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第三部 斜陽の王国
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しおりを挟むレグルスはすぐに体勢を整えた。ごほんとせきをして、ブレットを注意する。
「ブレット、許しもなく入ってくるとは」
「ノックはしましたよ。『はい、どうぞ』と聞こえましたが」
有紗に向けて言ったことを、ブレットは勘違いしたのだろうか。それとも、勘違いしたふりをして、乗り込んできたのか。有紗は心の中で、ブレットの真意をおしはかる。しかし、ブレットの表情はいつも通り冷静なので、まったく読めない。
「レグルス、今、ノックされたかしら?」
「気づきませんでした」
有紗は隠れて口元をぬぐい、レグルスとひそひそ話す。有紗はともかく、物音に敏感なレグルスが気づかないなんてことがあるだろうか。
パタンと扉が閉まり、ブレットがツカツカと歩いてきた。
「急ぎの書類です。お早く目を通してください」
「分かった。書斎に行こう」
「ええ」
ひとまずレグルスがブレットともに客室を出たので、有紗はほっとした。居間のところ喉の渇きは癒えているが、少し物足りないので、後でレグルスにお願いしなおさなければ。
(あれは絶対にブレットさんに見られたわね)
ブレットの緑色の目は、氷のように冷ややかだった。頭痛を覚えながら、こそっと客室を出る。
「お妃様」
「ぎゃわっ」
廊下にブレットがいたので、有紗は飛び上がった。
「あれ? 書斎に行ったんじゃ……」
「先ほど、書類を落としてしまいまして、取りに戻りました」
「え? 気づかなかったわ」
有紗は客室に戻り、長椅子の周りに目を向ける。ブレットの言う通り、長椅子の下に羊皮紙が一枚落ちていた。
「あら、本当だわ。これ……」
振り返ろうとして、凍りつく。有紗の目の前に、ナイフがあった。
「落ち着きましょう!」
有紗はパッと手を上げ、ブレットをなだめる。
「やはり見間違いではありませんでしたね。あなたは殿下の血を飲んでいる。そうでしょう?」
背筋がひやりとし、息をのむ。意外なことに、ブレットはナイフをすぐに袖に仕舞った。この旅の一行である責任者は、王宮内では、袖が広い長衣を着ている。物を隠していてもばれないだろうが、抜身の短剣をそんな所に入れて、腕が流血大惨事にならないのだろうかと気になった。
「王宮には武器は持ち込めないはずよね?」
「ええ。しかし、離宮に入ってから、ナイフを身に着けるのは問題ありません」
「……そ、そう」
ブレットにも曲者の気配を感じて、有紗は無難に返事をする。
「いつも持ち歩いているの?」
「敵地ですので、念のために。王族を暗殺者から守るのは、配下として当然でしょう」
「奥さんの私は?」
有紗が中に入っていないようなので、眉を寄せる。ブレットはじろりと有紗をにらんだ。
「ガーエン家はレグルス殿下にお仕えしております。私は殿下をお守りしなければなりません。相手が誰であろうと、です。あの方の害になるようなら、排除させていただきます。ゆめゆめお忘れなさいませんように」
冷たい声で警告すると、ブレットは羊皮紙を拾い、すたすたと部屋を出て行った。緊張が解けた有紗は、床にへたりこむ。
「び、びっくりした……」
心臓がドッドッと鳴っている。
(レグルスったら、ロドルフさん以外にもちゃんと味方がいるんじゃないのーっ)
常に冷静沈着で隙が見えないブレットが、まさかレグルスを守るためなら、神子を敵に回しても構わないくらい忠誠心にあついとは思っていなかった。
有紗は口を手で覆う。
「まあ、お妃様、どうかなさいました?」
盆を手にしたモーナが、開いたままの戸口で目を丸くする。急ぎ足でこちらに来て、心配そうに様子をうかがう。
「もしやお加減が悪いのですか? 半神だからと甘く見ておりました。申し訳……」
「違うのよ、モーナ。私……感激しちゃって」
「は?」
目を点にするモーナに構わず、有紗は笑いが止まらない。
「ふふふ、こんなに近くに、同志がいるんだなんて思わなかったわ。やったわ!」
「お妃様? 本当に大丈夫なんですか?」
ぶつぶつと呟く有紗を、モーナが心から不安そうに見ていた。
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