ、あちらの隅があいてますから、あちらにお座りになったら?」
「ありがとうございます」
どういたしましてと、笑顔を返すアマリエルに会釈をして、ルシルは教えてもらった方の敷物に座った。
(アマリエル先輩、今日も素敵……!)
美人で誰にでも優しくて親切。上品で博識と、絵に描いたみたいな美女なのだ。ルシルの憧れだ。
ぽやっとしてしまうルシルであるが、気合を入れて手を組む。久しぶりの『勤め』なのだ、ちゃんと取り組もう。
祈りはただ祈るだけではなく、体内にある〈唱術〉のもとになるエネルギーを外に放出する作業も兼ねている。
それにより、大樹グレートマザーの巨大な枝葉が落下した時に、衝撃をやわらげる結界になるのだ。
人々を守ることであるので、巫女達はいつも真剣に祈っている。
巫女以外でも、決まった時間に三回ずつ、短時間の祈りを捧げる慣習がある。一方の巫女は神殿で基礎授業を学ぶ傍ら、一時間の礼拝を日に二回こなす。
とても穏やかで崇高なこの時間が、ルシルは大好きだ。
目を閉じて祈り始めたルシルであるが、その日は違っていた。
突然、黒服の男達が武器を手に礼拝堂に入ってきたのだ。
平和な神殿が、あっという間に騒乱に巻き込まれた。
銃の鳴る音と悲鳴が混ざる。ルシルは訳が分からないうちに、意識を飛ばしていた。
次に気付くと、真っ白な部屋にいた。
そこには怪我をした同胞の女達が十人ばかりいた。
扉は分厚く、鳥の声に誘われて顔を上げると、鉄格子のはまった窓があった。
赤色の小鳥がルシルを見下ろして、ピチチと鳴いている。その向こうには、見たことのない砂色の空が広がっていた。
ルシルはやはり訳が分からなかったが、同胞達の話によれば、黒服に連れてこられたらしい。彼女達もここがどこなのか分かっていないらしかった。
それからは地獄のようだった。
毎日、何かしらの薬を投与される。その副作用で、苦しんだ夜もあった。
耐え難いのが、仲間が一人二人と白い部屋からいなくなっていくことだ。
やがて、その部屋にいるのはルシル一人になった。
悲しくて辛くて泣いてばかりいたのだけは、よく覚えている。
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