上 下
27 / 125
第一部 邪神の神子と不遇な王子

 7

しおりを挟む


 夕方、辺りが暗くなり、城に篝火かがりびがたかれ始めた頃。
 有紗は午餐のため、広間にやって来た。
 すでに使用人達は給仕を終え、席についている。レグルスとともに席に着くと、光神への祈りをしてから、食事となった。
 食事中にマントのフードを被っているわけにもいかないので、有紗は頭をヴェールで覆い、目元には紗のかかった布を下ろしている。ヴェールの固定のために円形帽コイフを被っているものの、それ以外は、デコルテが見える青いドレス姿だ。
 飲食はできないので、目の前に並べられていても手を付けず、レグルスやヴァネッサと雑談に興じている。

「ヴァネッサさん、ミシェーラの様子はどうですか?」
「まだ弱り切った体力が戻っていないので、しばらくは部屋で過ごさせるつもりよ。少しずつ歩けるようになってきたわ」

 ヴァネッサの話を聞いていると、有紗は病気や怪我を治すことはできるが、寝たきりの間に弱った筋肉の回復まではできないようだ。

「食事ができるようになったから、もう安心よ。陛下にも伝令を送ったの。返事が来るまでまだ一週間はあるのだけど、恐らく王宮に戻るように言われるわ」
「ああ、帰っちゃうんですね」

 レグルスから聞いてはいたが、実際にそう言われると落ち込む。

「でも、ミシェーラはこちらで静養させるという名目で、あなたの傍にいるようにするわ。病み上がりに、王宮の生活は厳しいと思うから、そのほうが良いと思うの」
「母上が寂しいのでは?」

 気遣うレグルスに、ヴァネッサは明るく笑って返す。

「陛下がいるから大丈夫よ。それに、ミシェーラもアリサの助けになりたいと言うんですもの。あの子のほうが教養は高いから、アリサはあの子から教わるといいと思うわ」
「勉強をしたいなら、私もいますし……司祭様に頼んでみるのもいいですよ」

 レグルスが付け足すので、有紗は頷く。

「司祭様かぁ。そうだね、ちょうどいいかも」

 勉強に来たという理由があれば、聖堂にひんぱんに出入りしても不自然ではない。あの場所は、有紗の食事確保にうってつけだ。

(文字を読めるようになったら、何か分かるかも……)

 元の世界に戻れるかどうかについては、今のところはかなり難しい。それでも、他のこと――前にいた神子について分かったらありがたい。この国は神子を召喚する習わしがあるのだ、きっと記録があるはずだ。

(もしかしたら、私と同じように日本から来た人がいるかもしれない)

 聖典を読めれば一番良いが、神殿には気軽には近づけない。幸せに暮らした記録でもあれば、有紗の励みにもなる。

(ん? それでいくと、最初から処刑された私って、悪い例ってことになるんじゃ……)

 今後の人のために、日記を残しておいたほうがいいんだろうか。

「アリサ、どうしたんですか? 何か悩み事でも……?」

 レグルスの呼びかけで、はたと意識を引き戻す。レグルスだけでなく、ヴァネッサも有紗を案じる視線を向けていた。

「あ、なんでもない。考え事をしてただけ。ところで、レグルス」

 有紗は気になっていたことをレグルスに問う。
 テーブルクロスの上に、平たいパンフラットブレッドがのっていて、それを皿代わりに肉を取り分けてのせ、手持ちのナイフで切って食べているレグルスだが、そのパンは食べず、途中で新しいものと入れ替えられていた。

「パン、食べないの……? もったいない」
「え? ああ、これはそのまま使用人に下げ渡されるんですよ。肉の味がしみこんでいるので、少し火であぶればおいしいと思います」
「そ、そうなんだ……」

 なんとも不思議な文化だ。
 パンには手を付けていないのだから、セーフか?
 さすがに熱々のスープを手で食べることはないようで、スプーンが添えてある。

(使用人に下げ渡すのが当たり前、か。不遇ふぐうでも、レグルスは『王子様』なのね)

 こういうところは、上の階層で当たり前に暮らしてきた人、といった感じがする。
 その後、ただ同席しているだけで、食事には何も手を付けずに妃の間に戻った。すると、後でレグルスとともに女官長が訪ねてきた。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...